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量子論的魔法少女 VOL.3

魔法少女たちが、ループしたりバトルしたりします。

各エピソードの世界線は、微妙に繋がっていたりいなかったり。──そんな物語です。

 渋谷の時空が、二人の少女の無言の対峙によって、再び歪み始めていた。

 災害級魔法少女の瞳に宿る闇の魔力の黒き粒子と、量子論的魔法少女の瞳に宿る光の魔力の白き粒子。互いの存在を無意識のうちに再認識した瞬間、世界は再び『観測者』と『被観測者』による無限の螺旋に引きずり込まれようとしていた。


 ──その時、夜明けの空から、対峙する二人の少女の間に、実態のないホログラムのような光源体が、ゆらめきながら舞い降りてきた。それは、二人の持つ魔力とは全く異なる、未知のエネルギー体系だった。まるで現実の物理法則を嘲笑うかのような、半透明なその幽体めいた存在が口を開いた。


「お二人さん、随分と仲がよろしいようで。でもね、再生と破滅の無限ループはそろそろ終わりにしてもらわないと困るのよね。時の流れを、これ以上阻害しないで」


 魔法少女のようにも見えるゆらぎの存在は、おどけた口調でそう言い放つと、ふわりと地面に着地した。

 災害級魔法少女と量子論的魔法少女の二人は、初めて遭遇する謎めいた存在に警戒心を強めた。

 観測者たる量子論的魔法少女の『索敵』にも、漆黒の魔力を持つ災害級魔法少女の六感シックスセンスにも引っかからなかった存在。その見た目と違い、ただ不気味でしかない。


「あなたは……一体、何者?」


 量子論的魔法少女が、『コンバージェンス・プリズム(収束するプリズム)』を展開すると同時に、光の粒子を身に纏いながら問う。

 三人目の魔法少女は、ゆらめきながらにっこりと微笑んだ。


「あたし? あたしは、この世界の『確率論的干渉者』あなたたちにも理解できるよう、上手く言語化できるかわからないけど、すべての可能性の観測とその結果として確定した物理法則の、その狭間に存在する者かな。だから無駄よ、何度『索敵』掛けようが。あたしはこの多元宇宙に存在しているようでいて存在しない、ゆらぎの存在。あたしをサーチすることなんて絶対にできない」

「パッシブ・スキルなのよ、残念ながらね。わたしの意思は関係ない。微量な魔力でも感知したら最後、勝手に発動するの」

「あらあら、それは失礼」


 そう言うと、第三の魔法少女『確率論的干渉者』は両手を広げた。すると、渋谷の街を覆っていた夜明けの空が、オーロラのように無数の色を帯びてゆらぎ始める。それは、災害級魔法少女の漆黒の魔力でも、量子論的魔法少女の光の粒子でもない、世界の根源的な構造そのものに直接干渉する力だった。


「あなたは、『索敵』というスキルを通して観測しないと、他者の魔力を正確には認識できないみたいね。だから、『観測者』と『被観測者』という閉じた関係からなかなか抜け出せない。でも、そんな二元論的な世界なんて、とてもつまらないと思わない?」


 確率論的干渉者は、災害級魔法少女に向かって手をかざした。すると、彼女を覆っていた漆黒の魔力が、一瞬にしてさまざまな色や形に変化し始める。それは、彼女の存在が固定化される前の、あらゆる可能性を孕んだ姿だった。

 強大な魔力の塊、可憐な花びら、舞い上がる水滴……etc.etc.etc.

 元は漆黒でしかなかった魔力の、様々に変化する姿形が、彼女の周りを螺旋状に巡る。


「わたしは……どうなるの? このまま、あなたに改変されてしまうの?」


 戸惑う災害級魔法少女に、確率論的干渉者は優しく語りかける。


「さあ? あたしにできるのはね、『干渉』によって固定化という呪いからあなたを解放することだけ。それでも『確定』はできないの。自分を『確定』できるのは自分だけなのだから。だから、あなた自身が、どんな自分になりたいか自由に選べばいいの。確率的には、それこそ何にだってなれる。災厄でしかなかったあなたでも絶対に変われる。あなたが望む理想のあなたは、多元宇宙のどこかに、確率的には必ず存在するのだから」


 次に、彼女は量子論的魔法少女に向き直った。

 量子論的魔法少女は既に臨戦態勢下にあった。

『コンバージェンス・プリズム(収束するプリズム)』を展開して、光の粒子を収束させ確率論的干渉者を狙い撃つが、全ての虹の帯が彼女の身体を素通りしてしまう。


「無駄なんだよね、何度やっても。『索敵』と同じで、あなたの攻撃はあたしには届かないわ」

「まさか! あなたはわたしの確率まで書き換えて、『干渉』できるの? わたしは災厄と違って、この世界に『確定』された存在のはず」


 その言葉に、確率論的干渉者はゆっくりと首を振った。


「うーん、答えはイエスであり、ノーでもあるかな? たぶん、あなたに理解できるよう、上手く言語化できない。あたしはね、確定まではさせられないの。干渉することしかできない。でも、あなたの攻撃を無効化するには干渉すら必要ない。さっきも言ったはずだけど、あたしはここにいるようで、ここにいない、あなたの知る物理体系外の世界に存在する者だから──」

「何が目的なのかしら? わたしたちをどうするつもり?」

「あなたたち二人が、『観測』と『被観測』という量子論的な関係性に縛られているように、あたしもまた量子論的なアプローチから特異点に干渉するだけの存在。多元宇宙を崩壊させないために、生かされているだけの存在でもある。多元宇宙が崩壊するルートに入った時に必ず現れて、悲劇的な結末に至らぬよう、可能な限りの干渉を繰り返す。それがあたしの目的であり、存在理由でもあるの」


 確率論的干渉者は量子論的魔法少女から視線を外すことなく、優しく微笑みかける。


「興味本位で質問するけど、あなたから見て、あたしはどう見えているのかしらね?」


 量子論的魔法少女は確率論的干渉者の問いには答えず、一人ごちる。


「そう……、そうなのね。だったら、わたしはわたし自身の存在意義を『確定』することができるってことよね……あなたの『干渉』を受ける道理がないわ」

「そう、だからそこなのよ。あなたはあたしを攻撃できないけれど、あたしも同じく『守護者』として『確定』されたあなたにはたいして『干渉』できない。災厄と同じく、違った意味であたしとあなたの相性は最悪なのよ」


 確率論的干渉者の言葉は量子論的魔法少女の存在理由を担保した。だが、それでは彼女は? 災害級魔法少女はどうなる?


「気づいた? 確定前の固定化止まりのその子になら、あたしは能力の許す限りの『干渉』ができる。だから解放してあげるの、あなたに災厄として『固定』されてしまった呪縛からね。だって、その子はまだ『確定』されてない。災厄以外にも無限の可能性があるんだから」


 その言葉に衝撃を受ける、量子論的魔法少女。


「ちょっと待って、わたしが災厄に『固定』している? ……その子を?」


 量子論的魔法少女の問いに、確率論的干渉者は再び微笑んだ。


「安心して、『固定』はされているけど、『確定』はされてないから。あたしの『干渉』で彼女の運命を変えてあげる」

「安心? 安心って、何なの? 災厄が改変されると、わたしが安心する?」


 戸惑う量子論的魔法少女に向けて、確率論的干渉者は慈愛の表情を浮かべた。


「その答えはね、あなたたちがこれから探していくのよ。『観測』と『被観測』の固定化された二元論ではない、もっと多様な関係性が、この世界にはたくさん在るのだから」


 彼女はそう言い残すと、ホログラムのような姿のまま、次第に薄れていく。そして最後に、二人の少女に向かって、小さく手を振った。


「またね、運命を自分で書き換えることの楽しさを知ってちょうだい」


 確率論的干渉者の姿が完全に消えた後、渋谷のスクランブル交差点には、普通の少女の姿に戻った二人だけが、取り残されたように佇んでいた。歩行者信号は青のまま『固定』されている。

 彼女たちだけでは決して逃れることのできなかった、『観測者』と『被観測者』の呪縛は、すでにその意味を失っているのが感覚的にわかる。

 災害級魔法少女から自然放出されている極々微量の魔力は、依然として不安定なままだったが、災厄と呼ぶに値するものではなくなっていた。彼女の心の中には、これまでの悲痛な想いばかりではなく、今後自分がどんな存在に変化していくのかという、新たな希望が芽生え始めていた。

 そして、量子論的魔法少女もまた、光の粒子を解除しながら、その視線はもはや災害級魔法少女を特異点として捉えてはいなかった。彼女の『索敵』は、これまで災害級魔法少女に対して自動的にかつ繰り返し発動していたはずなのに、今は静かに鳴りを潜めている。

 二人の間には、『観測』と『被観測』の無限ループではなく、これから共に歩んでいこうとする、新たな関係性を構築できる可能性がどこまでも広がっていた。

 渋谷の街は、新しい夜明けを迎えていた。それは、彼女たちの、そして世界の物語が、新たな可能性に向けて一歩を踏み出す瞬間だった。


 気づけば、二人の影はスクランブル交差点を行き交う雑踏に飲み込まれ、やがて消えていった。


最後まで読んで頂いて、ありがとうございました!

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