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第三話 昇のドキドキ人生初デート?

翌日土曜日、朝九時頃。野条宅玄関先。

「私服姿の果歩ちゃんも、とってもかわいいわね」

「ありがとうございます、おば様」

 果歩は鶯色のワンピースを身に着けて、昇を呼びに来ていた。

「昇、デート、思いっ切り楽しんで来なさいよ」

 昇は母に肩をポンッと叩かれた。

「デートじゃないって」

 昇は照れくさそうに否定する。彼はデニムのジーパンに、グレーと白の縞柄半袖Tシャツという格好だった。

「じゃあ行こう昇くん」

「うっ、うん。今日は晴れてよかったね」

 それほど派手な服装ではないそんな二人は、普段学校に行く時と同じような感じで、最寄りの駅へと向かって歩いていき、

「ここに昇くんと二人きりで来るのは初めてだね」

「確かにそうなるね。今までは僕のお母さんか果歩ちゃんのお母さんに連れられてたから」

電車を乗り継いで三宮にある大型デパートへやって来た。

昇達の通う中学ではゲームセンター、ボウリング場、カラオケボックス等遊戯施設への立ち寄りは保護者同伴でない限り禁止。デパートへは生徒達だけで立ち寄っても良いが、その場合も校則で事前に計画書を出さなければならないことになっている。実際、それを忠実に守る生徒はほとんどいないが、果歩はきちんと守っていた。

一階出入口を抜けて館内に入ると、

「それじゃまずは、婦人服売り場に行くよ」

 果歩はこう伝えた。

二人はその売り場がある五階へ、エスカレータで移動していく。

「小学校の時はエスカレータ逆走して遊んでたなぁ」

「昇くん、それ見つかって店員さんにすごく叱られてたね」

「そうだったかな?」

 移動中、二人は楽しい思い出に浸る。

果歩に強引に連れられて来た婦人服売り場の一角。

「伸びて来てるのが多くなったから、パンツ買わなきゃ」

「あの、僕、六階の本屋さんで待ってるから」

 昇は商品棚から目を背けていた。ここは男には非常に居辛い女性用下着売り場なのだ。

「ダメだよ。わたしのそばにいなきゃ。迷子になっちゃうよ」

 果歩は困惑顔になった。

「わっ、分かった」

 昇は観念して床に視線を送る。

「レッサーパンダさんのパンツ、かわいい! これ買おう」

 果歩は他にもリス、ウサギ、ゾウといった動物柄や、いちご、キウイ、ミカンといった果物柄のパンツも物色する。

(早く、別の所へ行きたい)

昇は大変居た堪れない気分でいっぱいだった。

同じ頃、昇の自室では、

「昇君、果歩ちゃんのペースに飲まれてるって感じね」

「ノボルボックス、せっかくカホルマリンが一重結合してくれようとしてくれたのに、勿体ないなぁ。結合エネルギーが弱過ぎたんだな」

「なんか恋人同士というより、姉弟みたいです」

「ワタシもノボルくんといっしょにショッピングしたいな」

「あたしもーっ。コンパスと分度器と関数電卓買いたぁーいっ!」

 例の五人がモニターを通じて二人の様子を見守っていた。

「Oh,ノボルくん、またも男の子一人では入り辛い空間に」

 昇と果歩の居場所が変わり、祐実は興奮する。

(早く、選んで。果歩ちゃん)

 昇は、今度はブラジャー売り場に連れて行かれていた。彼は先ほどよりも居辛く感じていた。

「昇くん、どの色がいいと思う?」

果歩は昇をからかおうと言う気はまったく無く、至って真剣だった。白の他、紫や黒といった派手でアダルティーな色のブラジャーも見せつけて相談してくる。

「しっ、白かピンクでいいよ。果歩ちゃんに、そんな派手なのは似合わないから」

 昇はブラジャーから目を逸らしながら即答した。

「じゃあわたし、これにするよ。選んでくれてありがとう」

 果歩は白のブラジャーも籠に詰める。

「そっ、それじゃ、早く、ここから出よう」

「昇くんのパンツも買ってあげるよ。トランクスかブリーフ、どっちがいい?」

「べっ、べつに、いらないよ」

 昇は照れくさそうに答えたが、

「いいから、いいから。この間のお礼がしたいし」

 半ば強引に同じフロアにある紳士服売り場へと連れて行かれてしまった。

「昇さん、大変そうですね」

「ノボルくんは正しいよ。これは付き合ってあげるのがジェントルマンだね」

 モニターで眺めていた祐実はこう意見する。

「果歩ちゃん、僕、これで」

 昇は自ら柄を選ぶ。果歩に自分の穿くトランクスを選んでもらうのは、非常に恥ずかしいと感じたからだ。

「昇くん、このズボンも穿いてみて」

 果歩は青色の半ズボンを差し出した。

「やっ、やめとくよ」

「まあまあ、そう言わずに。試着室あそこにあるよ」

「じゃっ、じゃあ、着てくるね」

 昇は半ズボンを受け取ると自ら試着室へと入り、カーテンを閉めた。

 それから三〇秒ほど後、昇は再び果歩の前に姿を現す。

「昇くん、よく似合ってるね」

「どっ、どうも」

「この服も昇くんにも似合いそうだから、二つ買っておくね」

 果歩は紳士服売り場隣接の子ども服売り場にあったと思われる、かわいらしい子グマの刺繍がなされたお洋服も手に取って、昇の目の前にかざして来た。

「果歩ちゃん、それ、女の子向きでしょ。僕が着るの、めちゃくちゃ恥ずかしいよ」

「昇くん、ジェンダーの固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、道徳の授業で先生が言ってたでしょ」

昇は嫌がるも、果歩はその商品をレジへ持っていってしまった。

(僕、そんなの絶対着ないからね。ていうかサイズちっちゃ過ぎて合わないだろう)

 その間に、昇は試着したズボンから今日着て来た長ズボンに履き替え、試着ズボンを商品棚に戻しておいた。

女の子のお買い物に付き合うと、本当にくたびれるよ。

 昇は今、そんな心境だ。彼はデパートに入ってからかなりのカロリーを消費してしまったようである。

ここをあとにした二人が次に向かった先は、六階の大型書店。昇は絵本、児童書の売り場へと誘導された。

「この絵本も買おうっと」

 果歩はとても楽しそうに新刊コーナーを物色する。

「果歩ちゃんは、こういう本が今でも好きなんだね」

 周りに三、四歳くらいの子が何人かいたこともあってか、昇は少し居辛そうにしていた。

「うん、わたし、幼い子ども向けの本、今でも新作が出たらいっぱい買い集めてるの。わたし、将来は図書館司書さんか絵本作家さんか童話作家さんか、保育士さんか幼稚園教諭さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書をいっぱい読んで、子どもの気持ちを深く理解出来るようにしなくちゃって思って」

 果歩は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。

「果歩ちゃんならきっとなれるよ」

 昇は優しく励ましてあげた。

「ありがとう。昇くんは将来、何になりたいの?」

「うーん、僕はまだ何も考えてないよ」

「そっか。昇くんは社会科の先生とか似合いそう」

「そっ、そうかな?」

「うん、絶対似合うよ」

 果歩はにこやかな表情で見つめてくる。

「そういえば、もう、十一時半過ぎてるんだね。そろそろお昼ごはんにしない?」

 気まずくなった昇は思わず視線を逸らし、館内の時計を眺めながら提案した。 

「そうだね。正午過ぎになると込んでくるし、わたし、お腹空いて来ちゃった。このファミレスで食べよう」

 果歩は店内パンフレットの案内図を指差す。

「もちろんいいよ」

 昇は快くOKした。


「二名様ですね。こちらへどうぞ」

お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに二人掛けテーブル席へと案内された。

向かい合って座ると、果歩がメニュー表を手に取ってテーブル上に広げる。

「昇くん、何でも好きなのを頼んでいいよ」 

「じゃっ、じゃあ僕は、天ざる蕎麦で」

「昇くん渋いねえ。なんか大人っぽい。わたしは……あのね、お子様ランチが食べたいなぁって思って……」

 果歩は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小声でポツリと呟いた。

「果歩ちゃん、今でもお子様ランチ食べたがるなんてかわいいね」

昇はにっこり微笑みかけた。

「さすがに中学三年生ともなると、恥ずかしいから、トルコライスにする」

 果歩はさらに照れくさくなったのか、メニューを変更。

「果歩ちゃん、本当は食べたいんでしょ? 食べないときっと後悔するよ。ここでは年齢制限ないみたいだし」

昇がこうアドバイスすると、

「じゃあわたし、これに決めたーっ!」

果歩は顔をクイッと上げて、意志を固めた。すぐさまボタンを押してウェイトレスを呼び、メニューを注文する。

 それから五分ほどして、

「お待たせしました。お子様ランチでございます。はいボク。ではごゆっくりどうぞ」

 果歩の分が最初にご到着。新幹線の形をしたお皿に、旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のものがたくさん盛られている。さらにはおまけにシャボン玉セットも付いて来た。

「……僕のじゃ、ないのに」

 昇の前に置かれてしまった。昇は苦笑する。

「昇くんが頼んだように思われちゃったんだね」

 果歩はにこにこ微笑みながら、お子様ランチのお皿を自分の前に引っ張った。

「どうせ僕は童顔だよ」

 昇は内心ちょっぴり落ち込んでしまう。

さらに一分ほどのち、昇の分も運ばれて来た。

こうして二人のランチタイムが始まる。

「エビフライは、わたしの大好物なの」

 果歩はしっぽの部分を手でつかんで持ち、豪快にパクリとかじりついた。

「美味しいーっ!」

 その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。

(果歩ちゃん、幼稚園児みたいだ)

 昇はざる蕎麦をすすりながら、微笑ましく眺める。 

 その頃、昇のおウチでは、

「お子様ランチ、あたしも食べたーい。さくらんぼさんと生クリームの乗った円錐台のプリン、すごく美味しそう」

 七掛がモニター画面を食い入るように見つめていた。

「ナナカちゃん、食いしん坊だね」

「祐実お姉ちゃんには言われたくないなぁ」

「わたくし達も、そろそろお昼にしましょう。リビングからピザ○ットとケン○ッキーとマ○ドとロッ○リアとミ○ドの広告取って来たわよ。どれでも好きなのを選んでね」

「さすがスコラちゃん、気が利くね。ワタシ、ポテートとフィレカツバーガーとコーラ、全部Lサイズね。それと、アップルパイとチキンナゲットとチョコドーナッツも」

「祐実さん、それはちょっと食べ過ぎですよ」

 弥生は困惑顔で、

「祐実ちゃん、お相撲さんみたいね」

「祐実お姉ちゃんの胃袋の容量は無限大だね」

「ユミトコンドリア、コレステロールの摂り過ぎでメタボになっちゃうぜ。ちなみにコレステロールの分子式はC27H46Oなのだ」

 州湖良、七掛、燐音は笑いながら指摘する。

「そんなに多いかなぁ? じゃあ、Sにするよ」

 祐実は照れくさそうにしながらも、不満そうにメニューを変更した。

 所変わって昇と果歩のいるレストラン。

「昇くん、ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。わたしのもあげる。はいあーん」

 果歩はハンバーグステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は昇の口元へ近づけた。

「いや、いっ、いいよ」

 昇は手を振りかざし、拒否した。昇はお顔をケチャップソースのように赤くさせ、照れ隠しをするように麺を勢いよく啜った。

「昇くん、かわいい。あの、昇くん、このあとは映画見に行こう」

「……映画か。べつに、いいけど」

これってもろにデートコースだよな。果歩ちゃんはそんなつもりじゃないんだろうけど。

 果歩からの突然の提案に、昇はちょっぴり戸惑いつつも引き受けた。


それからしばらくのち、この二人が昼食を取り終えレストランから出てすぐに、

「わたし、おトイレ行ってくるから、この荷物持っててね。ここから動いちゃダメだよ」

 果歩は店内設置の長椅子の前でこう告げて、その場所へ向かっていった。

 昇は長椅子に腰掛け、受け取った紙袋をすぐ横に置いた。

(早く、戻ってこないかなぁ)

 気まずそうな面持ちで果歩の帰りを待つ。紙袋の中には、動物柄&果物柄パンツとブラジャーという、男が持っていたら変質者扱いされかねないグッズが詰められてあったからだ。

 同じ頃、昇のお部屋では、

「カホルマリン、おトイレ行くみたいだな。カメラ、カホルマリン追って」

「あーん、ワタシ、ノボルくんがどんなbehaviorで待つのかが見たいのにぃ」

「アタシ、カホルマリンが老廃物を出してるところ、覗きたぁい」

「ノボルくんのbehaviorぁ」

 燐音と祐実がリモコンを引っ張り合い、映写位置争いを繰り広げていた。

「燐音ちゃん、そんなものを覗いちゃダメって昇君と弥生ちゃんに注意されたでしょ」

 州湖良はプルコギピザを齧りながら困惑顔で注意する。

「燐音お姉ちゃん、おトイレ覗いたら弥生お姉ちゃんが般若になるよ」

 七掛がフライドチキンを齧りながら怯え顔でそう言うと、

「そっ、そうだった。危ねー」

 燐音はすぐさま大人しくなった。 

「ほらっ、ワタシの選択の方がベターでしょ」

 祐実は得意顔になる。

「ユミトコンドリアも昨日まであんなに楽しんでたのに」

燐音はぷくぅっとふくれた。

「あのう、あまり怖がらないで下さいね。あの能力はめったに現れないので」

 弥生は照れくさそうに伝える。 

 昇と果歩のいるデパートでは、

「お待たせーっ。昇くんは、おトイレいいの?」

あれから三分ほど後に、果歩が戻って来た。

「うん、大丈夫」

「行った方がいいよ。映画一時間半くらいあるし、おもらしちゃうかもしれないよ」

「大丈夫だって」

「昇くん、小学校の時、ド○えもんの映画見に行った時、途中でおしっこ行きたくなったのに我慢して漏らしたでしょ」

「あの、その話は、思い出させないでね」

 昇は頬を火照らせた。決まり悪そうに、男子トイレへと向かっていく。

果歩が長椅子でくつろいでいたところ、

「おーい、カッホー。ノボくんといたでしょ」

「デート?」

 同じクラスの女の子友達二人とばったり出会った。

「デートになるのかな?」

 果歩はきょとんとした表情になる。

「お二人さんのこれからのご予定は?」

「これから映画を見る予定なの」

「やっぱデートじゃん。遊園地には行かないの?」

「そこには、行くつもりないけど」

「遊園地はデートの定番コースだよ。行かなきゃ勿体無いよ。映画見終わったらいっしょに行って楽しんできなよ」

「じゃあ、そうしようかな。ありがとう。アドバイスしてくれて」

「いえいえ、どういたしまして。じゃあねカッホ」

「バイバイ果歩、また月曜に学校でね」

「ばいばい」

 友人達は文房具売り場の方へと向かっていった。こうしてまた果歩一人に。

「果歩ちゃん、お待たせ」

 それからほどなくして、昇が戻って来る。

「じゃあ、昇くん。映画見に行こう」

こうして二人はデパートから外に出て、すぐ近くのシネコンへと向かっていった。


「昇、果歩ちゃんとのデート、楽しんでる?」

「かっ、母さん! なんで、ここに……」

 シネコン入口前でばったり出会い、昇はかなり驚いた。

「生徒達だけで映画館に立ち寄ってはいけないって生徒手帳に書かれてたから、おば様に同伴してくれるようにお願いしておいたの」

 果歩は嬉しそうに伝えた。

「そっ、そういうことか。でも、確かにその通りだけど、それを忠実に守る必要はないと思うけど……」

「果歩ちゃん、とってもいい子ね」

 母はにっこり微笑む。

「僕は、非常に気まずいんだけど……」

 昇は当然のようにそう感じた。

「果歩ちゃんは、どの映画が見たいのかな?」

「あれです。おば様」

 母に尋ねられると、果歩はいくつかあるうち対象のポスターを指差す。

「えっ、あっ、あれを見るの?」

 昇は動揺した。

「よかったわね、昇が好きそうなやつで」

 母はくすっと笑う。

「昇くん、女の子がいっぱい出るアニメ好きでしょ?」

「たっ、確かに好きだけど、こういう、子ども向けのじゃなくて……」

「わたしも大好きなの。わたしが今日、昇くんを遊びに誘った理由は、いっしょにこれが見たかったからなんだ」

 果歩はとても嬉しそうに打ち明ける。

 それは一月ほど前、ゴールデンウィークに公開された女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。

「大人一枚、中学生二枚で」

チケット売り場にて母が三人分の入館料金を支払うと、受付の人がチケットと共に入館者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。

「果歩ちゃん、はい」

「ありがとう♪」

 昇は速攻果歩に手渡した。果歩が受け取ったものとは種類違いだった。

「母さんのもあげるわね。種類同じだけど」

「ありがとうございますおば様」

「どういたしまして。果歩ちゃん、昇、何かお菓子か飲み物いる?」

「わたしはいらないです。お昼お腹いっぱい食べたので」

「僕もいいよ」

「そっか」

こうして三人は売店前は素通りし、お目当ての映画がまもなく上映される4番ホールへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。

「果歩ちゃん。なんか周り、幼い子ばっかりだから、やっぱりやめた方が……」

「まあまあ昇くん。気にしなくてもいいじゃない。童心に帰ろう」

 昇は果歩に手をぐいぐい引っ張られていく。

「昔といっしょね」

 母はその様子を微笑ましく眺めていた。

 前から五列目の席で、昇は母と果歩に挟まれるようにようにして座った。というか座席指定なのでそうなってしまった。

(視線を感じる)

 昇はとても落ち着かない様子だった。他に三十名ほどいた客、七割くらいは小学校に入る前であろう女の子であったからだ。

上映中。

「やはりアニメの中では物理法則が完全に無視されてるな。ツッコミどころ満載だぜ。さっきのステッキ振るシーンとか」

「あたしあのオモチャ、すごく欲しいーっ!」

「このアニメ、女児向けと謳いつつ、ブルーレイディスクの販売収益を上げるためなのかさりげなく大きなお友達も対象にしてるわね」

「確かにキャラデザがそんな感じだね。声優さんのヴォイス、聞きたいなぁ。これじゃ大正時代のサイレント映画だよ」

燐音、七掛、州湖良、祐実も昇の自室からモニター越しに食い入るように鑑賞する。

(映画をタダで鑑賞するのは、良くないと思うのですが……)

 弥生も心の中で罪悪感に駆られつつも、ちゃっかり楽しんでいた。

        ※

「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもすごくかわいかったね。とっても面白かったよ。昇くんもそう思うでしょ?」

上映時間一時間ちょっとの映画を見終えて、果歩は大満足していた。

「まあ、思ったよりは。子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」 

「昇も昔はあんな感じだったのよ。果歩ちゃんは大人しく見てたけど」

「そっ、そうだったかなぁ?」

 母に突っ込まれ、昇はちょっぴり照れてしまう。

「おば様、子ども向けに作られたアニメって、いくつになって見ても面白いですよね?」

「まあね。思ったよりも良質な映画だったわ」

「わたし、子ども向けアニメ大好きなの。アン○ンマンとかド○えもん、今でも毎週欠かさず録画もして見てるもん。あの、昇くん、おば様。これから遊園地へ行きませんか?」

「えっ、遊園地!」

 果歩からの誘いに、昇は少し動揺する。

「二人だけで行って来たら?」

 母はこう意見するも、

「遊園地も校則上、生徒達だけで行くのは望ましくないとのことなので、おば様も付いて来て下さい」

果歩から強くお願いされると、

「そんな誰もが無視するような校則もちゃんと守ってとってもいい子ね、果歩ちゃん。そういうことなら、もちろんいいわよ」

 快く引き受けてあげた。

 こうして三人で電車を乗り継ぎ近場の遊園地へ。園内入ってすぐに、

「昇くん、おば様、まずはミニコースターから乗りましょう」

 果歩はこう提案した。

「あの、果歩ちゃん、遊園地へ来たからといって、必ずしもジェットコースターに乗らなければならないということは無いと思わない? 他に、もっと面白い乗り物がたくさんあるし」

 昇はコースターのレールを見上げながら苦笑いで意見する。

「昇くん、ミニコースターは普通のジェットコースターほどは怖くないよ」

 果歩は自信を持って主張して来た。

「そういえば昇、ジェットコースター苦手だったわね」

 母はくすっと笑う。

「まあね。どうしても乗りたいんだったら母さんと果歩ちゃんだけで乗って来たら? 僕はこの辺で一人で待ってるから」

 昇は困惑顔で主張した。

「まあまあ昇、そんなこと言わずに。せっかく来たのに」

「昇くん、そんなことしたら絶対迷子になっちゃうよ」

母はニカッと、果歩はにこっと微笑みかけた。

「……分かったよ」

 昇はここで付いていかなければ男として情けないと感じ、仕方なく付いていくことに。

今日は休日ということもあり、園内はけっこう混み合っていた。家族連れや若いカップル、中高大学生くらいの男または女同士のグループなどが園内を行き交う。

母と、中学生二人という組み合わせも他に少なからず見受けられた。

「このコースター、一番前の席を取りやすいのがいいよね」

「昇、ラッキーだったわね」

ミニコースター乗車口に辿り着くと、果歩と母は満面の笑みを浮かべる。

「車両、こんな形なのか……」

一方、昇は暗い表情だった。ミニコースターという名の通り車両は二つしかなく、最前列かそのすぐ後ろ側に乗るしか選択肢がないのだ。

「わたし、昇くんのお隣に乗ってあげるから」

 果歩は優しく微笑み、昇の右手を握り締めた。

マシュマロのようにふわふわやわらかい感触が、昇の手のひらに直に伝わる。

「あっ、ありがとう。あの、母さん、前側に乗って」

 昇は照れくさがって戸惑いながら要求する。

「何言ってるのよ昇、一番前の席は譲ってあげるわ」

 母は微笑み顔で言う。

「僕は二両目の方が……」

「ありがとうございます、おば様。昇くん、遠慮しなくても。おば様がせっかく譲ってあげたのに」

果歩は、掴まれていた昇の右手をグイッと引っ張り、最前列左側の席に追いやる。

「……」

 昇はぎこちない動作で席に座った。

「んっしょ」

右隣に果歩が腰掛ける。

「どっこらせ」

 母は昇のすぐ後ろ側に座った。

「昇くん、一番前は迫力ありそうだね」

「……うっ、うん」

 楽しそうにしている果歩をよそに、昇は暗い気分だ。

 ほどなくして、座席の安全バーが下ろされる。

 もう引き返すことは出来ない。

 昇は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めていた。

〈発車致します〉

この合図で、ミニコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。

(こっ、怖い。特にこの発車してから落下するまでの時間が……)

昇は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。

 坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。

「うわああああああああああああああああああああーっ!」

 そのあと一気に急落下。と同時に、昇は思わず大きな叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じていたのだ。

「おうううううううううううーっ!」

 果歩は笑顔で喜びの悲鳴を上げる。

「きゃあああああっ!」

 母の叫び声も、意外にかわいかった。おそらくは喜びのものであろう。

「昇君、けっこう怯えてるわね。さすが草食系」

「ノボルくん、情けないけどベリーキュート!」

「昇お兄ちゃん、一デシリットルくらいおもらししてるかも」

「デシリットル、懐かしいです。ちなみにデシリットルは漢字で表すと、立偏に分けると書きます。昇さんは今きっと、阿鼻叫喚していますね」

「ノボルボックスの反応も面白いけど、アタシはコースターの運動の方が興味をそそられるぜ。位置エネルギーと運動エネルギーが交互に転換されてるね。これを力学的エネルギー保存の法則というのだ。こいつはぐるりんって回転しないタイプだから、迫力に欠けるのは残念だな」

 五人は楽しそうに観察する。

遊園地内。

「あー、すごく気持ちよかった」

ミニコースターから降りた直後、果歩は幸せいっぱいな表情をしていた。

「……死ぬかと、思った」

 昇の顔はまだ蒼ざめていた。

「昇、あんなちっちゃいジェットコースターで怖がるなんて、だらしないわね」

 母はくすっと笑う。

「だって、速過ぎて」

 昇は暗い声で呟く。

「昇、果歩ちゃん、おばけ屋敷があそこにあるけど、どうする?」

「母さん、そこは、ちょっと」

「わたしもおばけ屋敷はダメなんです。夜、一人でおトイレ行けなくなっちゃうので」

 母の問いかけに、昇と果歩は照れくさそうに答える。

「そっか。相変わらずね。じゃあ別の所にしましょう」

 母はにこりと微笑む。

 昇のお部屋。

「haunted houseはデートの定番スポットなのにスルーかぁ。It‘s boring!」

「草食系男女には不人気みたいね」

 祐実と州湖良はちょっぴりがっかりしていた。

「私も幽霊、大の苦手です」

「あたしもーっ。怖いよぅ」

「ヤヨイソロイシン、ナナカリウム、幽霊なんて科学的に存在しないよ」

 ビクビク震え出した弥生と七掛に、燐音は爽やかな表情で説明する。

 遊園地にいる三人が次に向かったアトラクションは、これも定番の乗り物、メリーゴーランドだった。

 乗っているのは昇と果歩。前の木馬に果歩、そのすぐ後ろの木馬に昇という構図。

「昇、果歩ちゃん。こっち向いてーっ」

 母は外側からビデオカメラを向けていた。用意して来ていたのだ。

「はーい」

 果歩は嬉しそうに振り向き、手を振った。

「……」

 昇は恥ずかしさのあまり、顔を背けてしまう。

「昇ったら」

 他の乗客は幼稚園児と小学生、その保護者ばかり。偶然にも、どこかの団体客といっしょになってしまったのだ。昇が恥ずかしがっているのは、そんな理由かな? と、にこにこ顔で撮影しながら推測する母であった。

「さっき三人はまさに遠心力を実感したね。遠心力Fは質量mかける速度vの二乗、割る半径r。つまり、回転速度が速ければ速いほど、この遊園地のメリーゴーランドみたいに半径が小さいものほど、遠心力は強くなっていくのだ。ジェットコースターが回転する時も遠心力がかかってるぜ。地球みたいに相当大きな物が自転する際も、もちろん遠心力は働いてるけど、とても小さいから、高校物理の範囲内ですら0として考えてるのだ」

 メリーゴーランドの動きを、燐音は物理学的視点で解説した。

「角速度をωとしたら、mrωの二乗とも表せるね」

 七掛も話に乗る。

「リンネちゃんの言ってること、全然分からないよ。まだジュニアハイスクールの一年生なのにグレート知識量だね」

「私もさっぱりです」

「わたくしも。社会科にも計算問題はありますが、小学生レベルの基本的な四則演算が出来れば対応出来るので」

 祐実、弥生、州湖良は混乱していた。三人は文系教科担当ということもあり、数式を大の苦手としているのだ。

 昇と果歩がメリーゴーランドから降りた直後、

「わっ、わたし、まだ目がペロペロキャンディーみたいになってるよ」

「僕も、目が回っちゃったよ」

 二人ともふらついていた。

「あらまぁ。昔行った時と同じね」

 母は嬉しそうに微笑む。

「ねえ、昇くん、おば様。今度はあそこでプリクラ撮ろうよ」

 果歩はメリーゴーランドから数十メートル先にある、メルヘンチックな建物を指差す。

 アミューズメント施設であった。

「いいけど。プリクラかぁ……」

 昇は乗り気ではなかったが、

「プリクラなんて、久し振りね」

 母はかなり乗り気であった。

建物内へ入り、専用機内に足を踏み入れた三人。撮影方向から見て左から母、昇、果歩の順隣合わせに並ぶ。 

「一回五百円か」

他のアトラクションと同様、母がお金を出してあげる。

(中学三年生にもなって母さんとプリクラ、なんという罰ゲームだよ)

 昇はげんなりとしていた。

「わたし、これがいいです」

果歩に好きなフレームを選ばせてあげる。

撮影&落書き完了後。

「最近のプリクラは進化したわね」

 取出口から出て来たプリクラをじっと眺める母。自分が見たあと果歩と昇にも見せる。

「母さん、僕の顔に落書きし過ぎだよ」

 昇は苦笑いする。

「ごめんね昇、ついつい遊びたくなって」

 母はてへっと笑った。気分は一〇代後半に若返っていたようだ。

「昇くん、サンタさんみたいでかわいい。あの、わたし、次はこれがやりたいです」

 果歩はプリクラ専用機向かいに設置されていた筐体を指差した。

「果歩ちゃん、ぬいぐるみが欲しいのね」

「はい!」

 母からの問いかけに、果歩は弾んだ気分で答える。果歩がやりたがっていたのはお馴染みのクレーンゲームだ。

「あっ、あのアデリーペンギンのぬいぐるみさんとってもかわいい! お部屋に飾りたいなぁ♪」

 お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手のひらを張り付けて叫ぶ。

「果歩ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるから、難易度は相当高いよ」

「大丈夫!」

 昇のアドバイスに対し、果歩はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。

「果歩ちゃん、頑張れ!」

「落ち着いてやれば、きっと取れるわ」

 昇と母はすぐ後ろ側で応援する。

「わたし、絶対取るよーっ!」

果歩は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった。もう一度」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。

「もう一回やりますっ!」

 果歩はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対取るよ!」

この作業をさらに繰り返す。果歩は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。

けれども回数を得るごとに、

「全然取れない……」

 徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていった。

「昇、あんた昔、し○かちゃんのお人形さんを果歩ちゃんに取ってもらったことがあるでしょ。恩返ししてあげなさい」

 母が肩をポンッと叩いて命令してくる。

「でも、僕、あれはちょっと無理かな」

 昇は困った表情で呟いた。

「昇くん、お願いっ!」

「……わっ、分かった」

 果歩にうるうるした瞳で見つめられ、昇のやる気が少し高まった。

「ありがとう。昇くん」

 するとたちまち果歩のお顔に、笑みがこぼれた。

「昇お兄ちゃん、さすが」

「ノボルくん、very kindだね」

「昇さん、良いお人です」

「昇君、心優しい男の子ね」

「カホルマリンもよく健闘してたぜ」

その様子を、五人もモニターを通じて楽しそうに眺めていた。

(まずい、全く取れる気がしないよ)

 昇の一回目、果歩お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「昇くんなら、絶対取れるはず!」

 背後から果歩に、期待の眼差しで見つめられる。

(どうしよう)

 昇は困ってしまったが、

《諦めず、根気強く》

 ふと、あの教材をネットで探している時に学から言われた言葉を思い出した。

(よぉし、やってやるぞ!)

 それを糧に昇は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。

 しかしまた失敗した。アームには触れられたものの。けれども昇はめげない。

「昇くん、頑張れ。さっきよりは惜しいところまでいったよ」

 果歩からエールが送られ、

「任せて。次こそは取るから」

昇はさらにやる気が上がった。

 三度目の挑戦後。

「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたアデリーペンギンのぬいぐるみ。

昇は、果歩お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。

「やったぁ!」

 果歩は大喜びの声を上げ、バンザイのポーズを取った。

「昇、やるわね。受験勉強もこの調子でね」

 母もビデオカメラを回しながら褒めてあげた。

「たまたま取れただけだよ。先に、果歩ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、果歩ちゃん」

 昇は照れくさそうに語り、果歩に手渡す。

「ありがとう、昇くん。ペンちゃん、こんにちは」

 果歩はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

「ノボルくん、Well done! Third time lucky.だね」

「おめでとう、ノボルボックス」

「昇お兄ちゃん、すごーい。あたしもあのぬいぐるみさん欲しいなぁ」

「わたくし、昇君はやれば出来る子だと思ってたわ」

「昇さんおめでとうございます。諦めなければ必ず出来るというこの経験を、受験勉強にも活かして欲しいです」

 モニター越しに眺めていた五人もパチパチ大きく拍手した。

遊園地内の三人は最後の締めくくりとして、巨大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さが五〇メートル以上にまで達する、この遊園地一番の目玉アトラクションとなっている。

「二人で乗って来なさい」

 母はこう要求した。

「えっ!」

 昇はぴくっと反応する。

「おば様は、乗らないんですか?」

 果歩はきょとんとした表情で尋ねた。

「うん。高所恐怖症だから」

「いやいや、そんなことはないだろ」

 笑顔で伝える母に、昇は呆れ顔で即、突っ込みを入れる。

「撮影してあげるから。それに、昇も果歩ちゃんももう大人よ。お母さんがいなくても乗れるでしょ」

「確かにそうですね。ではおば様、昇くんといっしょに乗ってきますね。行こう」

「わわわ」

 果歩に手を引かれ、昇は乗車待ち列の方へと連れて行かれる。

「昇くん、せっかくだし、二人だけだし、あっちの方に乗ろっか?」

「……うん、いいよ」

 シースルーの方かぁ。あれは平気だけど、もろにカップル向けだよな?

 昇は今からそれに乗ろうとしていた高校生くらいの男女カップルにちらっと目を向ける。

 もう一方のゴンドラは六人乗りのファミリー向けノーマルタイプだ。

昇と果歩は二〇分ほど待って四人乗りのシースルーゴンドラに乗り込むと、向かい合って座った。

係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していくと、

「ちょっと怖いけど、いい眺めだね。夕日きれーい」

 果歩は大はしゃぎで下を見下ろす。

「そっ、そうだね」

早く、一周してくれないかな?

 昇は気まずさと恐怖心が相まって、高いドキドキ感と居心地の悪さを感じていた。目のあり場にも困っていた。

二人きりで観覧車に乗ったのは、お互い今回が初体験だ。

「きっとキスするね」

「わたくしはしないと思うわ。昇君にそんな勇気はないはずよ」

祐実と州湖良はわくわくしながら、観覧車内の二人の様子を観察する。

「これは等速円運動だな。角速度は何rad毎秒かな?」

「ラジアンは高校の数学にも登場するよ。180度がπラジアンで、ちなみに円周角と弧の長さは比例するよ」

 燐音と七掛は観覧車の動きの方に興味を示していた。

 弥生は二人の観察に飽きたのか、学習机の椅子に腰掛けて昇が学校で使っている国語便覧を熟読していた。

 それから五分ほど後、

「あーん、結局キスなしかぁ。It‘s boring.」

「ほらね」

州湖良は勝ち誇ったような表情で、がっかりする祐実を眺める。

結局、昇と果歩は普通に取り留めのない会話を交わしただけで観覧車は一周し終えてしまったのだ。

「昇、果歩ちゃん。観覧車どうだった?」

 降りた後、母がさっそく質問してくる。

「久し振りに乗れて最高でした、おば様」

 果歩は満面の笑みを浮かべる。

「けっこう、よかったよ」

 昇は照れくさそうだった。

 こうして三人は、遊園地を後にしたのであった。


       ☆


「ノボルくん、今日は楽しかった?」

 家に帰って自室に入ると、昇はさっそく祐実に質問される。

「まっ、まあ。楽しかったよ」

「昇さん、とても幸せそうですね」

 弥生は昇の満足げな表情を見て、にっこり微笑んだ。

「みんなに、お土産買って来たよ。勉強でお世話になってるお礼がしたくて。母さんには亮哉と学に渡すって言って怪しまれないようにした」

 昇は苦笑いしつつ手提げ鞄の中から、ビニール袋にいくつか入れられたチョコレートやクッキー、キャンディーなどの菓子箱を取り出した。

「わぁーい、昇お兄ちゃん大好きぃっ。この飴、辛いやつを引く確率八分の一かぁ。気をつけなきゃ」

「ノボルボックス、気が利くね」

「さすが昇君、草食系男子ね」

「サンキュー、ノボルくん。食べ過ぎには気をつけるね」

「ありがとうございます、昇さん」

 五人から大いに感謝される。

「どういたしまして」

「さあ昇君、今日いっぱい遊んだ分、これからしっかり家庭学習よ」

「えっ、そんな。今日は僕、疲れたし……」

「いけません! そんな考えで休ませると怠け癖が付いてしまうわっ!」

 やる気なさそうな態度を取った昇に、州湖良は厳しい口調で注意する。

「さあノボルくん、レッツスタディー。カホちゃんもちゃんと気を切り替えて家庭学習に励んでるよ」

 祐実はそう伝えると、昇にモニター画面を見せた。

 机に向かい、一生懸命数学の問題を解いている果歩の姿が映し出されていた。

「……分かったよ。僕も頑張るよ」

 それを見て、昇は自分もやらなければという意識が高まった。自ら椅子に座り、シャーペンを手に取ると、さっそく苦手な英語の演習問題を解いていく。

「ノボルくん、なんでそこまた間違えるの? canとか助動詞の後は主語がheとかsheとかの三人称単数になっても動詞の原形が来るって昨日教えたでしょ。中一の学習内容だよ。You idiot! I‘m disappointed with you.」

「あいてててっ」

 祐実に髪の毛を引っ張られたりほっぺたを抓られたりして厳しく注意されながらも、昇は心の中で感謝していた。


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