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4話 人外狩り初陣②

 人外狩りとは何たるかを理解したからと言って、昨日今日で刀を扱い始めた悠が使いこなせるわけもない。一体の人外を斬るたびに投げ飛ばされ、着地の時にもう一体斬る。これが限界であった。力任せに投げられるが故に体の痛みも少しずつ増えていた。

 そんな時に階段からパンと大きく弾けるような音とともにやってきたのが翔であった。

「翔!どうしたらいい!?」

 残念ながら人外たちのうめき声によってかき消される。さらに階段から大量の人外が押し寄せる。

「人口密度ならぬ人外密度上昇って感じか?意思疎通すらままならないとか勘弁してくれって何もいねぇ!」

 着地地点の敵を斬る予定が狂う。とっさに受け身を取ったがやはり地面にたたきつけられるダメージは大きい。しかしそれよりも状況の把握が先決。あたりを見渡すと1体の人外を除いてすべての人外が翔に向かっていた。スズメバチ一体を蒸し殺すときのミツバチのような光景だが翔はおそらくそれをうまく捌いている。斬撃が鳴りやまないのがその証左だ。

「むしろ一人残ったあいつは何者だ…?」

 この謎を解明することに時間を割くべく見てすぐ気づく。その人外はかつての上司の顔をしている。

「これ本部長じゃねぇか…。」

「ひちりこ!ひちりこ!!」

 人外はみな訳の分からない言葉を発している。だが発音が「はたらけ」と言っている。かつての職場を思い返すとひどく不快で忌々しい。

「人外狩りの初討伐はお前に決めた。過去への清算も、ここでする。覚悟しろ、クソ野郎が。」


 同時刻、翔はかつて経験したことのないほどの数の敵の処理に全力を注いでいた。駆け抜けた階段から敵が押し寄せ、8階の人外も襲ってきた。翔の目の風を切るような攻撃がなければ一瞬で死を呼ぶ。一瞬の気の迷いは死を意味する。実のところ悠の叫びは聞こえていた。が、それに応えることができなかったのはそれ故である。

「あいつが8階にいたのが一番の想定外だったけどなぁ!」

 1点にとどまれば凝結した復活組に押しつぶされる。円を描くように素早く処理を重ねていく。とにかく処理に時間がかかる以上おそらく倒しきることは叶わない。残り時間を全て費やして敵の数を削ることを戦いながら決めていた。

「それで本来の目的は果たされんだから問題ねぇ!」


現在時刻 午前4時25分

人外狩り残り時間 35分


 悠は、武道の心得などないし喧嘩だって碌にしたことはない。故に戦い方は素人じみたものとなる。刃筋など全く通っていないし刀も振り回してしまっている。が、それでも問題ないというのが人外狩りの特異性とも言える。刃が当たりさえすれば人外にとって致命傷ともなりえる刀。如月家の継ぐそれを使いこなせるならば戦闘の要点は戦闘能力に準じない。

 悠の戦い方はまさにそれを体現したかのような戦い方であった。両手で刀を振り回し敵の接近を許さない。攻撃を避けるならば事前に逃げる方向へ投げ敵の回り込みを許さない。人外の部長を中心に円を描くように逃げ続ける。悠を追い続けていれば戦い方を知らない悠の最大限の思考を経た結論である。

「一発当てられれば戦局を変えられるはず…。効果てきめんなんだろ、この刀は…。」

 未だ翔からの信頼は得られていないが悠は信じていた。翔の仕事への向き合い方が悠をそう思わせるに至らせた。信じてもらうために信じる、というのもあったりなかったりする。

 人外からは紙の斬撃が飛ばされ続けていた。一度指先を掠めており、鋭い一撃であることは確認されている。ノートで指を切るように刃物ともなれるのが神なのだ。それをひたすらに回避をし続けた末、人外は自分の足に足をかけ、転倒した。悠は刀を全力で投げつける。地面に落ちた後、シャラシャラと音を立てながら床を滑っていくと、腕をかすった。これまで通り黒いモヤが出てくる。ただし、これまでとは比較にならないほどの量で。

 やがてモヤが実体を隠しきると人外は再び叫びだす。

「へじこれにへじこりにへじこりにへじこりにいいいいい!!!」

 イヤホンを最大音量でつけるよりも大きく聞こえるその声に気を取られた悠の腹部に激痛が走る。

 それは、人外からの一撃であった。痛みで全身の力が抜けてゆく。刀は手からこぼれ落ちた。


翔は任務達成を確信していた。が、この瞬間をもってその認識を改めることとした。

「いってぇ…。」

 突如モヤとなって消えた人外と引き換えに悠が飛ばされてきた。その先にいるのはたった1体の人外。黒いモヤをひたすらに吸収し続ける1体の人外であった。その大きな声にいよって悠との会話もままならない。

「上位思念体がわんさかってことじゃなく…全員お前が生み出した配下か…。」

 それはこれまで討伐した全てがほぼ無意味であったことを意味する。小さな分身を倒したところで1体全体のモヤの総量には到底及ばないのだ。

「任務目標変更。当廃ビルの人外発生原因の上位思念体1体を討伐する。」

 おそらくは悠が本体を出させることに成功したのだ。思うことは何かとあるが、まずはここの人外の元締めを倒すことが先決である。彼の行いを無下にしないためにも。

地面を蹴り閃光のごとく人外に迫る。切りつけながら登り上がり、被弾の直前で後方へ回避する。同時に刀についているストラップをほどき糸として四肢を拘束する。糸の端にある刀を巧みに動かし四肢を切り落とす。如月家移動術をもって切り落とすと同時に刀を回収、攻撃によって生まれた隙へ数えきれない斬撃を叩き込む。

翔の攻撃手段は一つを除いて如月家の戦闘術である。先人たちの編み出した戦闘術から翔の得意とする移動術に関連したものに特化して身に着けたものである。これまでもこれらに頼って戦ってきた

「霧散率が低いな…。間に合ってもギリギリだ…。」

 過剰なほどの叫び声は落ち着いたが人外の巨体化は進んでいる。巨体化は小ダメージ高頻度に徹する翔としては非常に厄介であるが、それ以上に恐れていることがある。この古びたビルが巨体化する人外の重量に耐えうるのか、である。床が落ちでもしたら8階より叩きつけられることになる。

「悠!いい加減起きろ!戦えないならとりあえず刀構えとけ!」

 そこまで時間が経ったわけでは無いが長時間倒れられているようでは困る。紗奈に頼まれているから。そしてこの戦場では悠の力も必要だから、だ。

 人外との戦いの途中で一つ気がついたことがあった。それは、モヤの吸収速度が加速度的に増えている、ということ。


現在時刻 午前4時30分

人外狩り残り時間 30分


この廃ビルのボスを見つけ出し翔に戦ってもらうことに成功した悠。殴り飛ばされて多少の時間は呼吸がうまくできず苦しんだがようやく落ち着いた。

ではなぜ翔との共闘へ向かわないのか。足を打ち付けて痛みが引かないのである。幸い捻挫などではないと思われるがこの痛みを抱えたまま先ほどのギリギリを詰める戦い方などできる気がしないのだ。それならば邪魔をしないよう静かにしておこうと考えていた。

 そんな時に翔の呼びかけがあった。刀を構えておけと言う翔を疑うことはしない。信用すると初めから決めている。

 痛みをこらえて立ち上がり、刀を取ろうと鞘に手を伸ばして気づく。刀がない。殴り飛ばされた時に手を放してしまったのだ。おそらく人外のモヤの下に埋もれてしまっている刀の回収が必須である。翔が戦いに力を尽くす今、刀の回収まで手を回してもらえるとは思えない。ゆっくりと人外を回り込むように動き、刀の在り処を探ってみる。が、やはりモヤで周辺の視界が悪く見つけることはできない。

 人外のあのモヤさえ消すことができたな状況も多少なりとも変わるのであろうが、そうはいかないのだろう。それができるならばそもそも翔がやっている。

 そういうわけで他の作戦を見出す必要があった。悠はこれまでの子の戦いでの経験、翔と紗奈から教えられた情報を思い返す。情報量こそ少なけれども人外の本質に関わる話はあった。それは、少なくともこの戦場において一縷の希望を見出すには十分なものであったと言える。


「有給休暇取得申請の受諾を求めます!」

 戦場に大きく響く悠の声に人外は刹那の隙を見せた。翔の行動の意図は見えないが生まれた隙は有効に生かすべきであるのは戦場における摂理だ。岩石のごとく鎮座し続ける人外に狙いを定め攻撃を始める。

「一千切り」

 その攻撃が当たろうというその刹那、沈着していた戦場に変化が訪れる。

 人外が動き始めた。その向かう先は、悠である。

「なんだ!?」

 当たるはずの攻撃が空振った驚きと共に目に映ったのは、床に落ちている、翔が持っているはずの刀である。着地と同時に刀を回収し無防備な悠を見やる。本気で助けに向かう。そうでなくては悠の死を否定しきることはできないと察した。

「雷迅」

本来、消耗も大きい故に何度も使うような技ではない。それを何度も使わせる悠に苛立ちと驚きを送る。

人外に風穴を開けながら悠を抱え上げ、人外の対角線上へすぐさま距離を取る。

「翔!ナイス!」

「何やってんだ!俺の技も無限じゃねえんだぞ!」

「これ以外刀の回収ができる方法思いつかなくてさ!思念体なら思いを動かすような発言はあいつ自身を動かせると思ったんだ!」

「理屈は合ってるんだどさぁ!お前のせいでも雷迅あと一発しか打てねぇぞ!」

「もしかしてそれマズい?」

「ああ、決定打が消えたよ!穴埋め必須だからな!?」

 悠がワタワタしているが今はそれどころではない。打開策を見出す必要がある。翔は一度従うことを拒否しようと思っていた紗奈からの提案を実行することとした。プライドだけで乗り切れる状況ではないからだ。

「悠、如月戦闘術の基礎を教えてやる。何回も教える余裕はないから、一発で習得しろ。」


現在時刻 午前4時35分

人外狩り残り時間 25分


「そんないきなりで習得できる訳ねぇだろ!俺は凡人だぞ!」

 いくらなんでも無理がある。そもそもこんなところにいることすら違和感を感じるほどなのに物語のようなミラクルをここぞと決めろとはとんでもない。

「人じゃねぇだろ!ごちゃごちゃ言ってる時間はねぇからよく聞け!思いっきり息吸って力を出したい部分からわだかまりとかそういうのを吐き出すイメージだ。チャンスはそんなにないからさっさと身につけろ!適正がなきゃ終わりだ!」

「無理言い過ぎだよねぇ!?」

この瞬間も人外は肉体を肥大化させながらこちらへ迫ってくる。悠が標的になってしまっている以上翔でもサポートしきるのは不可能と思われる。何よりらもう翔はもう悠の元を離れて人外の裏に回っている。

「やってらんねぇ!どうなってもしらねぇからな!心のわだかまり…心のわだかまり…」

 天界はどうなっているのか。ここは現世なのか。というかこの状況はなんなんだ。そんなことを込める。

「避けるなら、力を出すのは足の裏か…」

深く息を吸い、現状への嘆きを足裏に込め、

「吐き出す!」

 蹴り出すと同時に視界がブレる。その直後、大きな何かに叩きつけられる。

「上出来だ!よくやった!その力に慣れろ!」

 悠は目を開けて気がつく。先ほどいた場所とは反対側の壁に激突していることに。

「これが如月戦闘術…」

 呆然と呟いたその目には、金色の輝きが宿っていた。


 悠は翔が無茶を言っていると思っていたのだろうが、翔はと言うとそうではなかった。打算があったのだ。

「堕天使は如月戦闘術との親和性があるっていう傾向があるの。だから今回の任務で教えてあげてほしい」

 紗奈からの言葉であった。翔は紗奈を信用している。だからこそこの選択をした。悠はこの力を使いこなせると信じていたのだ。無論これを結果論だと呼ぶ者もいるだろうが、これを確信として持てる関係性が翔と紗奈の間にはできていた。

 ともあれ悠に身を守る術を教えることができた。攻撃再開の時間だ。翔は人外の表層を攻撃し始めた。人外の回復を防ぐと同時に相手を霧散させるのに必要なダメージ量を概算するのだ。先ほどの悠の救出で大幅に力を使ったこともあり使える技に制限が生まれていた。故に相手の余力を知り勝利への算段を立てなくてはならないのだ。

 手ごたえがまだまだ重い。これを霧散させるのに必要な攻撃量は、

「雷迅2発分…。」

 翔の余力を超えていた。悠によって討伐対象を知った翔は、悠によって翔一人での攻略は不可能な戦場に立たされることになったのであった。


現在時刻 午前4時40分

人外狩り残り時間 20分

ストックこれで尽きました…。書け次第続き投稿します…。

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