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Lone(ひとり)

ローン

「少女はいつ大人になるのか」という問いは、「恋」という答えを導くための言わずと知れた枕であるが、それが恋を知ったときなのか恋を失ったときなのか、私にはわからない。


 ——あなたに会うために生まれてきたの。


 わからないならわからないなりに、逃げ道を用意するのはたやすい問いでもある。

 たとえばすなわち、「世の中を見る目が斜めになったら」。

「メ」が斜めに傾けば、オトメはオトナになる。

 この答えだとオトコは永遠にオトナになれない、というのが難点ではあるが。


 ——こんなふうになるのは、あなたにだけ。ほかの誰かじゃだめなの。


 たとえばクリスマスと聞いて、サンタクロースからのプレゼントを期待するのが子供で、恋人とのロマンチックな時間を夢想するのが大人だという答えもある。


 ——あなたと出会って私は変わったの。少しでも多く、好きになってもらいたいから。


 たとえば叔父上はあるときこう答えた。

「そりゃもちろん、サンタクロースを無条件に信じてるうちはまだまだガキだ。サンタクロースはいないって言い張る奴も、正体を暴こうなんて無駄な努力をするのも青い青い。

 サンタクロースがいようがいまいが関係なく、できるだけたくさんプレゼントを手に入れようとするのが大人なんだよ。もしくは、自分の力でほしいものをつかまえるのに手一杯で、サンタクロースどころじゃないか」


 ——ばかなひと。間違えるはずないじゃない。あなたを忘れたことなんてないのに。


 ちなみに私は、枕元にだめもとでレッグウォーマーでもぶら下げて前者の大人でも目指そうか、と半ば真剣に検討しつつ、クリスマスと聞いて恒例のハンドベル演奏会のつつがない進行を祈るような、敬虔な市民プラザ職員である。


 ——会いたくて、我慢できなかったの。おとなしく待っているだけなんて、もう無理。


 もう無理、はこちらの台詞である。必死で気を逸らしていたが、我慢も限界だ。

 端の席に座っていたのを幸いと、バッグとコートを手に、買い物袋やらの荷物は置いたままにして抜け出すことにする。

 あいにく、というか、こういう場合には気楽なことにひとりなので、気を遣う相手はいない。


 扉を開けて、閉めれば、上映中の映画館のロビーはひっそりと静まり返っている。

 スクリーンで子供が泣き喚こうが爆発が起ころうが外に漏れてこないここならば、安心だ。私の声も内に届かない。



 浅く、深く、笑いに身を沈める。


 何がおかしくて笑っているか思い出すより先に、一瞬前の笑いに引きずられるように次の衝動がやってくる。その衝動を、息とともに吐き出すたびに、小刻みに腹筋に力が入る。

 カボチャというよりはニンジンに近いオレンジ色の椅子は、ひとつながりに十ほど連なり、それが向かい合わせに配置されている。プラスチック製の薄い座面は、手をついても温度が吸い取られるだけで、体温よりひやりとしたままだ。

 スクリーンがあるホールは、完全に閉まっているせいか、人が多いせいか暑いほどなのに、ロビーはコートが必要だ。抜け出してくるときに持ってきてよかった。

 ひと段落つき、途端に虚脱する。笑っていた間はあんなにも満ち足りていたのに、どうしてこんなに虚しくなるのだろう。

 ひとりだからだろうか。だからといってまだ物語に戻る気にはなれなくて、コートに袖を通す。

 現状に目が行くからだろうか。映画上映中に外のロビーでひとり笑い続ける人間は、虚しくて当然という気がしないでもない。

 若いオンナの範疇にはいるとはいえ、箸が転がってもおかしいんですもの、などと言い繕うにはいささか薹が立っている。


 ぼんやりと周囲を見渡して、窓がないなと思う。今日はきれいに空が高い冬晴れの日だから惜しい気もするが、外の世界を目にすると非日常から引き戻されてしまうのかもしれない。

 コップのジュースやポップコーンの自動販売機、おもちゃの入ったカプセルが詰まったケースに、上映中と上映予定の映画のポスター、冷水器、お手洗いのマーク、おそらく二十代の生身の男性。

 いや、待った。いつからいたんだ、あの人。

 私のあとから出てきたのは間違いない。笑い転げる前に人影がないのを確かめるくらいの分別はある。

 すぐに視界に入らなかったのは、別の扉から来たからのようだ。

 これはまずい。非常にまずい。

 目を合わせずに軽く会釈して、背景のように受け流す。


 ひとりだと信じていたから油断した。

 ここは携帯電話を取り出していかにも電話越しに話していたんですよとでもいうように取り繕うべきところだろうか。しかしその小芝居が露見したときのダメージはさらに大きい。

 逃げる算段をつけているうちに、足音が近づいてくる。

 そうそう、お飲み物はそちらですよ、と思えば通り過ぎ、お手洗いならそちらですよ、と礼儀正しく目を逸らせば通り過ぎ、私の正面でぴたりと止まる。


「この映画、そんなに面白い?」


 ただ純粋に不思議そうだった。木肌のようなこげ茶の靴と、そこから伸びる暗い色のジーンズから相手の位置を測るに、立ち上がると近くなりすぎてしまう距離だ。首だけ上向けて視線を合わせる。

 彫りは深い方なのに淡白な印象を与えるという矛盾した顔立ちだ。見覚えがある気がするのだが、思い出せない。


「この映画って」

「『淋しくて、巴里』」

 ああ、また笑いがこみ上げる。

『淋しくて、巴里』。

 これがタイトルであることからして、内容は推して知るべしであろう。

 あえて漢字で書かれた愛の国・仏蘭西フランスの花の都・巴里パリの名は憧れにひとしずくの愁いを添え、ぽつりと穿たれて己の存在を主張する読点は文学的な香りを漂わせる。そしてなんとも嘘臭い。

「いやね、ちょっと思い当たる節があって」

「こういうロマンスに?」

「いや、普通に考えてそれはない」

 なんといってもロマンス映画、ロマンチックと表現するのは生温く、それはもう、ロマンティックなのである。

 そんな経験がこの身に降りかかってきたらひとりでこの映画など見ていないだろう。そして笑えない。人間、感傷に浸っているうちは腹を抱えて笑うなどできない生き物である。


「なら、何?」

 そこまでもったいぶるほどのことでもないし、躊躇った分だけ告げる勇気が目減りしそうだ。こみ上げてきた笑いの勢いのままに端的な答えが飛び出す。


「だってあの台詞、リンパ球!」

 我ながらフレーズが短すぎて意味不明だ。


「ふうん」

 共感の欠片も見当たらないような気のない相槌が返ってきて、これで会話も終了かと思いきや、当たり前のように隣の椅子に腰を落ち着けた。なんでだ。


「悪いけど、誰だか思い出せない」

 なんとも潔い人である。

 人に名前を尋ねるときはまず自分から、などと耳にすることはあるが、なんでも型にはめればよいというわけでもないだろう。礼儀作法というものの意義は、相手を不快にさせないことと相手に気を遣わせないことにあると思う。前者が後者に優先されるのは、痛みを痒みより強く感じるようなものだ。

 何が言いたいのかといえば、知り合いらしき人の名前を思い出せない場合には、相手から切り出してもらった方が気は楽だというだけの話だが。


 大丈夫大丈夫、と鷹揚に頷いて名乗りを上げることにする。

「うえむ——」


「リン・パキュウって、何の役?」


 さて、『淋しくて、巴里』は、これほどまでに巴里と謳いながら書き割程度のパリの街並みの映像すらなく、巴里雀パリジャン巴里雀奴パリジェンヌどころかこれまでのところ役柄も役者も日本人しか出てきていない、生粋の国産映画である。


 だから、それはこちらの台詞だ。

 どなた様なんですか、リン・パキュウ氏とやらは。


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