第1章 「黙殺」 第3話 暴露チャンネル
午後一時。強行犯係の部屋に戻ると、秋月はすぐにパソコンを立ち上げた。
高倉が言っていた“暴露チャンネル”を確認するためだ。
「刀根さん、魚沼さん。例の動画、見ますよ」
「おう。昼飯食ったばっかだけど、胸焼けしそうだな……」
「私は食べてません」
「いや、そこは食べとけよ……」
そんなやり取りをしながら、秋月が動画を再生した。
画面には、作業着姿の中年男性が映っていた。顔はモザイク、声は加工されている。
『宮田工業の実態を話します。あの会社は──』
男の声は淡々としているが、言葉には怒りが滲んでいた。
『残業代は出ない。休日出勤は当たり前。社長は気に入らない社員を皆の前で怒鳴りつける。
“辞めたきゃ辞めろ。代わりはいくらでもいる”が口癖でした』
「……うわぁ」刀根が眉をひそめる。
『私は十年働きましたが、最後の一年は地獄でした。
倒産したとき、正直ほっとしましたよ』
動画はそこで終わった。
「……まあ、予想通りですね」秋月がつぶやく。
「予想通りだけど、こうして動画で見ると破壊力あるな」刀根が腕を組む。
「この人、宮田に恨みがあるのは確かですね」魚沼が言う。
「でも、恨みがある人は他にも山ほどいる」秋月が続ける。
「そうなんだよなぁ……全員怪しく見えるのが逆に困る」
秋月は次の動画をクリックした。
今度は若い女性。こちらも顔は隠されている。
『私は事務をしていました。宮田社長は……とにかく気分屋でした。
機嫌が悪い日は、誰にでも当たり散らす。
“お前のせいで会社が潰れるんだ”って言われたこともあります』
「……これはキツいな」刀根がつぶやく。
『でも、倒産後の宮田さんは……なんか、変わってました。
近所で見かけても、ぼーっとしてて。
誰かに怯えてるようにも見えました』
「怯えてる?」秋月が反応する。
「誰に?」刀根が身を乗り出す。
しかし動画はそこで終わった。
「……肝心なところで切るなよ!」刀根が叫ぶ。
「編集してるんでしょうね。意図的に」秋月が言う。
「意図的って……誰の意図だよ」
「それを探すのが、僕たちの仕事です」
魚沼が静かに口を開いた。
「宮田は“誰かに怯えていた”。
その“誰か”が、宮田を工場に呼び出した可能性があります」
「呼び出して、落とした?」刀根が言う。
「それはまだ断定できません。でも──」
魚沼は画面を指差した。
「このチャンネル、投稿者が“複数”います。
でも、編集の癖が全部同じです」
「同じ?」秋月が目を細める。
「はい。動画の切り方、テロップのフォント、音声加工……
全部“同じ人間”がやっている可能性が高い」
「つまり──裏でまとめてる“誰か”がいるってことか」刀根が言う。
「その“誰か”が、宮田を……」秋月が言いかけたとき。
強行犯係のドアが開いた。
「お疲れさまー。昼休み終わった?」
宮本班長が入ってきた。
黒髪を後ろでまとめ、スーツの襟元まで一切の乱れがない。
その目は、すでに状況を把握しているようだった。
「動画、見たわよね?」
「はい。かなり強烈です」秋月が答える。
「強烈なのは内容じゃないわ。
“誰が編集してるか”よ」
宮本は秋月のパソコンを覗き込み、淡々と言った。
「この編集、素人じゃない。
動画制作の経験がある人間。
しかも、かなり慣れてる」
「慣れてるって……YouTuberとかですか?」刀根が聞く。
「可能性はあるわね。でも──」
宮本は画面を指で軽く叩いた。
「この編集、私、見覚えがある」
「見覚え?」秋月が身を乗り出す。
「ええ。
“別の事件”で見たことがあるのよ」
部屋の空気が一瞬止まった。
「……別の事件?」刀根がつぶやく。
「そう。
宮田の死と、あの事件が繋がってる可能性がある」
宮本は静かに言った。
「秋月、刀根、魚沼。
この動画の編集者を特定しなさい。
そこから事件が動くわ」
そう言い残し、宮本は部屋を出ていった。
秋月は深く息を吸った。
「……事件、動きましたね」
「動いたっていうか……巻き込まれた気がするんだけど」刀根がぼやく。
「巻き込まれたのは宮田さんですよ」魚沼が淡々と言う。
「……まあ、そうだな」
秋月は画面を見つめた。
宮田洋司の死は、ただの転落ではない。
“誰かの声”と“誰かの編集”が絡み合う、奇妙な事件は、
いよいよ本格的に動き始めていた。




