第三章 知己朋友もいいもんだ。
結局。燃代に衝突事故の真実を説明するのに30分もかかってしまった。
そのおかげか燃代の俺への好感度がある程度回復したようだった。良かった。
「やー、ゴメンね。勘違いしてたみたいだね。小長井君がミッちゃんの胸を揉む訳ないよね。」
「アハハハ、そうに決まってるだろ」
お互いに笑い合い美しい仲直り。イイハナシダナー。後ろの方で深暗沢の舌打ちが聞こえたような気がするが気のせいだろう。
さて、この辺りで皆の中には、さっさと特殊委員会の説明しろよ、とか思ってる人がいるかもしれない。
安心してくれ、俺もそうだ。
俺は滝浪先生だと話が進まなかったので、燃代に聞いてみる。
「ところで、燃代。ここは一体何をする委員会なんだ?」
「知りたいの?」
「当たり前だろ、一応俺もはいるんだから」
「では、第一回この委員会は何をするでしょうクイーズ!」
は? クイズ? 何言ってんだこの女?
と言う顔をしていたのが伝わったのかは知らんが、燃代は説明を始めた。
「このクイズはその名の通りこの委員会が何をしているのか当てるの! 賞金は何とないけれど、小長井君なら当てられるさ!」
うわっ、面倒臭っ。
いやちょっと待てよ、なんかのラノベだか漫画だかで見た気がする。たぶんこういうのは………
「分かった。どうせ生徒の悩みを解決しよう的なアレだろ? 最近流行だもんな」
スケッ○団とか奉○部みたいな。
「残念ハズレ~」
嬉しそうにはにかみながら不正解を通達する燃代。
あっ、ちょっと可愛いなその仕草。
「正解はミッちゃんのお世話をする委員会だよ」
「ミッチャンノオセワ? 何それ?」
俺は聞き慣れない単語の意味を燃代に聞いた。何語だろうか?
だからぁ、と燃代は再び正解を口にする。
「ここにいる深暗沢冬華ちゃんの身の回りのお世話をするための委員会なんだよ」
燃代は教室の後ろにいる長い黒髪を青いリボンで一つに結び、前髪を鼻の頭まで伸ばした、つつましい胸の少女
、深暗沢を指差して言った。
「お世話? こいつの?」
意味わかんねー。何こいつお嬢様なの? 借金執事に恋してる金髪ツインテお嬢様なの? 何のごとくなの?
「つまりだ、小長井」
滝浪先生が会話に割り込んでくる。
「深暗沢は心身に深い闇を負っていて、小さな箱庭に自らの体を閉じ込め意志を持ち行動することすらやめてしまった哀れな仔羊なのだ」
「えっと端的に言うと?」
「引きこもりだ」
「駄目人間じゃねーかっ!」
俺を変態扱いしてきた女の子は引きこもりでした。てへっ。じゃねぇ。
俺の発言にイラついたのか、ムスッとした表情で深暗沢は口を尖らせる。
「何が駄目なのかしら。私はしたい事としたくない事をはっきり区別しているだけよ。ただ、したくない事が少し多いだけで」
「その発想がすでに駄目だろ……」
そろそろ俺の明晰なる脳も混乱し始めてきたのでいったん整理しよう。
引きこもりで何もしない深暗沢。
その深暗沢をお世話する燃代。
お世話するための特殊委員会。
そこに強制的に入れられる俺。
明らかに疑問点だらけだが、とりあえず大きな幾つかの疑問を解決していくべきだろう。
「あのさ、燃代」
「何かな? 小長井君」
「何でお前、深暗沢の世話なんかしてるの?」
「友達を助けるのに理由なんて要るのかな?」
にこっ!
くっ! 眩しい。小学校の道徳の教科書並みに正し過ぎる笑顔が眩しい。
次だ次っ、次の質問行こう。
「じゃあ、何で委員会なんて作ったんだ?」
「ミッちゃん動きたくないって言うから、教室つくってそこにいて貰えば毎日登下校しなくて済むと思って」
「お世話っていうかそれ過保護っ!」
「違うよ、愛と友情だよ!」
スペクタクルな理論で友達専用の教室を作ってしまうとは、燃代のやつ友情が熱すぎてその友達に全身火傷を負わせているレベル。
「じゃあ、滝浪先生に質問なんですがいいですか?」
「ん? 何だ、いってみろ」
「どうして、俺をこんな委員会に入れるんでしょうか?」
これが俺がもっとも聞きたい質問でもっとも困ってている疑問である。
変人がいるのは仕方ないとしても俺まで巻き込まないでほしいもんだ。
「私はな、小長井。生徒の快適な学校生活は生徒が自主的に手に入れるものだと思っているんだ。」
「は、はぁ」
何だいきなり、ご高説でもするつもりだろうか。
「だからな、やらなさすぎる深暗沢とやりすぎる燃代のバランスをとって問題が起きないようにするのも生徒の役だと思うんだ。分かるな?」
つまり、問題が起きないようにしたいけど自分でやるのがめんどくさいから、俺に任せようって事か。ふざけるな! 俺はお前の奴隷じゃねぇ!
───とは言えず、
なし崩し的に入会させられる俺。入会っていうと詐欺っぽいなって思ったけど、これ詐欺みたいなもんだったな。
「じゃあ、改めて自己紹介しないといけないね」
「本当は変態に名前など教えたくないのだけれど、燃代さんがそう言うなら断腸の思いでするわ」
「俺もお前みたいな社会不適合者には教えてほしくないな」
「おお! ミッちゃんも小長井君も元気いっぱいだね!」
ダメだ。こいつらとまともに会話が成り立たん。
深暗沢は自分のことを棚に上げて人を変態扱いするし、燃代はスーパーポジティブシンキングで見ている世界が違うようだ。
「まずアタシから。アタシは特殊委員会委員長の燃代千夏。2年B組出席番号31、好きな言葉は友情・努力・勝利だよ!」
「少年漫画の主人公みたいな自己紹介だな」
最近はジャ○プですら見かけなくなった熱血ヒーローの姿がそこにあった。悪いな、そう言うのは三年前ぐらいに卒業したんだ。
自分の番が終わった熱血ヒーローは隣にいる黒髪の引きこもりを促す。引きこもりは嫌そうな顔をしながらも口を開く。
「私は深暗沢冬華。以上」
「短っ!?」
「何か、文句あるのかしら?」
名前以外の自己を全く紹介していない自己紹介だな。燃代とまでは行かないにしろ、せめてクラスぐらいは教えてくれてもいいだろう。
そんな俺の気持ちなど少しも考えなていないように、深暗沢は机に寄りかかるような体勢をしたまま呟いた。
「はぁ………、流石に今日は喋りすぎたわ。疲れた。あとはよろしく燃代さん」
「了解! 任せてミッちゃん」
喋りすぎたって、殆ど俺への罵倒しか言ってないだろコイツ。後、燃代は何を任されたんだろうか? 謎だ。
暫く黙って俺たちのやりとりを見ていた滝浪先生は見計らったかのように、眼鏡の奥から鋭い眼光をのぞかせる。
「それでは、私はそろそろ帰るが仲良くやれよ、小長井。期待しているぞ」
「わ、分からないことを期待されても困るんですけど……」
まぁその内分かるさ、と笑うと教室から出ていく滝浪先生。
まったく、俺にどうしろと言うんだあの眼鏡は。俺が居たって何にもなんないだろうに。
俺は居ても居なくても同じ、むしろ居ない方が良いぐらいだ。………自分で言ってて悲しくなってきたな。うぅぅ。
ドアのなくなった教室から滝浪先生が姿を消すと、少しの間の沈黙が訪れた。ヤバい、気まずい。
「えと、こ、小長井君っ!!」
「な、何だ、燃代?」
居心地の悪い静寂を破ったのは燃代の呼び声。俺は噛みそうになるのを必死に押さえてなるべく普通に答える。
「次は小長井君の番だよ。自己紹介」
「ああ、そうだな」
自己紹介と言うのはやっかいな制度だと思う。何故ならば、学生である我々にとって自己紹介は嫌でもついて回る。
中途半端な俺は中途半端な自己を中途半端に紹介しか出来ないので、結果的に中途半端な空気を生んでしまう。
そして、その後の学園生活において、「あいつ微妙な空気の奴ー」みたいな目で見られるのだ。
本当あいつ等何なんだろうな? 人を、嫌いじゃないけどあんま仲良くなりたくないな、みたいな視線送るの上手すぎじゃね? 俺が人生何度やり直したいと思ったことか。
「えっと、俺は小長井露大。好きな人はちゃんと話を聞く人。嫌いな人は人の嫌みしか言わない社会不適合者」
「それは誰のことを言ってるのかしら? ってミッちゃんが言ってる」
俺をキッと睨んでいる深暗沢の心情を読みとった燃代が俺に教えてくれる。っていうか何で分かるんだ!? 超能力者かよ、燃代さん。閉鎖空間でも行けんのか?
「てゆーか、露大って言うんだね、下の名前。アタシ知らなかったー」
同じクラスの人にまともに名前覚えられてないなんて俺知らなかったー。
「まぁ、お前とはあんま話したことないもんな」
「そうだね。席近いのにね」
「俺もお前のことそんな知らなかったからな」
特に性格とか腕力とか。
その時、視界に俺との雑談を始めていた燃代の制服の端をチョンとつつく深暗沢が映った。
仕草だけみると可愛いな。全身のやる気ないオーラがなければだけど。
そして深暗沢と燃代の無言の超能力コミュニケーションタイムが数秒行われた。
「小長井なのに露大とか大きいのか小さいのか分からないわ、中途半端な名前ね、だって」
いきなり名前をバカにされた。
しかも燃代の口から。深暗沢さん、悪口ぐらい自分で言おうよ。
「ほっとけ、俺が中途半端なのは生まれつきだ」
「生まれつき中途半端なんてどんなに残念な人生を送ってるのかしらね。可哀想に、だって」
と、全く可哀想に思ってない笑顔で燃代に言わせる深暗沢。すると燃代も深暗沢に同意したように頷きながら笑う。
「アタシも気になるな~。アタシ中途半端ってよくわかんなくて」
そうだろうな、お前は。中途半端どこらか、適当も適度も分からんだろ。
「そうだな。じゃあ俺の中途半端エピソードを聞かせてやろう」
俺は椅子から立ち上がり話を始める。深暗沢は興味なさそうに、燃代は瞳をキラキラさせて俺の話を聞く体制に入った。
「そう、アレは俺が小学生の頃だったな───」
小学5年生と言うのは、誠に中途半端な年頃だと俺は思う。
子供扱いされる事に反感を覚え始めるが、子供らしい純粋な心も捨て切れていないから。
その日、俺は放課後まで学校に残ってクラスメイトと遊んでいた。彼らはずっと同じクラスで俺は友達だと思っていた。
そして、日も暮れそろそろ帰ろうと言いだしたとき、一人の少年がこう提案した。
「今から俺んちで遊ばねえ?」
───と。皆、それに賛成し少年の家に移動し始める。俺もそれに続こうとする。しかしその時、提案した少年がこんなことを俺にを言いやがった。
「あっ、君も来るの?」
「えっ?」
「あぁ何でもない。皆、一人増えるけどいいよな。あのクラス同じの何とか君」
覚えられてなかった。しかもさり気に俺は来ないことにされてた。
いっそ断ってくれればいいのに、中途半端に優しくされると困る。
っていうか俺の友達じゃなかったんだな、杉山君…。
その後杉山君は俺と友達になってくれた(と俺は思っている)。
「まぁ、最後まで名前覚えてくれなかったけどな」
「うぅ~可哀想すぎるよ、小長井君」
燃代が俺を憐れみの目で見てくる。止めろ、止めろ、止めてくれ。そんな目で見られると虚しくなるだろ!
「アタシはもう小長井君の友達だからね。絶対、裏切ったりしません!」
「いや、そんな宣言されても…ってうぉ!?」
ガシッ!
と、腕をつかむと、ぶんぶんと音がするくらいに振り回す。
痛い痛い痛い痛い痛い。腕が教室の入り口に散らばっている元ドアの破片と同じ運命を辿ろうとしている。
「ふっ。くだらないわね」
深暗沢が俺の方に嘲笑しながら軽蔑の視線をくれる。
「何だよ。俺の中途半端エピソードに何か文句あるのか?」
「えぇ、そうよ。その程度で不幸そうな顔しないで欲しいわ」
「何だと?」
深暗沢は俺の反応を楽しむように眺めた後、十分、間を溜めてから言った。
「私なんて、小学生の頃にクラスメイトと話をするほど学校に通ってないもの」
「それただお前が悪いだけだろが!」
小学生の頃から引きこもりかよ、この人。
すると、暫く深暗沢の方を見て黙っていた燃代がポツリと呟いた。
「ミッちゃんがこんなに喋ってるなんて………」
「ん?」
うまく聞き取れなかった俺は燃代に聞き直す。
「凄いよ! ミッちゃん! 1日の会話量が最高記録を更新だよ!」
「あら、そう。それは嬉しいわ」
────最高記録? 会話量?
何言ってんだコイツ等? いや、言ってる言葉の意味は分かる。ただ、今までの深暗沢の会話の回数を考えると、普段の生活がどれくらいヤバいものか想像できてしまうのが怖い。
まるで、世紀の大実験の成功を目撃したかのように喜んでる2人をよそに俺は一人、戦慄した。
これから、こんな奴らと一緒にいるのかよ………。世の中ってのは何が起こるか分からないから面白いという人がいるが、それは間違いだろ。
世の中は何が起こるか分からないから怖いんだよ。