第7章 闇
この世の中には悲しい出来事がたくさんあります。あなたはきっと大丈夫。そんなメッセージをこめてこの作品を作りました。
のぞいてはいけないものを見てしまったソウト。いったいどんな運命がソウトを待っているのでしょうか。
名付ける者、ソウト。
ボクは見てしまった。忘れなの井戸の底で。割れた鏡の中にいる本当の自分の姿を。
「井戸の底に鏡があります。けれど、決してのぞき込んではいけませんよ。鏡は見ないで、先に進んでください。」
ルヒコはそう言っていたのに。
「鏡を絶対にのぞき込まないんですね。分かりました。」
そう返事したのに。
「いいですかぁ、井戸の底に鏡がありますからぁ。絶対、絶対のぞき込んではいけませんよぉ。鏡は見ないでぇ、先に進んでくださいね。」
ルヒコはくり返しそう言っていたのに。
「鏡を絶対、絶対のぞき込まないんですねぇ。分かりましたぁ。」
そう返事したのに。
ひび割れて無数のかけらになった鏡。つまずいてたおれこんでしまったソウトはそのかけらの一つと目が合ってしまった。
「井戸の底に鏡があります。けれど、決してのぞき込んではいけませんよ。鏡は見ないで、先に進んでください。」
ルヒコはくり返しそう言っていたのに。ルヒコに何度も言われたのに。
一つのかけらと目が合ったら、もう自分の行動が止められなかった。吸い寄せられるように鏡を見つめてしまったのだ。
そして鏡に映る自分の姿を見てしまった。声を上げて泣いた。泣いた。泣いた。
なぜ。
自分の姿を見ただけなのに。
ボクは見てしまったのだ。忘れなの井戸の底で。割れた鏡の中にいる本当の自分の姿を。
声を上げて泣いた。泣いた。泣いた。
なぜ。
自分の姿を見ただけなのに。
なぜ。
気づいてしまったからだ。
声を上げて泣いた。泣いた。泣いた。
なぜ。
気づいてしまったからだ。
ボクは名付ける者でも、この世界を救う者でも、旅のリーダーでもない。鏡に映った自分の本当の姿を。
井戸の底では、すべてが灰色立った。寒くもない。落ち葉の音もしない。暑くもない。花の香りもない。ただ湿って水滴が壁にまとわりついている。
ボクの泣き声以外は何も音がしない。すすり泣く声と、ボクの心臓の鼓動だけが響き渡った。
ボクはたった一人だった。大切な旅の仲間を自分で置いてきてしまったから。
「分かったかい。それが、君の本当の姿だよ。ソウト。」
泣きさけぶボクに向かって、いつの間にか井戸の底に来たルヒコが語りかけてきた。
「だから、鏡はのぞきこむなって言ったじゃないか。」
ルヒコは笑いながら話した。
ボクは泣き続けた。
声を上げて泣いた。泣いた。泣いた。
なぜ。
気づいてしまったからだ。
ボクは名付ける者でも、この世界を救う者でも、旅のリーダーでもない。鏡に映った自分の本当の姿を。
「周りを見てごらん。ワタシの忠告を聞かなかった者たちであふれているだろ。」
ルヒコがあざ笑いながら語りかけてきた。
泣きながらも、ボクは周りを見渡した。井戸の口から射し込む月の光が周囲をかすに照らしていた。
「本当の自分の姿に気づいてしまった者たちのなれの果てだよ。」
ルヒコはクスクスと笑いながら語り続けた。
割れた鏡の周囲には無数の石像があった。立っている者、ひざまずいている者、両手をついている者、どれも泣きさけぶものの姿だった。
「泣いて泣いて泣いて。どの子も石になってしまった。みんな名付ける者だったのに。世界を救う者だったのに。」
ルヒコは大声で笑いながら語り続けた。
ボクは泣くのをやめた。とたんに体中がふるえだした。
「本当の自分の姿に、絶望した者たちだよ。だから自分で心を石にするしかなかった。」
ルヒコは急に笑うのをやめて、ボクのそばに寄りそって話し続けた。
「君も、心を石にするかい。」
ルヒコがソウトの耳のそばでつぶやいた。それを聞いたソウトの呼吸がゆっくりになった。鼓動がゆっくりになった。寒くもない。落ち葉の音もしない。暑くもない。花の香りもない。光が遠のいていった。すべてが灰色立った。
「ボクの指が。」
ソウトの指が色を失っていった。そしてにぎりしめたまま動かなくなった。
「ほら君の、体も石になるかい。」
ルヒコが耳元でささやき続けた。
「もうすぐ、君の旅も終わる。もうすぐ君の時も終わる。世界の刻は止まったままさ。」
「大丈夫だ。」
ふいに声がした。
「俺がついている。だからソウトは大丈夫だ。石になんてならない。」
井戸の底にはいつの間にかケイが立っていた。こぶしをにぎりしめて、ルヒコをにらみつけている。ケイのまわりには月の光があふれていた。
「大丈夫だ。俺がついているから。」
ケイは近寄って、ボクの肩をだきしめてくれた。さっきまでのふるえが止まった。曲がったままだった指を開くことができた。ゆっくりと肌の色がもどってきた。
「どうして、カゲノオのお前が、井戸の底に?」
ルヒコは驚いていた。
「ソウトが井戸に下りたとき、カゲノオたちは名付ける者の光を失って消えたはずなのに。秀も優も勇も。この目で確かめたぞ。だから井戸の底へ来たんだ。」
ケイはルヒコをにらみつけて叫んだ。
「それは、俺がソウトに秀や優や勇のような連なる者ではないからだよ。」
ケイはソウトに笑いかけて手をてりしめた。力強い手から、ぬくもりが伝わってくる。
「何だと。カゲノオ以外の者がなぜ、旅立ちの泉にいられたんだ。」
ルヒコはとまどいながら、目をくるくるさせて首を横にふった。
「そんなわけがない。カゲノオ以外の者がなぜ、旅立ちの泉にいられるはずがない。」
ルヒコは目をくるくる回しながらさけんだ。
「秀も優も勇も、ソウトが名付けた連なる者だからね。ソウトに名前をもらってカゲノオから形ある者になった。」
ケイはソウトを立ち上がらせるとルヒコをにらみつけた。
「そうだ。カゲノオは名付ける者に選ばれて、名前をもらって旅をするのだ。」
ルヒコはくるくる回していた目をピタッととめてケイをにらみつけた。
「だが、俺は名前をもらっていない。」
ケイはルヒコに微笑みかけた。
「だが、お前には形も色もあるじゃないか。カゲノオだったら形も色もない。名付けてもらっていないならそんなはずはない。どうして。」
ルヒコは驚いて叫んだ。
「俺はソウトに先立つ者だからだよ。」
ケイはルヒコに笑いながら話しかけた。
「先立つ者? なんだそれは。」
ルヒコは絶叫を上げた。
「俺はソウトにとって兄なのさ。本当の名前は恵。」
ケイはやわらかな落ち着いた声で話し続けた。
「名付ける者以外の命ある者は、あの泉には来られないはずだ。」
ルヒコはとまどいながら、目をくるくるさせて首を横にふった。
「だから、そういうことさ。」
ケイはぽんぽんとボクの肩をたたいて笑った。
「ばかな。先立つ者とやら。だからといって、お前に何ができるというのだ。」
ルヒコはケイをにらみつけた。
「何もできはしないだろうな。でも、言葉を伝えて、肩をたたき、大丈夫だといってやるだけで十分なんだよ。人は。」
ルヒコは、目を見開いて、ケイを見つめた。
「ここから先は、お前の番だ。どうするか自分で考えて、自分の足で立って、先へ進め。」
ケイはにっこりとソウトに笑った。少しさびしげな微笑みだった。
ケイの姿が少しずつ薄らいでいった。
「どうやら、俺の時間はここまでらしい。後は頑張れよ。ソウト。」
ケイは、ルヒコにとびつくといっしょに深井戸へと飛び込んだ。
「お前も、もう大丈夫だ。ルヒコ。共に行こう。」
「やめろぉぉぉぉ。先立つ者ぉぉぉぉ。ワタシにはまだぁぁぁぁぁ。」
ルヒコの叫び声は遠くなりすぐに聞こえなくなった。
「ケイ。」
「ケイィィィ。」
ソウトは声の限りに叫び続けた。けれども返事が返ってくることはなかった。
「言葉を伝えて、肩をたたき、大丈夫だといってやるだけで十分なんだよ。人は。」
ボクは、ケイの言葉をかみしめて、井戸を登り始めた。
「ここから先は、お前の番だ。どうするか自分で考えて、自分の足で立って、先へ進め。」
ボクは、ケイの優しくて少しさびしそうな笑顔を思い出した。そしてケイの言葉をかみしめて、井戸を登り続けた。
この作品はいかがでしたか。ここまで読んでくださったあなた。本当にありがとうございます。
自分の本当の姿を見つめることほどこわいものはありません。そんな絶望から立ち直り、ケイとの別れをへてソウトは再び進み始めます。
「何もできはしないだろうな。でも、言葉を伝えて、肩をたたき、大丈夫だといってやるだけで十分なんだよ。人は。」
ケイのようにあなたを見守っている人が必ずいます。だから、あなたは大丈夫です。




