第1章 名付ける者 ソウト
この世の中には悲しい出来事がたくさんあります。あなたはきっと大丈夫。そんなメッセージをこめてこの作品を作りました。不思議な声に呼ばれたソウトは「名付ける者」となって旅の仲間を選び、葦舟に乗ります。ソウトたちは世界の刻を取り戻すことは出来るのでしょうか。
どこからか声が聞こえた。空は、赤く染まっている。朝焼けだろうか。夕焼けだろうか。立ち上がり、周りを見渡した。足下にはおびただしい砂が積もっている。
声のする方に、引き寄せられるかのように歩み始めた。砂に足をとられて何度も転びそうになった。砂丘を越えると大きな川が見えた。しかし、川には水が一滴も流れていない。ゆっくりと砂だけが流れている。
その声は、川の畔から聞こえた。一そうの葦舟がそこにあり、一人の老人が呼んでいる声が聞こえた。
「名付ける者よ。この葦舟に乗りて、世界の刻を取り戻さん。いざここに参れ。」
声に吸い寄せられるように、砂丘を下っていった。
老人は先の分かれた杖を持ち、頭には羽根かざりのある帽子をかぶっている。
老人は、葦舟から下りて、ひざまずいた。
「おお、名付ける者よ。共に旅する仲間を選び、名を与えたまえ。」
葦舟のわきには、泉があり、そこから無数の黒い影が湧き出てきた。影は口々にこう言った。丸い頭と長い尾をもったたくさんの影たち。
「名前をおくれ。名前をおくれ。共に旅するから。力になるから。だから名前をおくれ。」
老人は、杖を影たちに指し示して
「名付ける者よ、旅にふさわしいカゲノオを選び、名前を与えたまえ。」
その言葉にうなずき、言葉を発した。
「ではこの中で一番秀でた者を。名前は秀。」
一体のカゲノオが前に進み出た。影は色を持ち、形を持ち、少年の姿になった。眼鏡をかけた賢そうな少年であった。老人は少年に地図を渡した。
「次にこの中で一番優しい者を。名前は優。
一体のカゲノオが前に進み出た。影は色を持ち、形を持ち、少女の姿になった。慈愛に満ちた瞳を持つ少女であった。老人は少女に料理道具を渡した。
「次にこの中で一番勇ましい者を。名前は勇。
一体のカゲノオが前に進み出た。影は色を持ち、形を持ち、少年の姿になった。背の高いがっしりとしたたくましい少年であった。老人は少年に武具を渡した。
共に旅する者は何人選べるのだろう。分からない。そんな迷いでカゲノオたちを見渡した。
「名前をおくれ。名前をおくれ。共に旅するから。力になるから。だから名前をおくれ。」
カゲノオたちの声は寄せる波のように次々と湧き上がってくる。
そんなカゲノオの中に、光り輝く少女の姿があった。
「その輝く少女に名前を。愛らしい姿なので愛。」
カゲノオたちの声が一瞬で止まった。
老人が言った。
「その子は、旅の役には立ちません。歩けません。話せません。ただ微笑んでいるだけです。それでも連れてゆきますか。」
ああ、そうなのか。どうしよう。旅するのに、自分で歩けないのでは厳しいか。どうしよう。名前を付けてしまった。迷っていると後ろから声がした。
「大丈夫、俺がその子を背負っていこう。俺はケイだ。」
後ろから、勇よりもさらにたくましい少年が声をかけてきた。
「お願いします。」
「ああ。よろしくな。名付ける者ソウト。」
ケイはにっこりと微笑んだ。
「ああ。あああ。」
「名前をもらえなかったね。」
「ああ。あああ。」
「共に旅には行けないね。」
「ああ。あああ。」
「名前がほしかったね。」
「ああ。あああ。」
「形がほしかったね。」
「ああ。あああ。」
「でも、いこう。カゲノオにはカゲノオの役目があるから。」
「ああ。あああ。」
「行こう。行こう。役目を果たそう。」
「ああ。あああ。」
「旅のしるべとなるように。」
「名前をもらえなかったけれどね。」
「名前がほしかったけれどね。」
「形がほしかったけれどね。」
「でも、いこう。カゲノオにはカゲノオの役目があるから。」
「行こう。行こう。役目を果たそう。」
「旅のしるべとなるように。」
泉から湧き出したあまたのカゲノオたちが砂の川を下りだした。動きを止めた太陽に向かって。次から次へと。
「カゲノオにはカゲノオの役目があるから。」
「行こう。行こう。役目を果たそう。」
「では名付ける者よ。この葦舟に乗りて、世界の刻を取り戻さん。」
老人がソウトたちに命じた。
「わかりました。」
ソウトは老人におじぎをした。
「世界は刻を止めてしまった。太陽は動かず、ずっと赤いままだ。大地はかわいて、ほとんど砂におおわれてしまった。川には水も流れなくなった。」
老人はかわききった世界を見て悲しそうな顔をした。
「世界の刻を戻せたら、太陽は動き、大地に緑がもどり、川には水があふれるのでしょうか。」
ソウトは老人にたずねた。
しかし老人は答えなかった。かわりに、
「いくつもの国を巡りたまえ。かたむいた世界に再び刻を。そして良き旅を。」
といって新しい杖を手渡してきた。杖頭には動物の頭を模した金属の飾りが付いていた。
「いくぞ、ソウト。」
秀がくいっと眼鏡を上げると、地図を持って最初に葦舟に乗り込んだ。優が料理道具をかかえて乗り込んだ。ケイが、愛を抱きかかえて乗り込んだ。勇は乗り込むと剣を高くかかげた。最後に、ソウトが葦舟に乗り込んで旅立ちの泉をながめた。老人がソウトたちを見送っていた。
葦舟は砂の川をゆっくりと滑り出した。
空は赤く輝いていた。太陽は少しも動かなかった。かわいた風がソウトのほほをなでて通り過ぎていった。
この作品はいかがでしたか。読んでくださったあなた。本当にありがとうございます。あなたも、きっと大丈夫です。




