6話 欲望
目が覚めると一度だけ見たことのある天井があった。
「起きたか。調子は平気か」
翔の声がしてそちらをむこうとしたのだが、
「いってぇ!」
「無駄に動くなアホが」
全身に激痛が走った。これは、筋肉痛だ。
「筋肉痛なんていつぶりだよ…」
「俺はあんな叩きつけられ方をして擦り傷切り傷レベルで落ち着いてるお前が恐ろしいよ」
「は?」
身に覚えがない。そういえば人外狩りの終わりを見届けてすらいない。
「そういや結果はぁぁぁいったぁぁぁ…」
勢いよく身を起こしてしまい再び激痛に苛められる。全身筋肉痛なのに身を動かすものではない。翔ははぁとため息をついた。
「うまくいったよ。間一髪だった」
翔が物憂げな声で言った。こんな声はこれまで見た記憶がない。
「翔どうし」
「あ~起きたのね~!良かった!心配しちゃったよ~」
まだ出会って間もないお義母さんの声が聞こえた。翔が今度はうめき声が混ざったようなため息をついた。
「入るのはノックしてからにしてくれって言ってんだろ…」
「もう、男子高校生みたいなこと言っちゃって。」
「大学生だわ」
「男子大学生、略してDDね」
「DDはなんかもう違うだろ…」
この二人の関係性がどうなっているのかいまいち分からない。が、おおよそ雰囲気としては幼馴染。それもワンチャン次の関係性に進むかもしれないタイプのやつだ。
「俺はもしや割り込んではいけないところに来てしまったのか…」
「何言ってんだぁお前」
「まだ治りきってないのかしらねぇ」
どう考えているのか不明のお二人さん。あとで翔にカマかけてみようと心に決めておく。軋む体を気合で動かし紗奈のいる方を向こうとしたところ、
「筋肉痛でつらいでしょ。こっち向かなくっていいよ」
「あ、はい」
やはり気の使い方は母性に全振りしているように感じる。気を回されすぎてそっけない返事をしてしまった。要改善と言ったところか。
「んで、紗奈は何の用だ?」
「次の任務の話は大丈夫?」
「今から話すとこ」
「じゃあそれは任せるね。」
翔が頷いて悠に視線を落としたから話は終わりだと思っていたのだが。
「悠、おそらく聞きたいとっころがいろいろあるでしょうから答えるわ。動けるようになったら私のところに来てね」
「は、はい」
悠が同じことを2回繰り返すバカであることを身をもって実感したところで紗奈は去っていった。このようなことで頭を悩ませていようとは翔も紗奈も知る由もないが。
「DDとか謎の略し方すんなよ…」
翔の声が先ほどと打って変わって調子が上がっているような気がする。やはり割り込んではいけない場所に来てしまったのではないだろうか。
お互い落ち着いたところで翔が口を開いた。
「んで、今回の任務の顛末から話すんでいいよな」
「頼んだ」
翔が組んでいた足を戻してこちらを向いた。
「如月家の戦闘術を使ったのは覚えてるか?」
「覚えてる。それで使ってるうちになんか生きた心地しなくなっていってどこからか記憶が途切れてるんだよ」
翔は鼻で大きく息を吐いて言った。
「それが戦闘術の代償だ。欲求の逓減をもってあの力を出してるんだ。欲望は無限なんていうが瞬間的にはそうじゃない。限界を超えると意識を保てなくなるんだ。」
そう言うと翔は立ちあがって伸びをした。
「それだけ?」
「ああ。詳しい話はおれもよくわからねぇ。気になるなら紗奈に聞いたらいいさ。あいつは如月家のそういうの調べてるから詳しいぞ」
翔は机の椅子に座って刀を取り出して磨き始めた。ハンカチを使って拭いているが平気なのだろうか。
「んで、次の任務の話だ」
「さっき言ってたやつか。今回とどっちが難しいんだ?」
「次だ」
即答。これは嫌になるというより“やになる”感じだ。これだけボロボロで終わった初任務を超える仕事などできるものか。
「無理ゲーじゃね…?」
翔を見ると翔は大きくため息をついた。刀を鞘にしまいと立ち上がる。その表情はおそらく悠と同じものと思われる。
「今回は俺のミスで劣勢だったが次はそうならないようにする。迂闊だった。お前のことも次の任務までに鍛えるから動けるようになったら覚悟しとけ。次の任務は1週間後だ」
「わ、分かった。」
翔は部屋を出ていった。悠は筋肉痛が故に体を動かすだけでツラいから何かしようというのは諦めることとしてゆっくり寝て休むことにした。いろいろ大変だったがひとまず無事に成功して良かったではないだろうか。寝て休むことにしよう。
翔は横になって目を閉じた。
『しゃちょおおおおおおおおおおお!』
「なんだいってえぇ!」
唐突に目を覚ますことになった理由は突如響き渡った大きな声。あまりの声の大きさに驚いて体を動かしてしまった。筋肉痛だってのに。
「だれだ…」
周囲を見渡すが誰も見当たらない。いったいどこから聞こえてきたのか。
『社長!やっと見つけましたよ!無事ですか!』
この声は。再び声が聞こえたことで記憶を掘り返すタイミングができた。
「綾瀬か?」
『そうです!ご無事でなによりです!今どういう状況ですか?』
この時部屋のドアが開いた。
「悠、誰を連れ込んだんだって…誰もいない…?」
翔は悠を見た。
「さっき誰かと話してたけど何か思い当たる節はあるか?」
綾瀬の話をそのまま話すのも難しいしどうしたらよいのだろうか。翔を待たせるわけにもいかず頭を抱えていた。
『社長~どう説明します~』
綾瀬が声を発した瞬間、翔が固まった。
「今のは、なんだ」
『え、聞こえたんですか⁉なんで!』
こちらの感情など差し置いて綾瀬が騒いでいた。ちょっとうるさい。
「話せるのか。何者だ?」
「ちょっと待った。ストップ」
このまま綾瀬と翔で話が進むことに問題を感じた。なんというか、この二人だと何かと話がまとまらない気がする。
「紗奈さんを呼んでくれないか。色々めんどくさい話になるから読んでくれると助かる」
翔は頷いて紗奈を呼びに行った。
『社長~。それでどういう状況なんですか~?』
「綾瀬、これからそういう話をするからひとまず待って」
『あ、はい」
綾瀬が聞き分けの良い社員でよかったなんて思っていると階段をのぼる音が聞こえてきた。
「呼んできたぞ」
「何があったの?」
ひとまず状況を説明しようとしたのだが。
『私は綾瀬晴翔というものです!天界にてTUDAKEYAという企業で働いています!現世の住民を展開に導く業務を行っている技術者です!どうかよろしくお願いします!』
綾瀬が暴走した。翔はともかく、紗奈は驚きで目をパチパチしている。悠はと言うと声のボリュームが大きすぎて耳を塞ごうとした結果、筋肉痛の痛みをまた味わうことになっていた。冷静だったのは翔だけ。
「いや誰だよ」
ごもっともなことこの上ない返答を翔がした。
「綾瀬、ちょっと黙ろう。あとボリューム落として」
『あ、すみません」
翔が小さくため息をついた。
「俺から説明するのでいいのかね。俺は一応この声の上司」
翔のジト目がこちらを向いた。確かに実体のない声だけの奴の上司だと名乗られたらそういう目で見られても仕方ない。悠はどこから説明したものかと頭を悩ませていた。
「で、その綾瀬とかいう奴はどこから喋ってんだ?とりあえず出てこいよ。」
『申し訳ないんですが実態をそちらでは持っていないんですよ。別の方法で声だけを届けています』
「なんじゃそりゃ。社長さんよ、どういうことだ?」
翔に社長と呼ばれるのはなんだか変な感じだ。それはさておき、実のところ悠もこの技術がどういう原理で動いているのかいまいち分かってない。
「なぁ綾瀬。そういやお前がやってる技術ってどんなものなんだ?俺も知らないぞ」
「知らなかったのね…」
いつの間にか復活していた紗奈が呟いた。そう、知らなかったんです。
『簡単な話ですよ。欲求の流れを利用して話しかけているだけです。それぞれ分かれてますから本来その人以外聞こえないはずなんですけど…なんでかお二人には聞こえてるようでして」
「なるほど!それなら聞こえて当然ね」
突然紗奈が喋った。
「綾瀬さん、私と翔の欲道のつまりを調べてもらえるかしら。きっとそれが原因よ」
30秒ほどの間を置いたところだった。
『あ、詰まってない!こんな人世界にほとんどいないのにここにふたりも!』
紗奈がにやりと笑った。理系の人間が「これの何が嬉しいかと言うと~」と言う時に浮かべてそうなタイプの笑顔だ。
「私たち如月の家系は生まれつきそこが詰まってないのよ。そしてあなたの技術はそこを利用して行っているのでしょう。なら聞こえて当然よ。この家はそこが詰まってない人しかいないんだもの」
『あーなるほど!そういうことですか!』
ふたりだけで話が進んでいく。悠は話についていけていなかった。ふと翔を見ると、翔も顔をしかめていた。どうやら話についていけていないのもふたりだったらしい。悠は個人的に翔友好度レベル経験値を得た気分でいた。
「あとでふたりで詳しい話をしましょう。色々確かめたいことがあるのよ。」
『分かりました。ではまた』
ふたりの話が終わったようで綾瀬がどこかへ行こうとしていた。
「綾瀬待って!」
『はい?社長どうしました?』
この世界に来てから、ひとつ気になって仕方がないことがあった。自分では判断できないため、綾瀬に聞ける今は絶好のチャンスだと思った。
「ここは現世なのか?俺は天界に戻れるのか?」
大した間も空けずに返事があった。
『社長、そこは現世ですよ。社長が死んだ世界で間違いないです。帰れるかどうかはまだ分かりません。今調べてるところですから安心してください。とりあえずそちらで生き続けてください。』
綾瀬の返答に胸を撫でおろした。
「じゃあよろしく頼む。なんかあったらまた声掛けてくれ」
『そうですね。今の話を伝えに来たんですが忘れてましたよ』
「おい」
『社長、ナイスです』
そう言うと綾瀬の声は消えた。なんとも頼りになるようなならないような。悠の天界への帰還は綾瀬の手に委ねられているのだからしっかりしてもらいたいところ。
翔と紗奈のいる方を向いて言った。
「お騒がせしました…」
「うん大丈夫だから」
紗奈はさして気にしていないのか、立ち上がると自室に行ってしまった。
「結局何だったんだよ…」
翔はそう呟くと部屋を後にした。




