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3話 人外狩り初陣①

「起きろ。時間だ」

 翔の声で目が覚めた。時間を見ると午前1時。

「早くないですかぁ…。電車で15分くらいじゃないですかぁ…。」

 伸びをしながらぼやいた。早めに布団に入ったとはいえ、夕方からすぐ寝れるわけもなく寝付くのにかなり手間取った。おそらく3~4時間程度しか眠れていない。

「アホか。こんな時間に電車が動いてるわけないだろうが。こっから歩きだ。余裕も見て22時間前には出るぞ。」

 言われてみればそうだ。仕方がないので準備を始める。始めると言っても特に何帯刀するのと寝癖とかを直すくらいしかやることはないからすぐに終わる。

「準備できたぞ。」

「よし、任務前の挨拶行くぞ。ついてこい。」

 そういうと翔は1階へと向かっていった。悠もそれについていく。始めていく部屋に通されるとそこには赤と白の装束に身を包んだ紗奈がいた。悠を見ると落ち着いた顔で言った。

「形式的なものだから気負わずにやってくれたらいいよ。そこに座って。」

 翔は悠が座るように言われた場所の隣に正座していた。悠も言われた場所に正座をした。部屋の奥を見ると神棚のようなものが見える。卑弥呼が祈りをささげていそうなあれとそっくりだ。鏡ではなく刀があるのが違いだが。

「それじゃ、始めましょうか。」

 紗奈は神棚のようなそれの前に座ると深く息を吸い、パチン、と一発手を叩く。

「人外と人との共存の為!行って参りまする!」

 大きな家中に響きそうな声で言った。そして少しの沈黙。翔を見ると瞑想のようなものをしていた。1分もしないで紗奈が立ち上がると翔は眼を開ける。そのまま紗奈は部屋を出ていき、それに続いて翔が出ていった。悠も翔に続いて出ていった。

「それじゃあふたりとも、気を付けて。」

「大した任務でもねぇんだ。大げさだぞ。」

「今回は悠のサポートもあるからね~。がんばって!」

「あいよ。」

 翔がこちらを見た。

「挨拶のひとつも無いのかよ。うっかり死ぬかもしれねぇんだから挨拶くらいしとけ。

「死ぬかもなのかよ…。生きて帰ってきます…。それに死力を尽くしてきます。」

 紗奈は少し笑った。

「死なれても困るのでちゃんと生きて帰ってきてください。帰ってきたら資料の話をしましょう。」

「はい。」

 翔が玄関に向かってア歩き出した。

「行くぞ。」

「早いって~。」

 悠は翔を追いかけていく。ふたりに聞こえない声で紗奈が呟いた。

「いってらっしゃい。」


 任務開始時刻まであと1時間程度。翔と悠は廃ビルに着いた。そこは、かつて悠が働いていた職場のあった場所であった。出入り口にある社名に働いていた社名と全く同じも名がある。

「なんか奇妙な巡り合わせだな…。仕事を変えてまたここに来るなんてな…。」

 ここが元の世界だなんて根拠はないのだが、そうであれ非常に似ているから親近感は感じる。

「何立ち止まってんだ?時間はあるけど早めに現場入りしといて損はないからあんまり時間をつぶしたくないんだが。」

「ここ、昔俺が働いてたところだ。だいぶボロくなってるけど確かにここだ。」

「ここの会社なら7年前に倒産したんだがな。従業員がいなくなってから経営が傾いたんだと。従業員は少し余分に雇っとくもんだな。」

 そのいなくなった従業員は俺なのかもしれない。この世界が現世であるならば、だが。

「まぁいい。そろそろ行くぞ。マップがどうなってるのか分からないから事前に調べられるだけ調べるぞ。」

「人外はいないの?歩き回ってたら殺されたりしない?」

「人外は決まった時間でしか出ないから。4時からだ。それまでにやれることはやるぞ。」

 そう言われ入口の自動ドアを手で開く。そこにはブラック労働に悩まされていた頃に見ていた懐かしい風景があった。このまま右手の階段を上って8階まで登っていた。エレベーターは部長以上しか使えなかった。俺はなぜこんな職場にいたのだろうか。

「今回出てくるのは思念体のようなものだ、って言ってたよな?それならエレベーターには出ないと思うぜ。」

「根拠はあるのか。」

「エレベーターはこの会社でいい思いしてた人間しか使ってねぇ。不満があふれるならあっちの階段と各部署の仕事場だ。」

「いいだろう。今回はアテにしてやる。他にもあるなら言え。お前はここで働いてたんだろう。」

 働いていた頃の辛くて苦しい日々を思い返す。

「8階だ。最上階の8階が一番人の出入りが多かったし、説教や教育という名の上司のいじめなんかも8階だった。」

「各階の部屋の配置に違いは?」

「1階と8階以外は同じだったはずだ。8階は部屋分けされてなくて1階はロビーとしてエレベーターと階段があるだけだ。」

「分かった。じゃあ解散だ。」

「はい!?ちゃんと守ってくれよ!」

 突然の解散宣言に流石に驚いた。守ってもらえる前提で来ているのだから解散されては困る。

「おれが紗奈に頼まれてるのはお前の教育であって御守りじゃない。最初の課題だ。自分の身を自分で守れ。1時間でここの人外は消える。それまで気合で生き残れ。新人教育のための課題だ。」

「無茶苦茶だ!」

「そも人外に手を出してない時点でありがたく思え。お前もこれから出てくる人外と一緒に葬ったっていいんだぞ。」

「とんでもねぇな…。」

「ひとつ教えといてやる。これからここで見える俺とお前以外の人間は全て人外だ。覚悟してかかれ。」

 そう言うと翔は悠を置いて階段を駆け上っていってしまった。悠はおそらく話しても意味がないとともに過ごしたこの短い時間で理解していた。時間潰しに8階のかつての自席を見に行くことにした。

 8階についてすぐ机が無いことに気がついた。椅子は端に寄せてまとめられている。倒産のタイミングで片づけられたのだろうか。少し窓のほうに進んで立ち止まる。

「俺の席はたしかこの辺り…。」

 汗で蒸し暑かった職場を思い返す。やはりこんな職場はもうこりごりだ。今回の仕事が終わったらもう来ることはないだろう。そんなことを思いながら見渡していた。

 満足して階段のほうへ振り返ったその時、部屋は大量の人間で埋め尽くされた。


 現在時刻:午前4時00分



 とてつもなく大きな叫び声が廃ビル内で絶え間なく響いている。その根源は悠の前にいる人間であり、その奥にいる人間であり、さらにその奥の人間であり___。

「って待て待て待て待て!」

 右腕を掴まれた、と思ったら部屋の反対側まで放り投げられたのである。投げられた先からガリガリとシャリシャリと音が聞こえてくる。見れば巨大なシュレッダー。

「そこはもともと確かにシュレッダーがあったけどさぁ!」

 デカすぎるだろう!そう心の中で叫んだがそれどころではない。あのシュレッダー機、人間も余裕で入る隙間をしている。この投げられ方からしてこのままだとシュレッダーにかけられる。

 そうであってたまるか。ありえないほどの人間の上で帯刀していた刀を取り出す。投げられてはどうしようもない。シュレッダー機を破壊することに全力を注ぐ。

「でいやぁ!」

 シュレッダー機にかけられる直前に刀が機体にあたった。それと同時に機体黒いモヤを出しながら霧散した。

「は?」

 突如現れた人間たちは一瞬の沈黙。そして絶叫する。

「かさりろれー!」「へじこれに!」「かろぎかさりろれるよえひにうはの!」

 明らかに50音からの発音であるのに文法、というか言葉がおかしい。

「何だこいつら気持ちわりい!」

 そういったとき彼らが悠を見た。その目には怒りとか恨みとか、そういうものが宿っていて。ぎゃぁぁぁあああ!と叫ぶと同時に一斉に襲ってくる。

 体の自由を奪われることを警戒して距離を取ろうとしたが、人が多すぎて自由に動けない。右からの殴打、左足の踏みつけ、真下からのアッパー。とんでもない力叩きつけられ怯んだところ宙へと投げだされる。想定以上の痛みと展開であったが、宙に投げ出されたことで状況を整理する瞬間ができた。少なくともここではあまりに丸腰である。一度安全を確保できる場所に退避したほうが良い。

 階段までおよそ10メートルのところで着地。体当たりで階段までの道のりの打破を試みることする。


 現在時刻 午前4時5分

 人外狩り残り時間 55分


 翔は7階の奥の部屋で短刀を振るっていた。数が多いであろう8階に近い階で待機し人外の出現とともに8階に突撃する予定であった。7階を事前に攻略するのは下の階から上がってくる人外の入れる場所を作り8階の敵数が増えるのを防ぐため。8階さえ攻略してしまえば階段で上から順に攻略すればよくなる。

 そういう目論見でいた翔だが、あり得ない敵の数にその計画は難航していた。

「思ってたよりも構成してる感情がつえぇな…。いったいどんな環境だったんだよここは…。」

 翔からしてみれば数こそ厄介ではあるが問題のある相手ではない。だから普段はこの程度の敵ならば強さなど思考の片隅に置くことさえない。ではなぜ今日は言葉に出るほど考えているのか。それは昨日であったばかりの堕天使のせいである。

 人外に如月家の刀は効果てきめんだというのが翔の知る人外であった。これまで幾度となく人外を狩ってきたがダメージが通らなかった相手はいなかった。元締めクラスであっても唯一痛手を負わせることのできる刃として存在していたのだ。しかしあの堕天使には傷ひとつ負わせることはできなかった。それが如月家の力を否定されたようで無性に腹立たしかった。それと同時に焦りもあった。自分が如月家の名前に泥を塗ってしまうのではないのかと。

 それを紗奈は仲間として、家族として受け入れると言った。それが非常にやるせなかった。紗奈にうまくやるように期待されているが少なくとも今は無理だ。信頼が置けない。だからしばらくは預けさせてもらうこととした。

「こういうところで嘘をつかねぇあたりがよく分からねぇんだよな…!とはいえ少しまずいな…。」

 翔は『人外狩り』のベテランである。短剣を振るいながら違和感に気がついていた。討伐数は秒読みで増えていくにもかかわらず敵がほとんど減っていないことに。

 倒せば本来は黒いモヤを伴って霧散する。しかしここではどの人外も完全に霧散する前に再び凝結し実体を取り戻している。これは元締めクラス人外や相当強い負の感情からしか生まれることはない。もちろん凝結を繰り返しても少しずつ霧散していく。問題はこの手の敵は1体の討伐にかかる時間が雪だるま式に増えること。

「時間はあまり残されてない。手数を増やすか。」

 翔の瞳が美しい紫へと変化する。


 現在時刻 午前4時10分

 人外狩り残り時間 50分


 悠は一進一退を繰り返していた。何発か殴られもしたが、予備動作が分かってきてからそういうことは無くなった。が、人波を無理やり突破することはできていない。8階の人口密度が大きすぎて身動きを取るだけで精一杯なのだ。

「この狭さでよけられてる自分の戦闘センスに感動するほどなんだがなぁ!」

 正直なところジリ貧としか言いようがない。いくらうまくよけられているとはいえこのままではやがて殺されるオチが見える。このまま防戦一方なのは結構まずい。任務は仮に達成できなかったとしても翔からの課題は達成しなくてはならない。じゃないと死ぬ。天使だからもしかしたら死なないかもしれないけど、少なくともメンタルは死ぬ。

 腰につけていた刀が人にぶつかって飛び出す。

「あぶねぇ!よけろ!」

 いくら襲ってくるからとはいえ刀で傷つけるのはマズい。大声で危険を呼び掛けたその刹那、ある人に刃が当たり、黒いモヤを出して霧散した。

「は?」

 そのまま剣は勢いよく滑っていき、触れた敵全てを霧散させる。急いで剣を回収し、剣の通った道のりを確認する。そこにいた人の実態は消えていた。その確認と同時に霧が集まり再び実態を表す。

「何だこいつら…人間じゃないのか…?」

 翔の言っていた言葉を思い出す。ここにいる翔と悠以外の人間は全て人外だ、と。悠は今それを目の当たりにした。これが人外。これを狩るのが『人外狩り』。仕事の全貌を理解する。

 人の感情から生まれる実害のある思念体を間引く世界の均衡のための仕事だったのだ。人型を切るのには覚悟がいる。だがそれでも立ち向かわなくてはならない。これらはきっと、やがて世界に悪影響をもたらすものだから。

 翔の説明を身をもって理解した悠は刀を構える。身を守るために。この人外を鎮めるために。


 現在時刻 午前4時15分

 人外狩り残り時間 45分


 如月家には継がれてきた戦い方が多く存在している。その戦闘術は幅広いもので、渾身の一撃を叩きこむための力の込め方や相手を騙すための足づかいなど多岐に渡る。翔はその戦闘術を学んだ数少ないもののひとりである。根本的な本人の素質を必要とするその戦闘術は生まれつきその素質を持つ如月家以外で習得できるものは限られる。翔は限られた側の人間であった。身に着けたのは移動術である。与えられるダメージこそ低いものの、圧倒的な手数によってそれを解決する。その特性上、一撃で仕留められる人外のみの戦場では独壇場となる。

 おおよそ7割ほど倒したところで翔は一つの傾向を見つけていた。個体差はあれど復活回数は3~5回程度だというもの。戦場を複数回駆け回ったことで復活回数の少ない敵や最初に攻撃していた人外はいなくなっていた。

「多少残っちゃいるけどまあそれなりに数も減ったし十分だろ。8階行くか。」

 戦闘術の使用をやめて階段へ向かう。当たり前だが戦闘術は身体への負担がある。必要ない場面でまで使うのは今後の戦局に関わる。戦闘の疲労を癒しながら向かっている時におかしなことに気がついた。下の階からの叫び声が聞こえず、この階の人外も攻撃をしてこない。思念体は感情から生まれる以上、相当上位のものでもなければ思考力を伴わない。だがこれはまるで___。

「なんだこりゃ…。」

 階段の前にたどり着いた。そこには、満員電車ですら比較にならないほどの人外でギチギチに詰まった集団であった。

 この状態の敵に攻撃することは死を意味することを翔は知っている。攻撃をすれば人波に飲み込まれて圧死する。だが放置は『人外狩り』を担う者としてあってはならない。これらに一歩踏み出すことができるからこそ、人外を狩ることを、ひいては世界の均衡を守ることを担える。それができなければ、紗奈の仕事を手伝うことすらならない。

「強行突破。8階まで全力で駆け抜ける。お前ら全員上位思念体なのか、それとも元締めがいるのか、どっちだ?」

 再び目に紫の輝きを灯し短刀を構える。その構えはあの堕天使に叩き込んだ渾身の一撃と同じもの。

「雷迅。」

 翔が今日一番の速さで人外の中を駆け抜けた。


 現在時刻 午前4時20分

 人外狩り残り時間 40分

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