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【超短編小説】部活辞めたってよ

掲載日:2025/12/26

 岬の先端には誰もいないのでひとまず安心した。

 空は気を違えた事に気づかず、誇らしげな顔でその青さを散らかしていた。

 太陽は無遠慮に照りつけ、風は臆面もなく吹き付ける。自分で選んだとは言え、何もせずに帰りたくなってきたのも確かだ。

 おれは原付バイクのキャリアケースから荷物を取り出した。


 藍色の道着が、柔らかい音を立てて風に踊る。

 橙色の糸で刺繍された学校名が夕陽に光った。

「今さら光られてもな」

 おれはついぞ、光を浴びることが無かった。報われることが無かった。それはおれの弱さだ。

「努力に対するせめてもの賞賛か?」

 馬鹿馬鹿しい。誰に誉められたくてやっていた訳じゃない。認めて欲しいこともない。認めさせる事ができない自分の不徳だ。


 感傷的だ。

 唾棄すべき脆弱さだ。頑張った、努力した。そんなもの、勝利に比べれば何の価値も無い。敗者には名誉も無いし敢闘賞もない。

 おれは負け犬なのだ。

 落日の敗者だ。


 夜の色を帯び始めた波が迫る。

 波頭は黄色く光り、潮風は粘度を上げて沖へと誘う。

 やはり朝にするべきだったか?だがもう遅い。

 おれが手を離すと、藍色の道着は一匹の巨大な蝶のように舞い、不安定な飛び方で夜色の深くなる海に向かっていった。

 袴も同じように放った。袴が見えなくなる頃には、気分は晴れやかになった。


 

 面だの小手だのは、ペール缶の中に入れて燃やした。燃え切らなかった金具の類が缶の底で黒くなっている。

 おれの春は黒くなった。

 それでいい。夢は夢だ。破れたのならそれは灰だ。いつまでも青くあって良いものじゃない。


 原付バイクが、マフラーからストンと間抜けな音を吐き出した。

 なんだよ?

「もう、やらないの」

 あぁ、もう良いんだ。

「折角、中高6年やったのに」

 だから、だよ。

「だから?」

 大学に入って環境がリセットされたら、また一年坊からやり直しだろ。

「そうすると、どうなるの」

 パシリから出直してまで、やりたい事じゃねぇよ。

「そっか」

 あぁ。

「じゃあ、何するの」

 決めてねぇよ、そんなこと。

「そっか」

 あぁ。


 別に何かを信じていた訳じゃない。

 おれがやっていたのスポーツ化した武道だ。そして俺は弱かった。

 不向きだった。ただ辞めなかった。

 それは意地だ。または怠惰だ。向上心の欠落した努力だ。

 低く飛び続けるだけの醜いカモメだ。

 おれはジョナサンになれなかった。


 落日の敗者に得られるものはない。

「きりもみして、飛んで、速く飛んでみたかったんだ」

 それだけだ。おれでは足りなかった。おれでは届かなかった。

 だからさようならだ。

 おれは手足を広げて風を捕まえた。

 そう、さようならだ。

 波が寄せる。風が笑う。

 おれが音も無く浮き上がる。波が返す。藍色の空におれが踊る。

 さようなら。

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