Logic
軽いグロ描写あります。
「・・・、ついにこれも達成か・・・。 まったく、人間というのはどこまでのぼせ上がれば気がすむのだろうね・・・」
宙に浮いているモニターのようなものを眺めながら、その女性(?)は呟いた。
彼女・・・というのは少し語弊があるかもしれないが、とにかくそれはただ暗さだけがある空間の中にいた。
「とりあえず・・・、少しだけこの世界を見守ってみることにするか・・・」
彼女は少し悲しげにそう呟いた。
なぜなら、少しばかりそれに希望をかけていたから。
それは、今までで最高の出来だったから。
しかし・・・。
「結局は壊れてしまうんだよなぁ・・・」
彼女は残念そうに呟いた。
周りの空間はただ、循環することだけしか知らないように廻りつづける。
それは、なにか悪いものをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような酷い臭いがした。
しかし、彼女はそのままそこに居続ける。
「・・・今回は何がいけなかったのかね・・・」
彼女は頭をかいた。
彼女は人間に限りなく近い何かで、だからこそ人間の精神なども理解できていた。
だから、すぐにわかった。
「あぁ・・・、わかった」
彼女は悔しそうに顔を歪めた。
「結局は―――、また私が」
涙はこぼれなかった。
「―――、 」
空間が混ざり合う音にかき消されて、最後のことばは聞こえなかった。
聞こえなくて、よかった。
・・・。
・・・? 今気づいたけどこれって変じゃないか?
僕は誰でここはどこでどうしてこんなところにいるんだろう?
へんじは、なかった。
―――――――――――――――――――――
「―――、おきなさい!」
誰かに体をゆすられた。
「・・・?」
急に起こされたので意識がはっきりとしない。
「・・・、誰?」
と言ってみてからやっと頭が働いてきた。スロースターターにもほどがある。
「・・・姉さんか。 おはよう、いい朝だね」
そういってにっこりと微笑んだ。 笑顔は得意なんだ。
「うっ・・・」
すると、なぜか姉は顔を引きつらせて。
「・・・朝ごはんのしたくが出来たから降りてきなさい。」
と下に降りていってしまった。
どうしたのだろう・・・?
俺が首を傾げていると。
「・・・まったく。 涼子は甘すぎる。 たまには厳しくしかってみせないと・・・」
俺のとなりで黒猫が背伸びをした。 俺が寝坊したせいで体がしびれてしまったらしい。
なら、俺のベッドにはいってこなければいいのに、と思ったけどそれは口にしない。
「お前は早起きだなー、クロ」
俺はそいつの名前を読んだ。 俺の飼い猫だ。
そいつはそれに答えず。
「しかし・・・、喋れることと二本足で立てることは非常に便利なのだが・・・、この首輪は重過ぎるな・・・」
ひたすら、首輪の重さを気にしていた。 その首輪は人間がつくったものだった。
猫にも人間のように過ごす権利があるのでは?
そう考えた人間たちがあつまって、開発したものだった。
今では完全に家庭に普及している。
「文句をいうなよなー、それ開発したの人間なんだぞー?」
と俺は軽く笑ってみせた。
「・・・ふん、まぁいい。 とりあえず、早く朝ごはんを食べにいくぞ」
クロはそれに鼻を鳴らして答えた。
俺はそれに手をあげて答えて、ベッドから立ち上がった。
――――――――――――――――――
階段を下りると、そこには既に家族全員があつまっていた。
「お前はあいかわらず起きるのが遅いな。こういう日ぐらいちゃんと起きんか」
祖父がかるく声を荒げて俺をしかった。
「ごめんごめん、ちょっと昨日本を読んでておそくなってさ」
俺はそれにまた、笑いながら答える。
「ちょっと。大丈夫なの? 今日は本当に大事な日なのよ?」
母親が本気で俺をしかってみせる。 そうはいわれても眠たかったのだし仕方ないと思うのだが・・・。
「わかってるって。今日が本当に大切な日だってことも理解してるよ」
そう、今日は本当に大切な日なのだ。
「いやしかし・・・」
そのとき親父が軽く呟いた。
「今日は本当にいい天気だなぁ・・・」
昼時の空はうだるような暑さを絡ませ、太陽は俺たちをさんさんと照らさんばかりに輝いていた。
そう・・・。
「ついに【死】ぬときも自分で決められる時代がきたのか・・・」
人間は全ての権利を模索し、叶えてきた。
そして、最終的にたどりついたのがそう。
死、であった。
――――――――――――――――――
「―――では、この書類にサインを」
太陽がちょうど真上にいるぐらいの時間にそれは来た。
人間が少しでも働かないでいいようにと、開発されたロボットがそれを届けにきたのである。
「はい」
俺は彼(?)が差し出した書類にサインを書くそぶりを見せた。
すると、かってに文字が書き込まれていった。
原理はわからないが、それも人間が開発したものだという。
まぁ、そんなことはどうでもいいので、俺は居間に向かった。
「・・・ついにこのときがきたか・・・」
俺らは家族全員あつまって、机を囲んでいた。
それはスイッチだった。
手の甲の部分にとりつける、スイッチ。
それが本当に望まれ押されたときのみ、人間は死ぬのだという。
「はっはっは、これでわしも、後何年生きられるかと数える必要がなくなったわい・・・」
祖父が本当にうれしそうにそれを眺めた。 年老いてからの一年と若者の一年は天と地ほどの差があるという。
それだけ、彼にとってはこれがうれしい発明だったのであろう。
「これでみんなが幸せで、望みどおりの死を迎えることができるのね・・・」
母親の口ぶりにも感激の色合いが混じっていた。看護婦である彼女にはこれはどうみえているのだろうか・・・。
「まぁ、とりあえずつけてみようか」
俺がそういうと、家族全員いっせいにそれをとって、
自分の手の甲に貼り付けた。
その裏側はやけにひんやりとしていて
夏の暑さから、そこだけが浮いていた。
――――――――――――――――――
スイッチを取り付けた後、日本だけで約三十万人の人が死んだらしい。
まぁ、それも当然のことだ。
すべての人間には、自由である権利があるのだから。
「・・・、何を考えている?」
隣を歩く黒猫がそう問いかけた。
彼の毛皮は黒いので、熱を吸収して大変あつそうだった。
今度丸刈りにしてやろうと、俺は心に決めた。
「別に〜、ただ、これで本当に自由になったんだなぁーってさ」
しかし、それを口にだすわけにはいかないので、俺はただ単純に質問に対する答えを言った。
「・・・ふん」
しかし、クロは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
というより
失望しているように見えた。
「・・・? どうしたんだ?」
俺は訊いた。
黒猫は、答えようとしなかった。
それが最後の平穏だった。
そこで一旦、俺の意識は途切れた。
・・・・・・・
――――――――――――――――――
夢を見ていた。
そこは、今のように便利な世界ではなかった。
食事も自分でつくらないといけなかった。
掃除も自分でしないといけなかった。
死を操ることなんてできるはずがなかった。
それでも、人は笑っていますか?
それでも、人は立っていることができていますか?
答えは【はい】? 【いいえ】?
いいえ、答えは です。
その世界には色がついていた。
それは単純な色彩で彩られていた。
その世界は、猫さえ喋ることができなかった。
―――――――――――――――
「――――――、ぐぅ・・・」
俺は目を覚ました。 いや、呼び覚まされた。
なぜなら、周りの風景がさっきまでとぜんぜん違ったからだ。
まさに地獄絵図であった。
「―――、たすけて!たすけてぇ!!」
「やめてくれ、お願いだ! 畜生ッ、助けてくれぇええええ!!」
辺りは焦土と化していた。
体を炎で包んだ、人だったものがそこに転げた。
彼はまだ生きていた。 なぜならスイッチがあるから。
しかし、それはヒトですか?
しかし、それはまだ【彼】ですか?
答えは簡単。
です。
俺は急いで周りを見渡した。
遠くに巨人のようなモノが見えた。 それには腕が5本生えていた。
それより少し近くに、ハエのようなモノがいた。 それは、動けない人間を食い散らかしていた。
そして・・・、俺の周りには蛇が沸いていた。
やつらは、体中に火をまとっていた。
そして、かなり数が多かった。
「なんだってんだ!? ・・・、いったい何が起こった!?」
果敢に立ち向かっていくものもいた。 それらのだいたいが体を炭にしていた。
俺はというと、あまりの非現実さに頭がついていってなかった。
人間は自分の頭の許容量を超えた出来事が起こると、考えるのをやめてしまう、という話をきいたことがある。
それは本当だったのである。
実際。
「―――ほら! 何をしているの!! 早く逃げなさい!!」
近くにいた女性に声をかけられなかったら、俺はいつまでも動けなかったはずだ。
俺はそれでやっと本当の意味で覚醒した。
そのときには
俺に声をかけてくれた女性は火をまとっていた。
「・・・・・・」
どの死体にも言えることだが、スイッチだけは残っていた。
つまり、彼女はまだ生きているのである。
「たすけてぇたすけてぇ」
その証拠に彼女はまだ口をきけた。
「・・・・・・」
俺はそこから走って逃げた。
スイッチは押せなかった。
―――――――――――――――
俺は家の方向に走った。
クロの姿がみあたらなかったが、それを気にしている暇はなかった。
道中でたくさんの人間をみた。
ひとりは、足が綺麗に二分割されていた。
ひとりは、首と体が切り離され、口のきける頭が苦しみの叫びを垂れ流していた。
ひとりは、ハエに食い散らかされミンチになっていた。
ひとりは、巨人に踏み潰され、原型をとどめていなかった。
―――彼らはそれでも ですか?
彼らは結局 だったのですか?
いいえ、答えは です。
酷い臭いがした。
何かをぐちゃぐちゃに混ぜて、そのままにしておいたときのようなにおいだった。
人間の の臭いだった。
人間の肉片のニオイだった。
しかし、スイッチだけは不気味にぬめった光を映していた。
足元からぐちょぐちょと音がした。
人間を混ぜ返す音だった。
人間をむせ返らせる音だった。
空はひたすらに蒼かった。
―――――――――――――――
意識して周りを見ることができなかった。
ひたすら走っていると家が見えた。
「やった・・・!!」
それははじめての歓喜だった。
こうなってから、はじめての歓喜だった。
しかし。
昔から、喜びと悲しみは表裏一体と言われる。
そのとき見た光景が、人生で一番の絶望だった。
―――――――――――――――
―――こうなっても私はいk うなsy\・
とlk いrだfぁえdふぁdふぁ
たす く 。
これでm わたsh 人間d ?
―――――――――――――――――――――
俺がひたすら無事を祈っていた家族たちはそこにいた。
おおよそ、無事と呼ぶには程遠い、変わり果てた姿で。
俺の家には今までにみたものとは別の化け物がいた。
その体は細長かった。
口は3つあり、それらのすべてから触手が生えていた。
その触手は、人間の血肉を好むらしい。
それは、チョコレートの色だった。
乾いた血の色だった。
それをつつむ赤黒い塊は
溶けたチョコレートのそれだった。
「――――――! ――――――――――――!!!」
母親がいた。 彼女は鼻から上と、スイッチしか残っていなかった。
その目は必死に苦しみを訴えていた。叫ぼうにも、口がなくては叫べなかった。
その叫びは体内で反響し、さらに痛みを増幅させているようであった。
触手は、肉をえぐり脳をすすっていた。触手は喜んでいるように見えた。
俺は動けなかった。
右を見ると父親がいた。
彼は顔だけがなかった。
首にあいた穴から触手が体内に進入しようとしているところだった。
残った腕や足も、脳がないので動くことはできなかった。
しかし、スイッチはあった。
彼はまだ、生きている。
祖父の体はなかった。 スイッチだけがあった。
彼はまだ生きているのであった。
しかし、今までのヒトのどれにもいえることだが
彼らは平等に苦しんでいた。
肉塊は、いまだに人間であった。
―――くるしいよぉくるしいよぉ
聞こえてるけど聞こえないフリをしていた。
俺の目は、乾いてしまっていた。
「ニャーゴ・・・」
いつの間にか、俺のとなりにはクロがいた。
彼は、肉塊を見下していた。
「フニャァー・・・」
彼は、首輪をつけていた。
それでは・・・。
彼はなぜ、なあと鳴くのだろうか。
「・・・・・」
目が合った。
――――――――――――――――――――――――
もし・・・
もし、目の前に生死を選択できるスイッチがあったとします。
そして、目の前には苦しんでいる人たちはいます。
大変、痛がっています。
助けないといけませんね。
では・・・、ここで訊いてみましょうか・・・。
あなたの・・・、選択が
あなたの大切なヒトを殺してしまうとして。
あなたは本当にそのスイッチを押せますか?
俺は答えられなかった。
――――――――――――――――――――――――
もし、何不自由なく裕福な暮らしをしていた王様がいたとします。
彼の権利は全てが認められています。
そして、それに虐げられる庶民がいたとします。
彼にはたくさんの友と家族がいました。
さて・・・。
彼らはどちらが自由ですか?
彼らは本当に自由ですか?
答えは簡単。
“わからない”です。
黒猫は最後に一度だけ
その湿った瞳を瞬いた。