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第一話 中間テスト撃沈 昇、スパルタ教育進学塾へ強制入塾されちゃう危機

ふとしたきっかけで深夜アニメやラノベ、ネトゲ・ギャルゲーといったオタク趣味に嵌って学業成績がガタ落ちしてしまった中高生諸君は、日本中にたくさんいるよな?

阪神間とある文教地区に住む、高校受験を控える中学三年生の野条昇のじょう のぼるくんもその被害者の一人だ。 


 第一話 中間テスト撃沈 昇、スパルタ教育進学塾へ強制入塾されちゃう危機


「昇ぅっ、あんた受験生としての自覚は持ってるのっ? またこんなひどい点取って。もっと本気で勉強せな、あかんやないのっ!」

「母さん、これでも平均点よりは上だったんだよ。平均五七しかなかったんだ」

五月も終わりに近づいたある日の夕方、昇は自宅リビングで母から厳しく咎められていた。

引き金となったのは、昇の在籍する市立橙陽とうよう中学校三年五組で今日返却された一学期中間テスト数学六一点の答案である。 

ソファに座る二人、ローテーブル越しに向かい合う。

「昇は北高を目指しとるんやなかったっけ?」

母は強い口調で問うた。

「確かにそうだけど」

「ほな平均ほんのちょっと超えれたくらいで満足してちゃぁ、あかんの分かっとる?」

「分かってるって」

 うるさいなぁと心の中で思いながら、昇は薄ら笑いを浮かべて不愉快そうに答える。

「ところで昇、あの約束は覚えているかしら?」 

 母は険しい表情から、にこにこ顔へと急変化した。

「えっ……何の、ことかな?」

 昇は視線を天井に向けて、忘れた振りをしてみる。

「とぼけたって無駄よ。証拠はちゃぁんと残してあるんやから」

 母はそう告げた後、テーブル上の小物入れからICレコーダーを取り出した。昇の眼前にかざすや否や、再生ボタンをピッと押す。

『昇、今度の中間テストでも総合得点四〇〇なかったら、塾へ放り込むからね』

『分かったよ、母さん。それくらい楽勝だって』

こんな音声が流れた後、

「このことよー」

 母はニカッと微笑みかけてくる。

「……録音、してたのかよ。いつの間に?」

 昇の顔は引き攣った。彼はあのやり取りをしっかりと覚えていたのだ。

「ふふふ、言い逃れ出来んようにこれくらい対策済みよ。昇、これで四教科返って来たわよね。今、合計いくらかなぁ?」

「……三〇七点」

昇が俯き加減でぼそぼそと打ち明けると、

「はい、塾行き確定っ!」

 母は明るい声で嬉しそうに告げた。

「まだ英語が残ってるだろ。それで九三点以上取ったら、四〇〇超えるだろ」

「そんなに取れるわけはないでしょ。この前は五二点しかなかったんだし」

「大丈夫だって、今回は解答欄全部埋めたから」

「埋めりゃぁいいってもんでもないでしょ。昇、次の期末テストも悪かったら、あんたのお部屋に大量にあるジャ○プと少女マンガ、全部捨てるからね」

「えっ! そんなっ。そこまですることはないだろ」

「だって昇、あんなのをいーっぱい買い集めるようになってから、テストの点数が急激に下がり始めたやない」

「それは全然関係ないって」

「大いにありますっ!」

「……習う内容も、だんだん難しくなって来てるんだから、点数下がってくるのは当たり前だろ。学年平均だって一年の時のテストより低いし、みんな悪くなってるんだよ」

「見苦しい言い訳ね。果歩かほちゃんは新入生テストの頃から、今でも相変わらず高得点を維持し続けてるでしょ?」

 弱々しく反論する昇に、母は得意げな表情で反論し返す。

「確かにそうだけど、あの子は、僕とは地頭が違うんだ」

昇は迷惑そうに振る舞い、数学の答案を取り返すと足早にリビングから逃げていった。

果歩ちゃんとは、三軒隣に住む同い年の幼馴染だ。フルネームは小紫こむらさき果歩。果歩も昇と同じく北高=県立翠塚みどりづか北高校を第一志望にしている。二人ともその最たる理由はごく単純、家から一番近いそれなりの進学校だからだ。二人が通う橙陽中学の通学区域内に立地していることもあって、他の橙陽中生にとっても人気の進学先となっている。

(確かに定期テストの数学でさえこの点数じゃ、北高は難しいよなぁ)

 昇は答案を眺めつつ苦笑いを浮かべながら、二階の自室に足を踏み入れた。フローリング仕様で広さは十二平方メートルほど。出入口扉側から見て左の一番奥、窓際に設置されてある学習机の上は教科書やノート、筆記用具、プリント類、CDラジカセ、携帯型ゲーム機やそれ対応のソフトなどが乱雑に散りばめられていて、勉強する環境には相応しくない有様となっている。男子中学生のお部屋にはありがちな光景といえよう。

机の一メートルほど手前には、木製のラックに載せられたDVD/ブルーレイプレーヤー&二〇インチ液晶テレビがあり、さらに扉寄りに幅七〇センチ奥行き三〇センチ高さ一.五メートルほどの本棚が配置されている。こちらには、普通の男子中学生と比べてオタク趣味を思わせる光景が広がっていた。

本棚にはコミックスや雑誌、小説が合わせて二百冊以上は並べられてあるものの、普通の男子中学生が読みそうなスポーツ誌やメンズファッション誌は一冊も見当たらない。昇の所有する雑誌といえば、アニメ・声優・ゲーム・漫画系なのだ。

ラックの空きスペースには萌え系のガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて十数体飾られてある。さらに壁にも人気女性声優や、髪の色が青や緑やオレンジやピンクや紫で瞳の大きな可愛らしい女の子達が登場する深夜アニメのポスターが何枚か貼られてあるのだ。

(母さん、僕の部屋、ジャ○プや少女マンガなんて一冊も置いてないんだけどなぁ……)

一段ベッドに腰掛けた昇は向かいの本棚を眺めながら、心の中で突っ込んだ。

      ☆

 翌朝、七時五五分頃。

「昇、塾のことだけど〝公立高校受験対策週五日五教科フルコース〟で申し込んでおくわね。土日も無料で自習室が使えて超お得みたいよ」

「待ってよ母さん、英語のテストは今日返ってくると思うけど、絶対九三以上あるから」

「ふふふ。それじゃぁその結果が出るまで申し込むのを一応待っててあげるわ。どうせ無駄やろうけど」

「母さん、少しは期待してくれよ」

 昇は母とキッチン横のテーブルで朝食を取りながら、こんな楽しくない会話を弾ませていた。

 昇の父は毎朝七時頃には家を出るため、昇の平日朝食時はいつも母と二人きりなのだ。

まもなく八時になろうという頃、ピンポーン♪ と玄関チャイムが鳴り響いた。

「はーい」

 母が玄関先へ向かい、対応する。

「おはようございます、おば様」

 お客さんが先に玄関扉を開けた。

果歩であった。学校のある日は毎朝、この時間くらいに昇を迎えに来てくれる。

面長ぱっちり垂れ目、細長八の字眉、丸っこい小さなおでこが彼女のチャームポイント。ふんわりとしたほんのり茶色な髪を小さく巻いて、フルーツのチャーム付きりぼんで二つ結びに束ねているのがいつものヘアスタイル。背丈は昇より十センチほど低い一五五センチくらいあり、おっとりのんびりとした雰囲気が感じられる子なのだ。

昇はもう中学も三年生になったんだし登校は別々でも良いと思っているのだが、果歩が全くそうは思っていないので付き添ってあげているという感じである。とはいっても昇もべつに嫌がってはいない。けれども通学中に同じクラスのやつ他知り合いにはあまり会いたくないなぁ、という思春期の少年らしい照れくさく思う気持ちはあった。

「おはよう果歩ちゃん、今日から夏服なのね」

「はい、暑くなって来たので」

 昇の母に身なりをまじまじと眺められ、果歩は少し照れくさそうにする。

昇達の通う学校では今、制服移行期間中だ。果歩は昨日まで着用していた女子用冬服である濃紺色セーラー服から、夏用の半袖ポロシャツと水色吊りスカートへと衣替えしていた。

昇は春秋冬兼用長袖白色ワイシャツと、夏用薄手の灰色ズボンという組み合わせ。ちなみに男子用冬服は真っ黒な詰襟学生服だ。

「あの、おば様。昇くんの成績をあまりアップさせられなくてごめんなさい。わたしの教え方が悪かったみたいで」

「果歩ちゃんは全然気にしなくていいのよ。相変わらずテスト前でもジャ○プや少女マンガばっかり読んで勉強サボった昇が悪いんだから」

 自責の念に駆られていた果歩を、母は笑顔で慰めてあげる。

果歩はとても心優しい子なのだ。

(……母さん、僕、そういった本は一冊も持ってないって)

 二人の会話は食事中の昇の耳にもしっかり届いていた。


いつもと変わらず八時頃に出発した果歩と昇は、学校まで徒歩約十八分の通学路を校則に従い一列で歩く。この時、果歩が前を行くことが多いのだ。

「昇くん、今日はあまり元気がないね。テストのことでおば様にいっぱい叱られたんだね」

 果歩は後ろを振り返りながら気遣うように話しかけてくる。

「いや、叱られたことより、塾行かされることが百パー確定したから」

「そうなんだ。昇くん、塾には行きたくないんだね?」

「うん。でも、これは母さんと約束したことだから、行くしかないよ」

 昇は沈んだ声で答えた。

「それじゃあ、わたしも昇くんといっしょに通おうっと」

「いやっ、やめた方が絶対いいよ。母さんが僕に行かせようとしてる塾は、烈修館ってとこだから」

「えっ! そこなの? じゃあわたしは……行かなーい」

 昇からこう伝えられると果歩は途端に顔を蒼白させ、すぐさま前言撤回した。

「昇くん、大丈夫? その塾って、未だ昭和的な教育方針で先生がものすごーく怖いって噂のとこでしょ? ちゃんとやって行けそう?」 

 続けて心配そうに質問する。

「入ってみなければ分からないなぁ」 

 昇はその塾のことを詳しくは知らないため、こう答えるしかなかった。

「そっか。頑張ってね、昇くん。おば様は昇くんの将来のためを思って、塾へ行かせようとしてるんだと思うから。でも、身の危険を感じたらすぐに辞めなきゃダメだよ。PTSDになっちゃったら大変だからね」

「……うん。まだ行かされると正式に決まったわけじゃないけどね」

 果歩に真剣な眼差しでアドバイスされ、昇はちょっぴり困惑してしまった。

「そういえば昇くん、今日までに提出の数学のプリントは、全部出来てる?」

「いや、それが、空欄ばっかりなんだ。分からない問題が多くて」

「じゃあ写させてあげるよ」

「ありがとう。いつもごめんね、いろいろ迷惑掛けて」

「全然気にしなくていいよ昇くん。それにしても今日は、朝からけっこう暑いよね。今朝の天気予報で大阪は最高気温30℃まで上がる予想が出てたよ」

「もうすぐ六月だからね。僕も今日は半袖にすればよかったな」

他にもいろいろ取り留めのない会話を弾ませていくうち、学校のすぐ側まで近づいて来た。この二人以外の橙陽中生達も周りにだんだん増えてくる。

昇と果歩は校舎に入ると、最上階四階にある三年五組の教室へ。幼小中同じ学校に通い続けているこの二人は、小六の時以来久し振りに同じクラスになれたのだ。

昇が自分の席に着いてから五分ほどのち、

「ぃよう、のぼるぅ」

いつものように彼の中学時代からの親友、二星亮哉にほし りょうやが登校して来て近寄ってくる。丸顔で目は細め、背丈は一六六センチで普通だが、ぽっちゃりした体格の子だ。

「あっ、おはよう亮哉」

机に突っ伏していた昇は少し顔を上げ、暗い声で挨拶を返してあげた。彼が亮哉と同じクラスになったのは、中一の時以来である。当時、亮哉の出席番号は昇のすぐ前だった。そのことがきっかけで入学式の日から自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったというわけだ。(どうでもいい情報だが今クラスは間に野村君がいる)

部活動を選ぶ際、体育が苦手なため運動部には一切興味を示さなかった昇は、新聞部にするか地歴部にするか悩んでいた。そんな時、亮哉に「俺パソ部に入るから、のぼるもいっしょに入ろうぜ」と半ば強引に誘われ、結局当初入る気もなかったパソコン部に入部することに決めたのが中一四月の終わり。その選択により、亮哉との友情をますます深めることが出来たのだが……(友達選び間違えたかなぁ? いや、亮哉と出会えてよかったよ。新しい世界が広がったから)と昇は今になって反語的に思うことが時々ある。

なぜなら亮哉は、中学入学当時コ○コロとファ○通と四大週刊少年誌とテレビ雑誌、果歩が読んでいた少女漫画誌くらいしか雑誌の存在を知らなかった純粋な昇に、マニアックな月刊漫画誌やアニメ雑誌、声優雑誌、美少女系のゲーム雑誌。さらにはラノベ、同人誌、深夜アニメの存在などを教え、そっちの道へと陥れた張本人だからだ。亮哉自身は小五の頃から萌え系の深夜アニメに嵌っていたのだという。

「のぼる、今日はいつもより元気ないなぁ。テストのことで母ちゃんに怒られたんやろ?」

 亮哉はにこにこ顔で、陽気な声で問いかけてくる。

「まあ当たりだけど、それプラスもっと憂鬱なことがあるんだ」

「へぇ、どんな?」

「僕、今回のテストで総合得点四〇〇なかったら、駅前の烈修館って塾に行かされるんだ」

「烈修館って、あの酒呑童子も怯えるめっちゃ厳しいスパルタ指導で超有名な。そりゃご愁傷様」 

「亮哉は親から成績のこと何も言われないのか? おまえも北高第一志望なんだろ?」

「まあ、入試本番までまだ九ヶ月以上もあるし、なんとかなるんじゃないかなぁっと母ちゃんと父ちゃんも言ってるし」

「親子ともに楽観的だな。僕なんか、期末も悪かったら雑誌・マンガ類も全部捨てるって母さんに脅されたよ」

 昇は沈んだ声で伝える。

「とうとう来てしまったか、その告知が。にしても五教科計四〇〇超えって、のぼるの母ちゃんの求めるハードルは高えな」

 亮哉は少しだけ同情心が芽生えた。

「僕の母さん、ア○メディアとかメ○ミマガジンとか少年○ースとか、コミックア○イブとかも全部〝ジャ○プ〟って呼んでる。女の子が表紙のラノベや漫画のことなんか、少女マンガだよ」

「俺の母ちゃんも似たようなもんだぜ。W○iもプ○ステ4もP○Pも3DSもファ○コンって呼ぶし」

「それ、僕んちも同じ。僕の母さん、まだ四〇代半ばなのに考え方は団塊の世代だよ」

「食事のことを全部〝ちゃんこ〝って言うお相撲さんみたいだね」

 果歩も昇の席のそばへ近寄って来て、にこやかな表情で突っ込みを入れた。

「そうそう、まさにそんな感じ」

 昇は苦笑顔で同意する。

「おはよう、亮哉くん。朝読の本、ちゃんと持って来た?」

「いっ、一応」

「昨日みたいに漫画はダメだよ」

「わっ、分かってます。宮沢賢治の『注文の多い料理店』だから」

「今日は小説だね。えらいねぇ」

「……」

 亮哉は今、心拍数がかなり上昇していた。彼は果歩に限らず、三次元の女の子が大の苦手なのだ。女の子に話しかけられると緊張してしまうのは物心ついた頃かららしい。その性格が、彼が二次元美少女の世界にのめり込むようになった原因ではないかと昇は推測している。

「昇くん、行く時渡した数学のプリントはもう写し終わった?」

「あっ、まだだ。忘れてた。ごめん果歩ちゃん。今すぐやるから」

「焦らなくていいよ。四時間目だからまだ時間たっぷりあるし」

果歩が優しくそう言ってくれたその直後、八時半の、朝読書とSHR開始を告げるチャイムが鳴り響く。亮哉と果歩他、立っているクラスメート達はぞろぞろ自分の席へ。

「皆さん、おはようございます」

ほどなくしてクラス担任で英語科の衣笠先生がやってくる。背丈は一五〇センチをほんのちょっと超えるくらい。ぱっちり瞳に丸顔。ほんのり栗色な髪はミディアムボブにしている。二八歳の実年齢より若く見え、まだ女子大生っぽさを漂わせる風貌である。

朝読書の時間の後、そんな衣笠先生はいつも通り出席を取り、諸連絡を伝えた。

そのあと八時四五分から始まる一時間目。このクラスでは、今日は英語の授業が組まれてあるため引き続き彼女が受け持つ。

「この間の試験、昨日の晩やっと採点が終わったので返しまーす。待たせてごめんね。今回は高校入試レベルの問題をけっこう出題したけど、難し過ぎたかな? このクラスの平均点は五一点しかありませんでした。皆さんショック受けないでね。それじゃ、呼ばれたら取りに来てね。上田くん」

 衣笠先生はこう伝えて、英語の答案を出席番号一番から順に返却していく。

「野条くん、北高第一志望ならもっと頑張りましょうね」

 九番の昇に返す際、衣笠先生は爽やかな表情で忠告した。

(やばい、平均すら無いよ。塾行き決定だぁー)

 受け取った昇は点数を眺めると苦笑いを浮かべ、自分の席へと戻っていった。

 一時間目が終了し、休み時間が始まると、

「のぼる、英語何点やった?」

 さっそく亮哉が昇の席に近寄って来てからんでくる。

「予想よりもかなり悪かった。三九だよ」

 昇はため息まじりに伝えた。

「また負けたぁーっ。俺なんか三二やで」

「亮哉に勝てても全然嬉しくないな。僕、四〇〇どころか、三五〇すら下回ったよ。社会科で九一、国語八五あったから絶対四〇〇超えれると思ったんだけどなぁ。前よりは少し上がったんだけどね」

「上がったならまだええやん。俺はワースト記録またも更新、合計二九一やで。ついに実力テストの時ですら未達成の二〇〇点台になってしもうた」

「さすがにやばいだろ、北高志望で三〇〇切るようなら」

「でも北高って確か、部活推薦枠もあったよな? 俺、それ使おうと思っとるねんけど」

「あれって、運動部か吹奏楽部か生徒会に所属してないと推薦してもらえないだろ」

 楽天的な亮哉に、昇はすかさず突っ込む。

「パソ部じゃ無理なのかよ?」

「そうみたいだ」

「マジで!? 吹奏楽部と同じ文化部やのに待遇が違い過ぎる」

「そりゃまあ、パソコン部は世間に評価されるような活動は全くしてないからだろ」

「言われてみれば、確かに。活動っていっても2ちゃんねるか動画投稿サイトかブルーレイ見てるだけだからな。やべぇな、期末テストは本気出さんと。一週間前からゲームとアニメとラノベ封印して」

「二星君、きみは中間の前も同じことを言っていたよね?」

 二人の会話に、昇のすぐ後ろの席の男子生徒も割り込んで来た。

「そうだっけ? それよりまなぶぅ、またしても英語百点取りやがって。中間の合計なんぼや?」

「四九八点でしたぁ。ボク、五〇〇点満点を狙っていたのですが、国語で文法問題一問落としちゃいましたよ。トホホホ」

学という子だった。彼はやや不満そうにしょんぼりとした声で答える。亮哉にとって学は、昇と同じパソコン部仲間なのだ。

「それで不満そうにするなよ。学は相変わらずの天才振りだよな」

 昇はとても感心していた。同じ幼稚園&小学校出身のため、学のことは昔からよく知っている。つまり果歩も彼の古い顔馴染みというわけだ。

「俺らとは頭脳の次元が違い過ぎるな。まなぶ、灘高行けるんじゃねぇの?」

「いやいや、さすがに灘高はボクの学力程度では絶対無理だよーん。というかボク、将来は京大を目指してるけど、それまでの過程において、有名私立に行く必要はないのでは、と考えてるからね。中学受験も一切しなかったよん」

「それで高校も第一志望、俺らと同じ公立の北高ってわけなんか?」

「イエス。ボクんちから一番近いので通学の手間も省けるしぃ」

 亮哉の質問に、学は文庫本を読みながら淡々と答えていく。

「それは才能が勿体ないぜ、入学枠には限りがあるんだからやめてくれよ。つーか東大じゃなく京大なのか」

 亮哉はため息まじりに嘆いた。

「それなら安心したまえ。ボクは理数科の方を受けるつもりだから」

「北の理数って、偏差値七〇越え、この学校からでも毎年二、三人しか受からない超難関特進クラスか。本当にすごいな」

 昇は改めて感心する。

「俺もまなぶみたいな天才的頭脳が欲しいぜ。吸収ぅっ!」

 亮哉は学の頭を両サイドから強く押さえ付けた。

「あべべべ、二星君、痛いので止めてくれたまえぇぇぇぇ」

 学は首をブンブン振り動かし抵抗する。

「期末では、どれか一教科だけでも勝ってみせるぜ」

 そう宣言し、亮哉は両手を離してあげた。

学のフルネームは大学学だいがく まなぶ。苗字からして賢そうな名前の通り、校内テスト総合得点では入学以来学年トップを取り続けている秀才君である。なぜ公立中学に? と同級生や先生方に不思議がられた回数は多数。坊っちゃん刈り、四角い眼鏡。丸顔。まさに絵に描いたようながり勉くんな風貌だ。身長は四月の身体測定時点で一五五センチと中三男子にしては低く、背の順はクラスの男子十六名いる中で一番前だ。

「学くん、すごいねぇ。英語百点」

 果歩もこの三人の側へぴょこぴょこ歩み寄って来た。

「いっ、いえ。それほどでもぉ……」

 学は俯き加減になり謙遜する。彼も亮哉ほど重症ではないが、物心ついた頃から三次元の女の子を苦手としているのだ。亮哉よりも早く小学四年生頃にはすでに二次元美少女の世界にどっぷり嵌っていた。しかしながら、学がそういったオタク趣味を持っているということは、昇は中学に入学してパソコン部に入部するまで全く気付かなかったのだ。

「今思えば、一年の一学期は楽勝だったなぁ。僕でも四五〇超えれてたから」

「俺もあの時は四〇〇近くは取れてたぜ。テスト範囲三年になってから急に増え過ぎだよな。どの教科も一、二年の時に習った内容まで入れてきやがるし。そんなのもう忘れたって」

「野条君、二星君、高校入試というものは、中学で学習した三年分の内容の全範囲から満遍なく出題されるのだよ。これからは一夜漬けでは通用しなくなるよん」

 残念そうに話し合う昇と亮哉に、学は笑顔で警告する。

事実、昇は、中学に入った頃は学や果歩ほどではないが成績優秀な方だった。一年一学期に行われた新入生テスト・中間・期末の三回とも、総合得点で学年全八クラス二六〇名ほどいるうち、上位二〇位以内には入れていた。

 ところが二学期以降は学年順位がどんどん下がっていき、一年二学期末テストでは五〇番台に。それから約一年後に行われた二年二学期末テストでは、とうとう百位を下回るまでになってしまった。学年末テストではさらに順位を落とし、一二一位に。平均点をわずかに上回る程度だった。成績は昇という名前に反して下降する一方だ。

どうしてこうなってしまったのか? その原因は……もはや説明するまでも無く推測出来るであろう。昇の目指している北高は、普通科に一般入試で挑む場合、学科試験以外に内申点も評価されるため大まかな目安ではあるが、校内テストで常に学年順位上位五〇位以内には入れていないと厳しいらしい。 

「そういや学って、塾には全然通ってないんだよね?」

「うん。ボク、塾なんて生まれてこの方一度も通ったことないよーん」

 昇の質問に、学はさらっと答える。

「えっ! 塾一切行かずになんでそんなに成績良いんだよ?」

 亮哉は驚き顔で尋ねた。

「ボク、幼稚園の頃から進○ゼミや○会などの通信教育で学んでいるのだ」

「そういうことかぁ、納得」

「わたしも塾へは通わずに、小学校の頃から通信教育で勉強してるよ。シールを貯めたら景品が貰えるのが嬉しいよね。すごくやりがいがあったよ」

 果歩が近寄って来て、満足そうに伝える。

「通信教育はじつに素晴らしいものだよ。さらに添削指導もしてくれるしぃ。きみたちも今現在未受講ならやってみないかい?」

「昇くん、あの塾だったら、通信教育で勉強した方が絶対いいよ。精神的に」

「通信教育ねぇ。僕も小学校の頃、ポ○ーと進○ゼミ取ってたっていうか、母さんに取らされてたけど、途中から教材ほったらかしだったよ」

「俺も、俺も。あれはすぐに飽きるし、全く意味無かったぜ。景品も特に欲しいなっていうのが無かったし」

「それは勿体ないよん。有効に活用しなきゃ」

 笑いながら語る昇と亮哉に、学は困惑顔で忠告してあげた。

        ○

「それじゃ、昇くん。またね」

「うん。さようなら」

 帰りのSHR終了解散後、図書部に入っているが今日は活動の無い果歩は、そのまま同じ部活の同性友達と下校する。

昇、亮哉、学の仲良し三人組はパソコン部の部室となっているコンピュータルームへ。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが四〇台ほど設置されてあるのだ。

三人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まるようにして座った。昇が電源ボタンを入れ、彼のパスワードで起動させる。

「さっそくこれ見ようぜ」

亮哉は録画した深夜アニメが焼かれてあるブルーレイを通学鞄から取り出し、投入口に入れて再生した。パソコン部の本来の活動内容はゲームやホームページの製作なのだが、この三人はアニメ鑑賞をして遊んでいることが多いのだ。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。二〇名ほどいる他の部員達もネットゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板を眺めたりして本来の活動内容とは全然違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は少数派なのだ。

「わーお、いきなりヒロインのシャワーシーンですか。湯気が非常に邪魔ですが萌えますね」

 開始十秒で、学の表情が綻ぶ。

「やっぱ女は二次元に限るよな?」

 流れてくる高画質かつ高音質な映像を眺めながら、亮哉はにやけ顔で問いかける。

「その通りだね。三次元にはろくなのがいないよん」

「確かに二次元の女の子はすごくかわいいけど、僕は恋愛対象にまではならないなぁ。髪の色が変だし。あんな水色とか緑とか、ピンクとかオレンジとかあり得ないでしょ」

 昇はキャラクターよりも若干、ストーリー重視なのだ。まだ、この二人ほどは萌え系深夜アニメには熱中していないようである。

「そこには突っ込んでやるなって。のぼるはまだまだ二次元世界初心者だな」

「野条君は、ボクや二星君のようにまではのめり込まない方がいいよーん。もう戻れなくなっちゃうからね」

 学はにこにこ顔で自虐気味に警告した。

「それより僕今、通信教育を、またやってみようかなぁって思ってるんだけど」

「その方がいいんじゃねえ? 烈修館に行かされるんなら」

「ぜひそうしたまえ。小紫さんもおっしゃっていた通り、塾なんかへ行くより、通信教材で勉強した方が絶対効率いいと思うよ。ボクも」

「でも僕、小学校の頃、教材ほったらかしにした前科があるから、母さんに絶対反対されると思う」

「そこはのぼるの説得力が試されるな」

 亮哉は大きく笑う。

「うーむ、そこですねぇ、一番の関門は」

 学はきりっとした表情を浮かべ、メガネを手でつまみながら呟いた。

「通信教育をもし認めてくれたとしても、進○ゼミみたいなごく普通のやつじゃ、続けていく自信は無いなぁ。前の二の舞になりそう。何か僕でも長続きしそうなの、例えば萌え系の中学生向け通信教育とかないものかなぁ? 学、そんなのってある?」

 昇はため息まじりに尋ねてみた。

「ボクは今までにいろいろな通信教育を受講して来たけど、さすがに聞いたことがないですよん。通信教育ではない萌えキャライラスト入りの英語、物理、化学、古文、歴史などの参考書くらいかな。萌え系の教材といえば」

 学はちょっぴり残念そうに伝える。

「そういう系の本屋さんでけっこう見かけるけど、それで勉強するから塾には行かないって母さん説得するのはもっと難しいと思う。やっぱ、塾に行くしかないよなぁ」

 昇は苦笑いした。

「まあ諦めるなって、のぼる。ネットで探してみりゃぁ、ひょっとしたら見つかるかもしれねえぜ」

「……一応、探してみるか」

亮哉の呟きを聞いて、ちょっぴり期待を持った昇はブルーレイの停止ボタンを押し、インターネットエクスプローラを起動させる。ポータルサイトの検索窓に『萌えキャラ』『通信教育』『高校受験』『五教科』と一単語ごとにスペースキーを押して入力し、Enterキーを押した。

「やっぱあるわけないよなぁ」

 昇は苦笑いする。検索結果1~10件目に表示されたのは、目的とは全く異なるサイトへのテキストリンクだった。

「のぼる、11件目以降も見てみろよ」

「もちろんそうする」

 昇は《次へ》をクリックし11件目から20件目を表示させた。

 先ほどと同じく、目的とは全く異なるものであった。

 21件目以降も調べていったが、やはり目的のものは見つからず、最終ページまで辿り着いてしまった。百数十件しか検索されなかったため、あっという間であった。

「まあ、こうなるとは思ってたよ」

 昇は両腕を上に伸ばして一息つく。

「諦めず、根気強く探してみることが大切だとボクは思います」

 学はほんわかとした表情で横からアドバイスする。

「そうだな、ちょっと語を変えてみるか」

 昇は、今度は『萌えキャラ』『高校受験対策』『通信講座』『五教科』『国・数・英・社・理』『二次元美少女』『中学生向け』『アニメ絵』……などと思い付く限りの語を入力して打ち込んで再検索してみた。

「わっ、なんだ、これ?」

すると検索結果1~10件目の1件目にいきなり、【萌える受験対策通信講座】という文字で表示されたテキストリンクが目に飛び込んで来た。

昇は思わずそれをクリックして、そこのホームページを開いてしまった。

「……うわっ」

 昇は切り替わった画面を見て、目を丸める。

 小学生から高校生くらいに見える、五人のかわいらしい女の子達のアニメ風イラストで彩られていたのだ。 

「苦痛な受験勉強が娯楽に変わっちゃう、主要五教科萌える通信教育高校受験対策コース。萌えキャライラスト付き学習教材テキストをキミにお届け。キミの家庭学習を手厚くサポートしてくれる萌えキャラは、当ページに掲載されているこの五人の女の子達。キミの通う中学の先生と同じように、教科毎に違うタイプの女の子がレクチャーしてくれるというわけなのだ。この個性的な五人の美少女講師達といっしょに楽しみながら受験勉強して、キミも楽々第一志望校へ一直線。今からでもじゅうぶん間に合う。3Dにも対応だよ♪」

 説明文を昇がやや早口調で読み上げると、

「うおおおおおっ、あるじゃん! やっぱ探してみるもんだな、のぼる。これ、キャラデザすげえいいぜ。キャラクターデザイン&教材テキスト監修、八文字肇はちもんじ はじめって、かっこいいペンネームだな」

 亮哉は画面に顔をぐぐっと近づけ、興奮気味に叫んだ。

「まさか、こんな通信教育教材も、あったとは……」

 学は目を大きく見開き唖然とする。

「……待てよ、これは作り物の広告ではないか?」

 けれども彼はすぐに冷静になった。

「確かに、胡散臭いよね。しかも、教材費が六月号から来年三月号までの十ヶ月分一括払い、十万八百円って、高過ぎじゃない?」

「飛び出して見える3D萌えキャライラスト付きだし、これくらい普通だろ。塾行くよりも安いぜ」

 昇も慎重に判断するが、亮哉はこう意見してくる。

「でも、どう見ても怪しいよ、この教材。本当に存在するとは思えない」

「ボクもそう思います。存在するならネット上でもっと話題になっているはずですしぃ」

「各キャラのプロフィールは、受講生だけに公開かぁ。すごく気になるけど」

「のぼる、試しにこれ、受講してみろよ」

「うーん……まあ、広告だけ印刷しておくか」

 尚も興奮気味な亮哉に強く勧められ、昇は疑いながらも一応、このホームページ内の教材広告をカラーでプリントアウトしておいた。

「のぼる、URLもとりあえずメモ用紙に控えておいたぜ」

 昇が教室前方にあるプリンターまで出力用紙を取りに行っている最中、亮哉から叫ばれる。

「ありがとう。副教科は、どうしようかな?」

「ボク、副教科の方は受講してないよん。習うことが学校によって、先生によっても大きく変わるからね。教科書に準拠しないケースも多いから」

 悩む昇に、学は淡々とコメントする。

「確かにそうだね。美術と体育なんかほとんど教科書使ってないし。じゃ、主要五教科だけでじゅうぶんか」

 戻って来た昇はこう呟きながら、椅子に腰掛けた。

「野条君が強制入塾されそうになってる烈修館っていう進学塾、昔は体罰ありのスパルタ教育だったけど、今はだいぶマシになってるらしいよ。この塾に通ってる子のツイッターによると。今日はちょうど駅に寄るし、外観だけでも見に行ってみないかい?」

 学は誘ってくる。

「そうだなぁ。一応見ておいた方がいいな。亮哉はどうする?」

「もちろん行くぜ。どんな感じの塾なのか俺もめっちゃ気になるからな」

 亮哉は快く乗ってくれた。

この三人は月に二、三回程度、学校帰りに電車に乗って県庁所在地神戸の中心地、三宮へ遊びに行くことが一年半ほど前からの習慣となっている。主にお目当てのアニメや声優のCD、マニアックな月刊・隔月刊誌が発売される日だ。

 これも部活動の一環なのだと勝手に決め付けている三人は四時半過ぎに学校を出て、最寄りのJR駅近くへやって来た。普段利用する道から一本隔てた通りに、烈修館はあった。三人は興味本位でその建物の側に近寄ってみる。

 四階建てで、東大本郷キャンパス安田講堂を髣髴とさせる赤茶色の煉瓦造り。周囲の建物と比較して威圧感があった。中学受験、高校受験、大学受験全てに対応している、わりと大きめの進学塾で少人数制、習熟度別クラス、熱血指導が謳い文句らしい。

入口横には東大○○名、京大○○名、阪大○○名、灘○○名、東大寺学園○○名、洛南○○名などなど、名門校の合格実績が書かれた看板も目に付く。 

「遅いぞ、こんな基本的な階差数列の問題くらいもっとパッパッパッと解けぇっ!」「なんでコサイン2分のπがマイナス1やねん? 0やろうがっ。お前の頭は豆腐か?」「ぅおーい、なんでこんな簡単な問題間違うねん? おまえこんなんじゃ灘どころか甲陽にも受からへんぞぉっ!」「そこぉ! ぺちゃくちゃおしゃべりするんやったら今すぐ出て行けぇぇぇーっ!」

 建物内からは、こんな講師達の怒声が三人の耳元に飛び込んで来た。

 その声と共にパシーッン! と竹刀で床や机を思いっ切り叩いていると思われる音も。

 教室の窓が開かれていたこともあり、より一層聞こえやすくなっていたのだ。

「のっ、のぼる、まなぶぅ、外からでも、雰囲気が伝わってくるな」

「うん、めちゃくちゃ怖いよ。僕、こんな所に週五も通わされるのか……」

「びっくりしたなぁもう。さすが熱血指導なだけはあるね」

 三人は怯えながらその建物の前を早足で通り過ぎて行く。

 その途中、

「きみら、入塾希望者か? 自由に見学していいぞ。ただし私語は厳禁やっ!」

 おそらくこの塾の講師であろうお方が窓から三人を見下ろして来た。

 切磋琢磨と太い字で書かれたハチマキを締め、ベートーヴェンの肖像画風な険しい表情をしておられた。

「いっ、いえいえ」

「ぼっ、僕、違います」

「ひえええええ。ボク、塾での教育なんかには興味ありませんのでぇぇぇ」

三人は慌てて走り出し、烈修館から二百メートルほど進んだ所にある駅構内へ。切符を買い、改札を抜けてホームへ上がり、ほどなくしてやって来た快速電車に乗り込んだ。

揺られること十数分、三ノ宮駅で降りた三人は人ごみを掻き分け西口を出て、センタープラザへ向かい、お目当てのアニメグッズ専門店に立ち寄った。

 発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。

 彼らと同い年くらいの子達が他にも大勢いた。

「あっ! これ、サ○テレビで今放送中のやつだ。ブルーレイのCM流してる」

 昇は店内設置の小型テレビに目を留めた。

「俺このアニメのブルーレイめっちゃ集めたい。でも三話収録で八千越えじゃ手が出んわー」

「ボク達中学生にとっては高過ぎるよね」

「同意。俺、このフィグマもめっちゃ欲しい。けど二五〇〇円もするんか。やっぱ高いなぁ。これ買ったら今月分の小遣いスッカラカンや」

亮哉は商品の箱を手に取り、全方向からじっくり観察する。

「買おう!」

 約五秒後、魅力にあっさり負け、購入することに決めた。

「亮哉、やるなぁ。僕も欲しいグッズがあるんだ。あのクリアファイル」

「二人とも、衝動買いは程ほどにね。きっと後悔するよん」

 学は忠告しておく。

昇と亮哉は当初買う予定の無かった商品もカゴに詰め、レジに商品を持っていく。

「五七五〇円になります」

 店員さんから申された代金は三人で出し合った。ポイントカードも差し出す。この三人はコミックやラノベ、漫画・アニメ・声優雑誌、アニソンCDなどを買い揃えるため度々このお店を利用する常連客なのだ。

 アニメグッズの詰められたレジ袋を通学カバンに詰め、三人が意気揚々と店から出たその時、

「おまえらなんでここにおるねん! これ何やっ? 娯楽施設寄るなって烈修館の塾規則に書かれとったやろうがぁっ。字ぃ読めんのかっ! こういうくだらん店立ち寄るなって入塾式で言ったこと、覚えてないんかい?」

 出入口から十メートルほど先の通路上で、上背一四〇センチもないであろう小学生っぽい女の子二人組が、三人を見下ろして来た烈修館の講師と同じ字が書かれた鉢巻を締めた、一八〇センチは超えていると思われる四〇歳くらいの、金剛力士像のような厳つい表情をしたおっさんに厳しく叱責されているのを目撃した。

 女の子二人組はしくしくすすり泣きしていた。

「ひぃぃぃぃぃ。今、ボクの目には、あのお方に角が生えてるのが見えました」

「……塾外でも、監視されとったんか。十キロ以上は離れとるのに。あの三次元女達、トラウマ物やな」

「講師も、すごい迫力だね。武道家みたいだ。これは……やばいよ」

 三人はその光景をちらりと見て、慄然とした。

「のぼる、大ピンチだな」

 亮哉は苦笑する。

「僕、帰ったら母さんにしつこく説得してみるよ。なんとしてでも塾行き回避しなくちゃ。あんなアウシュビッツみたいな非人道的な塾入れられたら堪らないよ」

「野条君、頑張って下さいませ。健闘を祈ります」

 学はきりっとした表情でエールを送ってあげた。

       ☆

 夜六時半頃。昇が帰宅しリビングに足を踏み入れるや、

「昇、今日英語のテスト返って来たんでしょ?」

「うっ、うん」

「見せなさいっ!」

 母が厳しい表情で要求している。

「分かったよ」

 昇はしぶしぶ英語の答案用紙をカバンから取り出し、恐る恐るローテーブルの上に置いた。

「……三九点。前より下がっとるやない。何が九三あるよ、位が逆やない」

 母は答案の点数欄を眺め、眉をクイッと曲げたのち、ため息を漏らした。

「まあ、その、平均も……」

「平均は関係ないの。こうなることは予想出来てたわ。果歩ちゃんは何点やったん?」

「……九六点」

 昇は少し間を置いて、躊躇うように伝えた。

「ほらね、出来る子はどんなに問題が難しくなって平均点が低くなっても良い点取るでしょ。果歩ちゃんの点だったら烈修館行き回避出来たのに残念ねぇ。昇、お母さん明日、烈修館に申し込んでくるから」

 母はニカッと微笑みながら告げた。

「まっ、待ってくれ母さん……塾に行くよりもさ……その……通信教育で、いいんじゃ、ないかなぁっと」

 昇は恐る恐る希望を伝えてみる。

「通信教育ってあんた、小学校の頃、ポ○ーと進○ゼミととってあげたけど、全然やらんかったやない。どうせ長続きしないに決まっとるわ」

 予想通りの反応をされた。

「今度は違うんだっ! その、テキストに、美少女キャラが描かれたやつで……これ、なんだけど」

 昇は焦るように早口調で説得し、プリントアウトした例の広告を取り出してローテーブル上に置いた。

「なんよこれ? オタク系アニメの広告やないの」

 またも予想通り、母に厳しい表情で突っ込まれた。

「違うっ! これは、歴とした主要五教科、高校受験対策用の学習教材なんだ! 最近は表紙や中身にかわいい女の子の絵が描かれた学習教材も増えて来てるんだよ」

 昇は母の目を見つめながら強く主張する。

「そうなの?」

 母はきょとんとなった。

「僕がかわいい女の子の絵が描かれたアニメやマンガが大好きなことは母さんよく知ってるだろ。僕、こんなイラスト付きの学習教材なら、絶対やる気になれるから。これ、やらせてくれ、お願い!」

 昇は土下座姿勢になり、懇願する。

「うーん、あんたがそこまで言うんやったら……」

 母が教材広告を苦笑顔で眺めながらこう呟くと、

(よぉし、いいぞ)

昇の口元が緩む。

「お父さんに相談してからね」

 母は続けてこう告げた。

「そんなっ」

 瞬間、昇はがっかりした表情を浮かべた。すぐにOKというわけには行かなかった。


「ただいまー」

 それから二〇分ほど後、昇の父が帰ってくる。彼の職業は私立中高一貫校の理科教師だ。

「野条先生、昇がね、塾じゃなくて通信教育で勉強したいって言うのよ」

 母はキッチンへやって来た夫に、やや困惑顔で伝えた。

野条先生:昇の母が夫を呼ぶ時は、職業柄からかいつもこう呼んでいるのだ。

「そっか。まあ、塾に行けば成績が上がるという保証はないからね。しかも烈修館だろ。そこって相当厳しい塾らしいし、昇みたいな気弱な子じゃ、やっていけないんじゃないか?」

「そう思うだろ? 僕がやりたい通信教育は、こういうやつなんだ」

 昇は例の広告を父にも見せた。

「……なんか、かわいらしい絵が付いているんだな。うちの生徒にも、こういう感じのイラストが書かれた英単語帳を持ってた子がいたような……」

 父はそれを手に取ると、ぽかんとした表情を浮かべる。

「最近の中高生向け学習教材はこういう感じのやつが増えて来てるんだ。教師やってる父さんなら分かるだろ?」

 昇は父の目を見つめながら問いかけた。

「ああ、見たことはあるから。来年三月までの十ヶ月分一括払い、十万八百円か……塾に行って成績が上がらなかった損失と、通信教材を利用して上がらなかった損失とを考慮すると……通信教材の方がいいかもな」

 父はほんわかとした表情で意見する。

「野条先生……」

 母は困惑した。彼女は当然、昇を塾へ行かせたいと思っているからだ。

「やったぁっ!」

 昇は嬉しさのあまり、ガッツポーズを取った。

「でも昇、もし期末テストで四〇〇いかなかったら、今度こそ烈修館に行ってもらうわよ」

「分かったよ、母さん」

「野条先生も、それでいいですね?」

「……うん」

 父は気弱に返事する。

野条家は、かかあ天下なのだ。けれどもノートパソコンは父の部屋に一台だけ所有されてある。昇はそのパソコンを利用して例のホームページを開いた。スクロールバーを下に移動させると応募フォームが現れる。昇は※で表示された郵便番号・住所・メールアドレス、氏名・電話番号・学年・年齢・第一志望校・希望の講座、得意教科と苦手教科という必須項目を全て入力し、送信ボタンを押した。

それからすぐに、入力したメールアドレス宛に自動返信メールが送られて来る。その本文中にお礼のお言葉と、振込口座番号と支払い期日が記されてあった。


「亮哉、うまく説得出来たよ」

『おう、そりゃよかったな』

 夕食後、昇は自室に戻るとさっそく携帯電話で亮哉に報告した。

『おめでとうございます。ボクとしてもすこぶる嬉しい限りです』

続いて学に、

『やったね昇くん、烈修館に行かされずにとりあえずは済んで』

 そして果歩にも部活中からの経緯を伝えておいた。


翌日金曜日、父が銀行にて教材代金を入金し、支払い完了。

あとは商品が届くのを待つだけとなった。


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