献身的魔法少女
魔法少女が、ループしたりバトルしたりします。
各エピソードの世界線は、微妙に繋がっていたりいなかったり。──そんな物語です。
彼女は自分の名前が、どうしても思い出せなかった。
確か──□□と言ったはずだ。
確信は持てない。名前だけではなく全ての記憶が、今ではもう泡沫のように消えかかっている。
彼女の瞳が捉えるのは、虚ろな世界。全てがぼやけて、形を失っている。辛うじて認識できるのは、目の前に立つ少女の、この世のあらゆる光を吸収してしまいそうな漆黒の外套と、まるで口が裂けているかのような冷笑だけ。
その少女──確か、リリィ? が、嗤いながら告げる。
「なあ、□□。おまえ、もう何も覚えていないんだろう?」
「あなたは? 誰?」
「わからないのも無理はない。おまえの前に直接姿を現したのは、これが初めてだからな」
「…………」
「わたしはな、おまえの大切な人の魂を狙って、何度も何度も繰り返し、幾千通りもの『死に至るルート』を設定して、殺し続けてきた死神さ。人には『死神級魔法少女』と恐れられる存在なのさ」
ざわ……! 彼女の、全身が粟立った。
死神級魔法少女と、自ら名乗った少女の声が、ただ耳を通り過ぎていく。それはもはやノイズでしかない。
死神はまるで友人のように、馴れ馴れしく呼び掛けてくる。彼女は、呼ばれた自分の名前を反芻するが、それはただの音の羅列にしかすぎなかった。
それでも、胸の奥底で燃え盛る小さな灯火が、□□と呼ばれる彼女を突き動かす。
「……わたしには、守らなきゃいけない大切な人がいる」
掠れた声で呟く。彼女の魔法は、過去を改変する力。『死』ですら、無かった事にする根源的な因果への干渉。
だが、その代償はあまりにも重い。過去を上書きするたびに、彼女があらゆる時間軸で紡いできた記憶が、彼女自身の脳裏からひとつずつランダムに消去されていく。
リリィは、嗤いながら□□の周りを舞う。
「滑稽だよ、□□。おまえが必死になって守ろうとした、誰かの名も、その顔さえも、とうに忘れてしまっているなんてさ。おまえは、何もない空っぽの器のままで、無意味な戦いを続けているんだ。虚しくならないか?」
リリィの言葉が、彼女の心臓を抉る。その通りだった。彼女は、なぜ自分が戦っているのか、なぜリリィと対峙しているのか、それすら何も思い出せなかった。ただひとつだけ、胸の奥に焼き付いて消えることのない想いがあった。
「……わたしには、守りたい、守らなければならない、笑顔がある」
「一途なその想いだけで、魔法少女として覚醒して、全てをひっくり返したのは脅威的だったな。おまえの前では、どんな小さな矛盾点も見逃されることなく、整合化されてしまう。いや、書き換えられてしまうと言った方がいいのか。だからこそ、すぐにまたブッ壊したくなるんだけどな」
「『 』に、手は出させない」
リリィの言う通り、『 』への想いだけが彼女を支えていた。しかし、今ではその『 』の笑顔ですら思い出せなくなっている。
「おまえの、その献身的な想いは、わたしという存在がある限り、『 』に届くことは絶対にない。設定済みの『死に至るルート』は、まだ無数に残されているんだ。いい加減に、察したらどう?」
リリィの言葉が、彼女の心の深層まで容赦なく穿つ。それでも彼女は、胸の奥の熱に従い、前へと一歩踏み出した。彼女の身体から放たれる魔力が、眩い光を放ち、周囲の因果律を揺るがしていく。
「チッ。□□、おまえの能力は本当に厄介だな。おまえ自身には『死に至るルート』の設定すらできないなんて──だがな、やりようはいくらでもある。こんな風にな!」
リリィの背後で、可視化された幾重もの死の鎖が音を立て蠢き出した! □□の命を絡め取ろうと、縦横無尽にのたうち回っている!
「最後の戦いだ、□□。おまえが全てを忘れてまでして、尚守ろうとする『 』との縁、このわたしの死の鎖で、完全に断ち切ってやろう」
リリィの狂ったような嘲笑が、展開された結界内に響き渡る。
彼女は戦った! 何のために、誰のために、どうして? そんなことは、もうどうでもよくなっていた。ただ、胸に残る、このどうしようもなく暖かくて、それでいて切ない感情だけを信じて。
──ああ、そうか。
記憶は、確かに全て消えた。けれど、この胸に残る暖かさがあれば、わたしはまだ戦える。
一瞬だった──。
彼女の放った幾条ものプラズマ衝撃波が、リリィの鎖を構成する『死の因果』を、反撃の隙すら与えずにズタズタに寸断する。それは、彼女自身の記憶を代償とした、最後の攻撃となるかもしれない魔法だった。
だが、まだ消えずに残されていた一条のプラズマ衝撃波が、遠い過去世にいるリリィ本体をロックオンしていた。時間を遡行しながら逃げるリリィを、どこまでも追尾していき捕捉、その因果を消去のうえ無かったものにする。
記憶を失うという代償さえなければ、無敵の魔法と言っても過言ではない。
「□□、おまえは……!」
リリィの言葉は、最後まで聞き取れなかった。
ただ彼女の心に、形容し難い微かな痛みを残していったことだけは確かだった。
戦いが終わり、世界のルールにより結界が解除されると、彼女は瓦礫の中にただひとり立竦んでいた。
そこに、一人の少年が何度も転びそうになりながら駆け寄ってくる。彼女は、彼の顔を見ても、誰かわからなかった。ただ、なぜか胸にきゅっと締め付けられるような痛みが走る。
「□□! □□! 無事だったんだな!」
少年の声が彼女の耳に届く。
彼の瞳は彼女の瞳と同じように、涙で濡れていた。それでも、彼女は何も答えられずにいた。ただ、目の前の少年を、じっと見つめることしかできない。
なぜ、この少年を見ると、こんなにも胸が熱くなるのだろう。
彼女は、無意識のうちにその少年へと足早に歩み寄ると、彼の身体を強く抱きしめていた。
記憶が甦った訳ではない。
それでも、この再会に彼女の心臓は歓喜で打ち震えていた。
流れる涙のその訳を、彼女が知ることは永遠にない。
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