ドルイドと使い魔の卵
特に外からちょっかいを出されることもなく(できないともいう)朝を迎えた。
シルル特製ふわふわパンケーキにバターと、たっぷりの蜂蜜という贅沢な朝食を堪能。口の中でパンケーキが溶けるーっ。あまりの美味しさに皆無言。前世で食べたパンケーキには薄いのから厚めなのにふわっふわなのまで色んなのがあるんだよ、とシルルに話したことがあったんだよね。あれは美味しかった、あともう一回食べたかったって。まさかそれを聞いただけで再現するとは、恐ろしい子……!
ファゴットも目をキラキラさせながら食べていたけど、ポイントはパンケーキのふわふわではなく蜂蜜だと思う……。ファゴット、このパンケーキ凄いんだよ? その凄さ分かってる?
美味しい朝食に満足したところで、ファゴットに変身魔法と防御魔法をかける。美少女からガチでムチムキないかつい男の人になった。っていうかした。
鏡に映る己のムッキムキ具合にしばし見惚れるファゴット。時間経過しているからね? 気をつけてね?
私達二人の視線に気付いたファゴットが、とってつけたように咳払いをした。
「いってきまーす」
「いってきます」
「では、行ってくる」
声も低音になってる。人間に変身してるからね、人間とも会話可能です。一応お小遣いも渡しておいた。
シルルに見送られて馬車を出る。馬車はそのまま。外の音は遮断もできるといったら、シルルがそうしたいと言うのでそうしておく。防音、防御ばっちりです。
むくつけき男と天狼四匹と双子の魔女(コブタとポーチにインしたコツメカワウソ付き)が馬車から下りたのを見て、周りの天幕の冒険者達がどよめく。昨日はいなかったからね、むくつけき男。こんな大男まで乗っていたのか!? と思っていることでしょう。
ひょいと天狼にまたがり、第二城壁の内側に向かう。クルックさんのお店の場所は旅に出る前に教えてもらっていたんだよね。
クルックさんが持ってきてくれるものは面白いものばかりだった。魔女通販でも扱ってないような変わったもの。使い魔の卵もそう。あれは魔女通販にはなかった。
第二城壁の門をくぐると、統一感のない家々が並んでいた。どうしてバラバラの見た目なんだろう? 前世のヨーロッパだと景観を損ねないようにと統一されていたから、ファンタジーなこの世界でもそうだと思っていた。森近くの村も似たような家が並んでいたし。
不思議に思って建物を眺めながら進む。新しい石と古い石が使われた家が並んでるエリアがあって分かった。きっと魔物暴走の所為だ。石の一部に爪痕のようなものもあった。第三城壁を作ったってことは、ここにも被害があったからだよね。
いくら冒険者達が力を合わせたとしても、森から溢れでた魔物達が押し寄せればひとたまりもない。魔物達のような鋭い牙も爪も人間にはないのだもの。
チートな魔女に転生して天狼もいるけど、油断は禁物だなぁ。マジックバッグの容量の話の時にお母さんがベヒーモス一匹入るとか言ってたのを思い出す。つまりこの世界にはベヒーモスが実在するってことですよ。ミノタウロスとかサイクロプスとかドラゴンなんかもいる可能性がある。
自ら危険に飛び込むほど冒険者業を頑張るつもりはないけど、旅をする中で遭遇しちゃうかもしれないよねぇ……。頑張ろ。
昨日ギルドに登録に行った時にざっと眺めた感じだと、冒険者ギルドのあるエリアは武器や防具といった系統の店が集まってる。
クルックさんのお店はそうじゃないみたいで、ギルドからは離れてる。冒険者向けじゃない、領都に住む人達が足を運ぶ、生活雑貨や食料のお店が並ぶエリアの端にクルックさんのお店はあった。
この世界にはガラス税がないのか、窓にはガラスが埋めこまれている。
天狼から下りて、キトラ達の頭を撫でる。ふわふわー。
「皆、お店の中に入るからね、小さくなってもらっていい?」
お願いするとキトラ達は子犬サイズまで小さくなった。大きいと格好いいし、小さいと可愛いしで、うちの子最高!
ドアを開けて中に入ると、ドアベルがカランカランと鳴った。カウベルみたいな音だ。
「おや!」
聞き覚えのある声が店の奥からした。
「待っていたよ、小さな魔女さん達」
「クルックさん!」
「こんにちは!」
カウンターの向こうに立つクルックさんは、当たり前だけど旅装じゃないからちょっと違和感。
「この二人がアナベラさんの?」
クルックさんの隣には、クルックさんによく似て、少し背の高い男の人が立っていた。
「そうだよ。アナベラさんの娘さん達だ。エレンちゃん、キリエちゃん、コイツが儂の倅のリードだよ」
「はじめまして!」
「はじめまして」
挨拶をしたらクルックさんの息子さんのリードさんが笑顔になった。目尻に笑い皺がある、優しそう、というのが第一印象。
「お茶を淹れるけど、飲んでいけるかい?」
「いいの?」
「勿論さ」
常連さんと話をするためなのか、カウンターの隣にはテーブルセットがあった。クルックさんだけじゃなくリードさんもテーブルにつく。店内には私達以外お客さんがいないとはいえ、店番いいのかな。
「そうそう客も来ないような店だからね、大丈夫だよ」
お客さん来なくて商売になるのかな……。
城壁内には牛がいるらしくて、牛のミルクを出してくれた。おー、慣れ親しんだ味だー。
「あの山は魔女の馬車をもってしてもきつかったんじゃないかい?」
「うん……」
「それなりに」
思い出して顔を顰める私と、全然平気そうなエレンを見てリードさんは笑った。
「オレは領都から出たことがないが、あの山を越えるのがどれだけ大変かは知ってるよ」
「リードさんは森に来ないの?」
「いやいや、オレには無理だよ」
とんでもないと言わんばかりに首を横に振るリードさん。
クルックさんのようにリードさんがラバに乗って来るんだと思っていたのでちょっと衝撃だ。
「オレには息子がいるんだがね、三男が親父に似て旅好きだから、成長したら黄昏の森にお邪魔すると思うから、よろしく頼むよ」
「はーい」
「よろしくお願いします」
天井から羽が何枚もついた輪っかがぶら下がっていて、風もないのにくるくる回転してる。謎の液体が入った色とりどりの瓶が並ぶ棚。トゲトゲしたものや、毛玉みたいなものもある。もしかしてあの瓶はファンタジー鉄板のポーションかな? 魔女は回復魔法も使えるからポーション不要なんだよね。
「アナベラさんに不要なものは持っていかないからね、見たことがないものもあるだろう?」
私達がお店の中を見回していることに気付いたクルックさんが言った。二人して興味津々で見てすみませぬ。
「魔道具ではないんだよね?」
「うちは錬金術屋だよ。あの天井からぶら下がっているのは魔除けだね」
錬金術!
前世の錬金術には三種類あって、金を生み出すことを比喩として錬金術と表現するものと、本当に黄金を生み出すと思われているもの、それから不老不死などの魔法のような効能を持つものを生み出すもの。ファンタジーでは最後の魔法のような効能を持つものを作り出す特殊技能を錬金術と呼んでた。
お店の中を見ている感じだと、ファンタジー的な錬金術っぽい?
「魔法が堪能な魔女にはあまり必要ではないだろうけどね、人間や魔法の使えない種族にはそこそこ重宝されるんだよ」
「使い魔の卵も錬金術で作るの?」
「いや、あれは仕入れるのさ」
仕入れられるものなのか……。
「ドルイド──祭祀や樫の木の賢者ともいわれる民族がいてね。彼らと物々交換するんだよ」
「何を渡すの?」
「ウィッカーマンの代わりになるものを錬金術で作るのさ。今は昔と違ってウィッカーマンを人にさせたら大罪だからね」
「ウィッカーマン?」
初めて聞く言葉だ。
「生贄のことをドルイドはそう呼ぶんだよ」
生贄!! 悪魔崇拝みたいでこわっ! 動物でも人でも生贄が禁止になって良かったよ……。
「生物は五大元素を体内に保持しているんだよ。その代わりとなるように魔石に五大元素を閉じ込める必要がある。そこで儂らの出番というわけだ」
五大元素。所謂四元素にエーテルを足したものだっけ?
「使い魔の卵をドルイドは秘奥の卵と呼ぶ。儀式を行うと卵が手に入るらしくてね。それをたまに譲ってもらう。ただ使い魔を持てるほどの魔力を持つ者は魔女か賢者ぐらいだから、他の物と物々交換することが多いね」
「ドルイドも使い魔を持てるの?」
「持てるが、ドルイドはナナカマドの竜にしか関心がないから、それ以外の卵をくれる」
ナナカマドの竜?
ナナカマドも竜も知ってるけど、その二つが組み合わさった生き物は初めて知った。
「背中から樹を生やす竜のことらしいが、儂ら外部の者が目にすることはないね」
「どうしてナナカマドの竜だけ?」
「ナナカマドの竜の背から生える樹で杖を作る必要があるらしい」
その杖のためだけに儀式をするのかぁ。なんか凄いな。
「ドルイドは人間なの? それとも種族?」
「人間だよ。動物や医師の水の神 ライフニの敬虔な信者で、外界との接触は最低限しか持たないし、魔道具なんかも嫌うね」
エルフっぽい生き方をする人間、と。
それにしてもナナカマドの竜。背中から樹が生えるとかかなり不思議な生き物だなぁ。
そういえば魔女は魔法の杖を必要としないけど、賢者は必要なのかな。
「賢者や人間の魔法使いは杖を持つの?」
「賢者は持ったり持たなかったりだけど、普通の魔法使いは必ず持つんだよ、杖がないと魔法が発動しないのさ。だからドルイド達も杖を必要とし、その杖はナナカマドの竜の樹でなければならないんだ」
うちのお母さんなんて指を鳴らすだけで攻撃魔法放つのに。魔女や賢者はやっぱりチートだなぁ。
「魔力だけなら賢者が魔女を上回るそうだよ」
「すごーい」
話としてよく聞く賢者だけど、この先知り合ったりするのかなぁ。今のところあまり興味はなくて、本物のエルフに会う……いや、遠巻きでいいから見てみたい。本当に耳が尖ってるのかとか、ドワーフは強いお酒が好きで鍛治が大好きなのかとか、そっちのほうが興味あるー!
「二人はここを出たら何処か目的地はあるのかい?」
「魔道具都市!」
「マルングリティに行こうと思ってます」
「あそこは凄いぞー」
「そうそう、奇人変人ばかりだが、一度は行っておくといい」
随分な言われようだけど、あれかな、職人って気難しいとか頑固な人とかこだわりが強いとか、そういう人が多いイメージだから、魔道具都市ともなればそういう人が沢山なのかも?
「楽しみ」
「すぐに領都を立つのかい?」
ううん、と私もエレンも首を横に振る。
「領都で冒険者業に少し慣れてから向かうことにする」
「それがいい」
「何かあったらすぐに相談においで。力になるよ」
「ありがとう!」
「ありがとうございます」
まずは自活!




