第1章 「黙殺」 第5話 佐久間亮介
渋谷区の雑居ビル。三階の一室の前で、秋月・刀根・魚沼の三人は立ち止まった。ドアには小さな表札が貼られている。
〈Sakuma Editing Studio〉
「……スタジオって言うほどの部屋じゃねぇだろ、これ」刀根が小声でつぶやく。
「刀根さん、声が大きいです。聞こえます」魚沼が即座に注意する。
「お前の“聞こえます”って言い方、地味に刺さるんだよな……」
秋月がインターホンを押した。
……反応なし。
もう一度押す。
……沈黙。
「留守ですかね?」秋月が首をかしげる。
「いや、いる。気配がある」刀根がドアを指差す。「ほら、足音」
確かに、部屋の奥で何かが動く音がした。
「佐久間亮介さん。警察です。お話を伺いたいだけです」秋月が優しく声をかける。
しばらくの沈黙のあと──
「……帰ってください」
ドア越しに、弱々しい声が返ってきた。
「帰れねぇよ」刀根が即答する。
「刀根さん、優しくしてください」秋月が小声で注意する。
「優しくしてるだろ!」
「してません」
「……してないか」
秋月が再び声をかける。
「佐久間さん。あなたが編集した動画について、少しだけ確認したいんです」
「俺じゃない……俺は関係ない……!」
声が震えている。
秋月が刀根と目を合わせた。
「これ、逃げるタイプですね」
「宮本班長の言った通りだな」
その瞬間、部屋の奥で“ガタッ”と大きな音がした。
「逃げる気だ!」刀根が叫ぶ。
「裏口ありますか?」秋月。
「あります。非常階段が」魚沼。
三人は同時に走り出した。
ビルの裏手に回ると、非常階段を駆け下りる男の姿が見えた。
「佐久間亮介!」刀根が叫ぶ。
「来るなぁぁぁぁ!!」
佐久間は全力で逃げる。しかし秋刀魚三人は足が速い。
「刀根さん、右から回り込んで!」秋月が指示を飛ばす。
「任せろ!」
「魚沼さん、左から!」
「了解」
佐久間は袋小路に追い込まれた。
「……終わった……」佐久間が膝をつく。
「いや、終わってませんよ」秋月が息を整えながら近づく。「話を聞かせてください」
「俺は……俺は悪くない……!」
「誰も悪いなんて言ってません」秋月が優しく言う。
「言ってるだろ! 動画のせいで……俺は……!」
「動画のせいで?」刀根が眉をひそめる。
佐久間は震える声で言った。
「宮田さん……俺に連絡してきたんだよ……
“動画を消せ”って……
“全部なかったことにしてくれ”って……」
「宮田本人が?」秋月が確認する。
「そうだよ……!
でも俺は断った……!
そしたら……そしたら……!」
「そしたら?」刀根が身を乗り出す。
「“誰かに見張られてる”って言い出して……
“俺を殺す気だ”って……
“助けてくれ”って……!」
秋月と刀根が顔を見合わせる。
「宮田は、誰に怯えていたんですか?」秋月が静かに尋ねる。
佐久間は唇を噛んだ。
「……言えない」
「言えない?」刀根が声を荒げる。
「言ったら……俺も殺される……!」
その言葉に、三人は一瞬だけ沈黙した。
だが、秋月がすぐに空気を変える。
「佐久間さん。大丈夫です。僕たちが守ります」
「守れるわけないだろ……!
あいつらは……!」
「“あいつら”?」刀根が食い気味に聞く。
佐久間は震える指で、ゆっくりとビルの向こうを指差した。
「……宮田工業の“元役員”たちだよ……
あいつらが……全部仕切ってる……!」
秋月の目が鋭くなる。
「元役員……?」
「そうだよ……!
宮田さんが倒産させたあと、裏で金を動かして……
“復讐チャンネル”を作ったのも、あいつらだ……!」
「復讐……?」刀根がつぶやく。
「宮田を追い詰めるために……!
俺は編集を頼まれただけだ……!
金が必要だったから……!」
秋月は深く息を吸った。
「佐久間さん。
あなた、命を狙われてますね」
「わかってるよ!!」
「じゃあ──署に来てください。
保護します。
あなたの証言が、事件を動かします」
佐久間はしばらく黙っていたが、やがて力なく頷いた。
「……わかった……行く……」
その瞬間、ビルの屋上で“カンッ”と金属音が響いた。
三人が同時に顔を上げる。
屋上の縁に、黒い影が立っていた。
こちらを見下ろしている。
「……誰だ?」刀根がつぶやく。
影は答えず、ゆっくりと姿を消した。
秋月が小さく息を呑む。
「……見張られてるのは、佐久間さんだけじゃないかもしれませんね」
事件は、確実に動き始めていた。
そしてその影は、思っていたよりもずっと近くにいた。




