地図も貼ったし領都にしゅっぱーつ!
魔女馬車内への出入りは何度もしていたけど、いよいよ本格稼働です。
入るなり履いたばかりのブーツを脱がされ、ルームシューズに履き替えさせられ、マジックバッグもシルルに回収されました。もらったばっかりだからもう少し身に付けていたかったー……。しょげていた私をエレンが慰めてくれた。
「これから何回も身に付けるものだからね、すぐに持てるから」
「うん」
ダイニングテーブルについて、エレンと向かい合う。
「遂に旅が始まったねー」
「始まったね。楽しみ」
村に行くのに自分達の魔女馬車を使うことは何度もあったけど、ただの移動ではなくて、旅としては初めてだし、なによりシルルがいる。
「シルル、これからもよろしくね」
「よろしくお願いします」
私達の言葉にシルルが笑顔になる。
五歳の時に出会ってからもう七年。シルルも私達と同じように成長してる。妖精にも寿命的なものはない。大概は外的要因で生の終わりを迎える。
「そうだ、部屋はどうだった? とりあえず必要なものは揃えたつもりだけど、大丈夫そう?」
私の問いにシルルは頷いた。
シルルの部屋にはシルルのためだけの椅子があるだけじゃなく、裁縫や刺繍をするための道具が置かれてる。彼女はボビンレースやリュネビル刺繍なんかも手掛けてるので、専用の作業台などが必要なのだ。
そのうち染色や機織りにまで手を伸ばすのではないかと恐れていたけど、そっち方面に関心はないらしいのでエレンと二人、安堵したよね。
旅の途中で手にした布地や糸で刺繍やデザインを楽しんでもらえたら嬉しい。なんでそんなに受け入れているのかといえば、シルル、センスが良いんだよね。魔法少女感出してるデザインが私の中二心をくすぐる!
「それにしても魔女馬車のサスペンション凄いね、馬車はお尻が割れるって言われているのにね」
「とても快適」
魔女馬車の乗り心地の良さ、素晴らしい。
足元で子犬姿になって遊んでるキトラとシエとミトラが可愛い。シュナはマイペースなので少し離れたところでおもちゃをガジガジ噛んでる。あの手でおもちゃを縦に挟み掴みして齧るんだから凄い器用だと思う。あと可愛い。
領都フュリンガーまでは魔女馬車で一週間ほどかかる見込み。
そうそう、御者の青い炎には簡易地図を渡してある。青い炎──契約時にファゴットと名付けた──ファゴットもエインセルという妖精だったりする。エインセルは青い炎の姿をしてるけど、本当は耳の尖った少女の外見をした少年です。見た目の所為で人間に攫われたりするから炎に見せているだけ。何処の世界にも変態はいる。滅びろ。
ファゴットは服装にこだわりがないタイプなんだけど、うちのシルルさんにより、かぼちゃの馬車を引く御者にぴったりの大変可愛い格好になってる。ダブルリボンのタイをした燕尾服に、ちょこんと頭に乗っかったシルクハットにはかぼちゃのブローチがついてる。
人間には青い炎にしか見えないのでファゴットも安心。
エインセルもそれぞれ好き嫌いがあって、御者をやるのが好きなわけではない。うちのファゴットは地図を埋めるのが好きだったのでスカウトしただけなのだ。お母さんの馬車は別の妖精が御者をしているし。
一応地図は渡してあるけど、ファゴットは自分だけの地図を作るのだと息巻いていた。
「村より先に行くのは初めてだからちょっと緊張する」
「私達、子供の外見だしね」
分かる人にはすぐに魔女だって分かるけど、知らない人からしたらただの子供にしか見えないだろう。気を付けなくては。
「領都に着いたらまず、冒険者ギルドへの登録だね」
「そうしよう」
旅立ちの年齢が何故十二歳なのかと思ったら、なんてことはない、ギルドに登録できるのが十二歳だから。魔女でもそこは関係ないらしく、十二歳からなんだって。いやむしろ魔女や賢者の所為だったというか。昔の魔女や賢者が前世の記憶を取り戻して、速攻でギルド登録をして問題を起こしたことが何度もあったらしい。
魔女や賢者は五歳前後で前世の記憶を取り戻す。大体七~十年ほどかけてこの世界の人間になったことを自覚するので、そのような決まりになったよう。以前はギルド登録に年齢制限はなかったんだって。普通の人間は一桁代の年齢で冒険者になろうとはしない……。ですよねー。
正直、記憶取り戻したばかりの頃、オレツエー! みたいな気持ちになったので耳が痛いです……。そういった先人の失敗と申しますか、教訓みたいなものがあるわけですな。
「最初はやっぱり薬草探しからだよね!」
「そうだね!」
最下位ランクからコツコツとランク上げちゃうぞー!
村の中は通らず、村の横を通って領都フュリンガーに向かってる。村長さんはじめとして村の人達には少し前に旅立ちの挨拶は済ませてあるし、改めてしなくてもいいかなーって。
特段仲が良くなった村の人はいない。私もエレンも、同じ長さを生きられない人間との接触が少し怖いのだと思う。魔女として生きていくうちにそういったことに慣れていくのかもしれないけど、私達はまだ前世の影響が濃く残っているから、失うことに対してどうしてもね、苦手意識というか、向き合えないのだと思う。
旅に出ることが決まっていて、その期間も決まっていない。ずっと根無草のように旅をする可能性だって十分にある。そう考えると村人と仲良くなることは怖かった。
そうそう、クルックさんは人間とホビットのハーフなんだって。成人が人間でいうところの三十路なので、寿命も長いんだろうと思う。顔が変わらないなと思っていたらホビットのハーフだったとは驚き。
息子さんが領都の店を継いだのを機に、引退と称して旅好きなクルックさんは好きにうろついているんだとか。領都に着いたらクルックさんのお店に行こうねってエレンと話した。本人には会えないかもしれないけど、どんなお店なのか興味がある!
二階の居間の壁に世界地図を貼ってみた。この地図に色々書き込んだり、次の目的地を何処にするか決めるのに使うのさ。その前に旅に慣れて、やるべきこことをやらねばだけども。
今の私達の一番の目的は
・領都に無事に辿り着く
・魔女馬車での生活に慣れる
・旅において必要なものを適宜入手する
・ギルドに登録して冒険者になる
この四つ。
魔女馬車生活が始まって半日が経過。まだ村の横を通り抜けたばかりなのもあって、問題は発生していない。
魔女馬車はうっすら浮いてるから道の凹凸の影響を受けない。車輪は魔力で作り出してるから壊れてもすぐに作り直せるけど、悪路というものはあるわけで、そのたびに作り直すのは手間だと思う。
前世ではアウトドアを楽しむ人間ではなかったので、舗装された道ばかり歩いていたけど、新世界の道は凸凹しまくりです。森の中は木の根っこばかりだから走り回って転けるなんて当たり前。そもそも子供は体の大きさに比例して頭が大きいから転けやすいっていうし。たんこぶ作ったり切り傷作ってはシルル達に薬塗ってもらってたのも良い思い出。
王都や領都周辺なら道も舗装されてるだろうけど、私達が暮らしていた森や近くの村は道といったら人が歩いて自然と出来たもののこと。道も植生も建物を構成するものも、都市に近付くにつれて変わっていくんだろうな。空模様だって雨が降りにくい土地や白夜がある土地なんかもあるんだろう。
そんなことを思いながら窓の外に視線を向けると、大きなものが見えた。雲でもなく、月でも太陽でもない。
「あ、鯨だ」
「え、どこ?」
エレンも窓の外を見る。
この世界にも鯨はいるんだけど、海の中を泳ぐんじゃなくて空を泳ぐんだよね。めちゃファンタジー。
空の高いところを泳ぐ鯨が、ぐるんと回転するのをエレンと眺める。番なのか親子なのか、二頭の鯨が並んでる。片方がぐるんぐるん回ってるから、親子かなぁ?
「あの巨体で何故浮くのか謎ー」
「魔法なのかも?」
「月も二つあるし」
「引力と重力の関係とか気になるね」
ファンタジーやらSFでよく見る月が複数という奴、こちらの世界でもあるのです。月が二つ、太陽は一つ。月が二つあるからかこの世界は太陰暦ではなく太陽暦。閏日には二つの月による日食が必ず起きる。日頃は近付いても重なることはない二つの月が、閏日にだけ重なる。当然見える国は限られているみたいだけど。
国といえばこのダルナラーマにもいくつもの国があって、仲が良い国もあれば悪い国もある。戦争が起きてるといった話は聞かないし、魔王もいない。
私達が暮らしていたのは銀の月の神クーティへの信仰心が厚くて、その神から名前をとったクーティマーヌニという国。クーティは技術や鍛治といったものを司る神様なので、クーティマーヌニ国には魔道具で栄える都市があるというわけ。
どの世界でも神という存在は欠かせない。勿論こちらの世界にも宗教はある。トルア教というもの。
光の神と妻である時の女神がこの世界の創造神で、その子供である七柱が他の事柄を司っているのだそう。
叡智と魔法を司る土の神、芸術を司る月の女神、鍛治などの技術を司る月の神、契約と法の風の神、戦と愛の火の女神、動物や医師の水の神、静寂と安息を司る暗闇の神……だったかな。あんまり関心がないからちょっと怪しい。さすがに自分が生まれ育った国の神様の名前は国名にもなってるから覚えてるけど。
神話を記した本もあるので、エレンのほうが詳しい。ギリシャ神話のように人間との距離が近い風でもなくて、ドラマチックさとかドロドロとは無縁っぽかった。斜め読みしたから自信ないけど。
チリンチリン、と階下からベルの音が聞こえた。シルルが呼んでる。時間的にもお昼とみた。だってさっきからとても美味しそうな匂いが下からする!




