量子論的魔法少女 VOL.1
魔法少女たちが、ループしたりバトルしたりします。
各エピソードの世界線は、微妙に繋がっていたりいなかったり。──そんな物語です。
夜空を切り裂く轟音と共に、渋谷のスクランブル交差点上空に、後に災害級魔法少女と呼ばれる存在が何の前ぶれもなく突如出現した。
彼女は、足下に巨大な魔法陣を展開している。
ゆっくりと時計回りに回転する漆黒の魔力の円陣は、天災と言っても過言ではない高レベルのエネルギー量を孕んでいた。
高エネルギー体が顕現したその瞬間を、西新宿にある高層ビルの屋上から、優れた『索敵』能力によって観測していた、もう一人の魔法少女がいた。光の粒子を身に纏う彼女もまた、後に量子論的魔法少女という異名で呼ばれる存在となる。彼女の『索敵』が反応すると同時に、迎撃態勢を意味する光の魔法陣も連動して展開され、黄金の輝きを夜空に放つ。
災害級魔法少女は、観測者である量子論的魔法少女の視点という、世界の決定因子によって、この世に実体化させられた災厄だった。もし、彼女が誰からも観測されていなければ、この街は平穏な朝を何事もなく迎えていたはずだった。
「なぜ見つけてしまったんだ?」
災害級魔法少女が、地を揺るがす程の大きな声でありながら、同時に小さくもある声で、そう言った。
あきらかに、この世の理から外れている声だ。
「不幸な出会いね。でも、それだけの能力がありながら、わたしの『索敵』に引っかかったそっちが悪いんじゃない? なぜ、そのままエスケープしなかったの?」
「そっちが一方的に絡んできておいて、よく言う」
「そう? そんなつもりは全くなかったんだけどね」
渋谷から新宿の夜空を相互に走る、幾条ものプラズマは、双方の魔力が拮抗している証で、どちらも制空権を掌握しようと一歩も引く気配を見せない。お互いに敵意を隠そうともしない。
「切り裂け!! アブソリュート・ゼロ(虚無の大鎌)」
災害級魔法少女が振り下ろした、巨大な黒い魔力の塊は柄の長い大鎌を象っている。腰を落とした彼女が、大きな弧を描いてそれを振るうと、量子論的魔法少女を的として、渋谷から西新宿高層ビル群までの夜空を、辺り一帯一直線に切り裂いていく。触れたもの全てを、原子レベルにまで粉砕する斬撃が、ほんの一瞬で数十万人の命を奪い去り塵と変えた。
魔力によるシールドを張り、『アブソリュート・ゼロ(虚無の大鎌)』による攻撃を避けた量子論的魔法少女は、あまりの惨劇に怒りで目が眩んだ。
途轍もなく、甚大な被害である。
「これは、絶対に許せない……! コンバージェンス・プリズム(収束するプリズム)展開」
光の粒子を身に纏う彼女は、掌から無数の魔力によるプリズムを生み出して、空中に配置していく。光の多面体が幾重にも重なり合い、その全ての最終射角が渋谷上空の特異点を捉えていた。
この多面体プリズム群は、彼女の死角なき『索敵』能力を具現化したものである。観測精度を極限にまで高めると同時に、膨大な光の粒子をプリズムに収束、敵に対して一気に射出すると、触れたもの全てを薙ぎ払う七色の虹による範囲的殲滅攻撃となっている。
だが、光の粒子からなる七色の虹による範囲的殲滅攻撃は、災害級魔法少女がかざした掌の上から展開される、巨大な漆黒の魔法陣によってあっけなく吸収されてしまった。
「これ以上、被害を大きくしたくなければ、わたしをロストするかさっさと殺せばいい。おまえにそれができるか?」
黒い魔力の波動が、まるで意志を持っているかのように、光の粒子を追い詰めていく。
しかし、量子論的魔法少女は嘲笑を浮かべながら言った。
「ロストは無理ね。わたしの『索敵』はね、パッシブ・スキルなの。あなた程の高エネルギー体でなくても、魔力であれば無意識の内に自動追尾してしまう。一度認識してしまえば、たとえ別次元に逃げても探し出せる。けれど、そんな心配はしなくていいわ。すぐに殺してあげるから。手は他にいくらでもある」
次の瞬間、『コンバージェンス・プリズム(収束するプリズム)』によって無限のルート設定がなされた、七色の虹がありとあらゆる角度から射出され、夜空を埋め尽くした。全方位から迫る範囲攻撃の全てに、災害級魔法少女の展開する防御的魔法陣は対応しきれずに、彼女の身体を激しく焼いた。維持しきれなくなった漆黒の魔法陣が霧散すると、悲鳴のような轟音が響いて、それがいつまでも続き止むことはなかった。
しかし、その攻撃は災害級魔法少女にとって致命傷になることはなかった。確かにケロイド状になったはずの皮膚が、瞬く間に修復されたのである。
「そ、そんな……。何で?」
「わたしは、おまえの『索敵』で観測され得る限り、無敵であり続けるみたいだな」
「因果の固定化? わたしの能力と相性最悪じゃない」
「致命傷を受けても、攻撃を受ける一瞬前のわたしを、おまえが勝手に『索敵』で連れてきてくれるイメージだな。その瞬間だけは、攻撃を受けたわたしと、受けなかったわたしが同時に存在してるんだ」
災害級魔法少女の言葉の意味を、正しく理解した量子論的魔法少女は、自らの動揺を隠しきれなかった。
災害級魔法少女の言葉は真実で、単なる挑発ではない。彼女は、観測者たる量子論的魔法少女の『索敵』というスキルを逆手にとって、『量子もつれ』にも似た現象を引き起こしている。
その状態が続く限り、災害級魔法少女が受けたあらゆる傷は、客観的には即座に自動修復されたかのように見える。
それは、量子論的魔法少女の『索敵』という行為そのものが、災害級魔法少女の存在を安定的に観測し続け、これを固定化しているからである。
観測による固定と因果による固定、観測者たる量子論的魔法少女が、その存在をロストしない限り、災害級魔法少女は『波動関数』が収束した粒子の集合体として、『状態の完全な記述』に従い、そこに確固たる実像をもって存在し続けるのだ。
「それなら、あなたが存在しない渋谷の街を、わたしが別宇宙から『索敵』による観測で探してくるわ」
量子論的魔法少女は『コンバージェンス・プリズム(収束するプリズム)』によって、『索敵』対象のレイヤーを、敵対者である災害級魔法少女から、背景である渋谷の街並みへとフォーカスをズラした。すると、災害級魔法少女の透過度が徐々に増していき、逆に彼女の存在感は急激に薄れていく。
災害級魔法少女の姿が完全に透明になり、その存在が消え失せると、あとには壊滅前の渋谷・新宿エリアの日常風景が、あたりまえのようにあった。
「レイヤーの移行、完了。この世界に災厄はもういない」
量子論的魔法少女が、自身の間違いに気付くより先に、再び彼女のパッシブ・スキル『索敵』が発動していた。
「……今回ばかりは『索敵』の優秀さを呪いたくなるわね」
呻くように、量子論的魔法少女が漏らした言葉に応える存在があった。
「確かに優秀なスキルね。わたしという特異点が消滅する前に、次元を超えてまで自動追尾してくるなんて。わたしも自分の身を呪いたくな……」
最後まで言わせなかった。
極めて小規模な、限定的ビッグバンが起きたのだ。それは、一歩間違えれば多元宇宙に跨がる大惨事が起きていたことを意味する。
対消滅による、相討ち狙い──。
最後の、そしてとっておきの手札を、量子論的魔法少女が切ったのである。
光と闇の粒子が爆散する。
渋谷・新宿エリア全体を、白と黒に染めながら飲み込んでいく。闇の粒子を別次元に逃さぬように、漆黒の魔力の塊として『観測』し、固定化し続けながら、量子論的魔法少女の意識そのものが空間から消失していく。
「待て! 逝くな! わたしを、見失わないでくれ!」
観測者の不在は、災害級魔法少女の存在を根底から揺るがす。もはや、無敵ではなくなり消滅は避けられない。彼女の輪郭は曖昧となり、漆黒の魔力の塊は闇の粒子となって空中に散っていく。
恐怖に満ちた絶叫が辺り一帯に木霊する中、夜空を切り裂くような轟音は、徐々に静寂へと収束していった。
そして、夜が明ける頃。
渋谷スクランブル交差点には、破壊されたビルの残骸も、魔力の痕跡も、何も残ってはいなかった。ただ、一人の少女が、自分がなぜそこにいるのかも思い出せないまま、ぽつんと佇んでいた。
彼女は、自分が後に災害級魔法少女と呼ばれる存在であったことを知らない。彼女の存在は、観測者がいなくなったことにより『重ね合わせ状態』に戻ってしまったのだ。
観測者がいなければ、彼女は存在するかしないか、どちらとも言えない不確定な状態となってしまう。固定化が解除され、災厄とは呼べない何か別の存在になっていた。
しかし、物語はここで終わらない。
スクランブル交差点に立つその少女の傍らを、別の少女が一人通り過ぎていく。
少女は、やはり後に量子論的魔法少女と呼ばれる存在だったが、それまでの記憶を完全に失っていた。彼女は、自身が災害級魔法少女の存在を、災厄としてこの世界に固定化していた唯一の要因である。そのため、災害級魔法少女の存在を再び消去するべく、自らの存在をまず第一に消そうとした──。
しかし、彼女らが二人共に消滅する世界線は限られていて、量子論的魔法少女の意識は多元的宇宙の解釈によって、災害級魔法少女が不在である無数の並行宇宙にも分岐していたのだが、パッシブ・スキルである『索敵』という、限定解除の魔法が、皮肉にも災厄を自らの元へと再び呼び戻してしまったのだ。
何度繰り返そうが、お互いの存在が再インストールされてしまう。おそらくこの結末は変わらないことを悟ると、量子論的魔法少女は言葉を失くした。そんな彼女に対して、さらに追い討ちがかかる。
「また見つけてくれて、礼を言う。『索敵』、いいスキルだな」
災害級魔法少女がらしくもなく、皮肉混じりにそう言った。
彼女の言葉に、量子論的魔法少女は努めて静かに答える。
「『索敵』というスキルは、わたしにとっては呼吸と同じで無意識による行為なの。そして、あなたという『特異点』が存在する限り、わたしは必ずあなたを発見し、観測し続けてしまう。残念だけど、それが運命みたいね」
量子論的魔法少女の視点は、再び災害級魔法少女の存在を固定化させる。
不確定要素となり、シュレディンガーの方程式に基づいて、その存在が薄れかけていた災害級魔法少女は、再び実体を取り戻す。──何度でも。
「わたしたちは、互いの存在を無視はできないみたいね」
「そうみたいだな。わたしたちは観測者と被観測者という、量子論にも似た宿命によって結びついた存在。この戦いに、終わりはないのかもしれない」
再び、光の粒子と闇の粒子が激突する。この世界は、二人の魔法少女が織りなす量子論的な宿命の繰り返しを、永遠に観測し続けるのだ。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました!
励みになるので、評価ポイント、ブックマーク、ご感想を頂ければ幸いです。よろしくお願いします。




