第8章 月光花の窓 それでも前へ
この世の中には悲しい出来事がたくさんあります。あなたはきっと大丈夫。そんなメッセージをこめてこの作品を作りました。
井戸から出たソウトにはどんな出来事が待っているのでしょうか。
このエピソードで一応完結です。最後まで読んでくださったあなた。ありがとうございました。
井戸から頭を出すと、赤い空に満月が浮かんでいた。刻が動き始めている。
ソウトが井戸から出てきたことで、秀も優も勇も形を取り戻していた。愛だけが井戸のわきにちょこんと座っていて笑っている。
「大丈夫だったの。ソウト。
優が心配しながらかけよってきた。
「手を貸すぞ。」
勇がソウトを引き上げた。
「世界の刻を戻す方法は分かったのですか。」
秀がソウトにたずねた。
「いや、分からなかった。でも鏡があった。割れていたけれど。そして、鏡を見た者たちはみんな心を石にしてしまっていた。」
「どうすれば、刻をもどせるのでしょう。もう手がかりが。」
優が悲しそうに答えた。
「剣も、杯も、棍棒も、王冠もとられちゃったじゃないか。」
勇がくやしそうにつぶやいた。
不意に歌が聞こえてきた。子守歌だった。優しい優しい声だった。
「大丈夫。」
ケイの声が聞こえた気がした。
「大丈夫。」
歌っていたのは愛だった。
「ここまで連れてきてくれてありがとう。旅はまもなく終わります。」
愛が立ち上がって言った。
「えっ。」
旅の仲間は驚いた。愛が歩いているのだ。自分の足で。
いつの間にか、井戸のわきには小さな家があり、丸い形の窓が開いていた。窓の周りには無数のカゲノオたちがいた。
「開けておいたよ。」
「開けておいたよ。月光花の窓だよ。」
「カゲノオは名前をもらえなかったけれど、ソウトの役に立ったよ。」
「そうだね。」
「カゲノオはソウトの道しるべになったね。」
「そうだね。」
「ありがとう。カゲノオ。君たちがいなかったら、ここまでたどりつけなかったよ。」
いつも分かれ道で、ソウトたちに道を教えてくれたカゲノオたち。彼らがいなかったら、ソウトたちはずっと道に迷っていただろう。動かなくなったカゲノオたち。横たわっていたカゲノオたち。立ちつくしていたカゲノオたち。ずっと待っていたカゲノオたち。彼らのすべてがソウトに道を開いてくれたのだ。
ソウトがそう言うとカゲノオたちは確かに笑っていた。いままで真っ黒な影でしかなかったカゲノオたちが笑顔で笑っていた。
「ありがとう、ソウト。君の役に立ててうれしかったよ。」
「ここまで来られたカゲノオは少ないけれど、会ったらソウトの気持ちを伝えておくね。」
もう残り少なくなってしまったカゲノオたちは、どれも笑顔になってソウトを見つめていた。
そして、光のつぶになって空にのぼっていった。
旅の仲間は、愛のあとについて、月光花の窓から家に入った。
テーブルの上には時計があり、文字盤には剣も、杯も、棍棒も、王冠も並べられていた。時計の針がゆっくりと動き始めている。月が動き始めている。
ソウトは時計をそっと持ち上げると家の壁にかけた。
家の中にはゆりかごがあり、すやすやと眠っている赤ん坊がいた。愛はやさしく赤ん坊を見つめていた。
「この子は私。そして、あなた。秀でもあり、優でもあり、勇でもある。」
愛はそう言いながら赤ん坊を優しくなでた。
「名付ける者、ソウト。あなたは旅を成しとげました。」
愛はそう言ってソウトを見つめた。
「名付ける者、ソウト。あなたは世界の刻を取り戻しました。」
動かなかった太陽がしずむと、月はだんだんと高くなり、赤い空は青い闇につつまれていった。星が無数にきらめく出した。砂しか流れていなかった川には水がわき出している。
「それでも前へ。」
愛は、そっとソウトの肩を押し出した。
「今度はあなたの刻を取り戻す番です。」
「それでも前へ。」
秀は、眼鏡をくいっと持ち上げて照れくさそうにしながらソウトの肩を押した。
「本をたくさん読んでね。」
「それでも前へ。」
優は、微笑みながらソウトの肩を押した。
「自分でおいしいものを作って食べるんだよ。」
「それでも前へ。」
勇は、ソウトの肩をぱんぱんとたたきながら押し出した。
「しっかりと体もきたえてな。」
ソウトは旅の仲間に見送られながら、小さな家を出た。東の地平から朝日が昇ってきた。空がだんだんと青くなっている。あれほど砂におおわれていた大地が、今は花畑になっている。砂の川にはいつのまにかたくさんの水があふれている。ずっと乾いていた風はしめっていて心地よかった。
「それでも前へ。」
ソウトは、両足で大地の感触を確かめながら、朝日に向かって歩き出した。
「ありがとう。秀、優、勇、愛、そしてケイ。それからたくさんのカゲノオたち。ボクはもう一人じゃない。きっと大丈夫。」
ソウトはつぶやきながら歩き続けた。
ケイの言葉がソウトの心に広がった。
「大丈夫だ。」
「その子は、旅の役には立ちません。歩けません。話せません。ただ微笑んでいるだけです。それでも連れてゆきますか。」
旅立ちの泉でそう言われていた愛がソウトの心を救いました。
「それでも前へ。」
旅の仲間に見送られながら、再びソウトは、朝日に向かって歩き出します。あなたもきっと連なる者と出会える日が待っています。だから、もう一人じゃない。あなたは絶対に大丈夫です。ここまで読んでくださったあなたに心から感謝します。ありがとうございました。




