序文
大陸の支配者には、《アルハイムの帝国》という名があった。
一代で国を興した偉大なる創始者、始源の大帝ルーヴィン・アルハイムの家名に因んだ名前だ。彼が残した血脈は代々の帝位を継ぎ、受け継がれる権威と武威によって大陸を統治した。帝位は既に本家四代、支流八代、計十二代の継承を数えている。その御代は実に二百八十年の長きを誇り、大陸の民は他の治世を知らぬようになった。気がつけば、アルハイムの帝国はただ単に《帝国》とだけ呼ばれる存在へと昇華していた。
大陸は、中央部を南北に走る峻険な《大威山嶺》と、その両端の異境《熱雲の大砂海》、《灼熱砂界》によって東西に遮られている。当然、風土も文化も東西で大きく違う。しかし、大陸の独特な地理条件も厭わず、帝国は巧みな施政と管理によって綻びることなく大陸を一つにまとめ上げていた。
その大陸の象徴でもあり中心都市でもある《帝都》は、大陸東部、帝国誕生の発端となった由緒ある地に鎮座し、大威山嶺から流れる《氷姫河》と、北の《聖山》から流れる《月姫河》とに挟まれた丘陵を白亜の城壁で囲んで建設された。
白亜の壁の中に住まう臣民達はいずれも、帝国の時代がいつまでも続くものと考えていた。大威山嶺を越えた向こう、東方辺境の空が禍々しい戦乱の雲に覆われようとしていた頃でも、臣民には平穏と安寧が与えられる、という事を当たり前のように信じていた。
永遠に続くものなど、どこにも無いというのに、だ。
ドリ・ジルゲン・メッサ 著。
大陸史書 序文 より。