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2話 堕天使だそうで

意識が戻り全身の感覚が一気に戻ってくる。どうやら仰向けに寝ているようだ。体に違和感はない、というか今までで1番良いように感じる。どうやら無事だったらしい。安堵に胸を撫で下ろした。

無事だったとなれば状況確認をすべきである。急激な光は目を痛めそうだからゆっくりと瞼を開く。そこに映るのは____

「なんだぁお前。気色わりぃな。」

____2本の短刀を振りかぶった、若い男であった。

危険を察知して咄嗟に身を翻す。その刹那、悠の右の鎖骨に短刀が叩き込まれた。目を瞑り、自分の身を案じた。が、鎖骨に対する痛みのみでありそれらしい外傷など微塵もない。

「だあぁ!なんなんだよお前は!」

男は攻撃と同時に一度距離を取った。が、着地をするやいなや瞬きの間もなく間合いを詰め徹底的に急所への攻撃を始める。その表情には明確な怒りが見えるが、怒りのみなのか、と言われたらおそらくそれは違う。それが何かまではこちらの知り得るところではないのだが。

悠が状況の整理を進めている間、男の攻撃は一瞬たりとも止むことはなかった。一時的に離れようとも雷鳴の如く間合いを詰めこちらに反撃の余地を与えない。攻撃の精度は非常に高く、気を抜けばひとたまりもない打撃ばかりだ。その上短刀に何か付けているようで攻撃の仕方が普通ではない。一撃一撃に対して丁寧な対処を求められた。しかし悠はこれをバックステップのみでいなしていた。体の調子がよいという直感に誤りはなく、自分でも信じられないほどの身体能力をもって男の攻撃をいなしていった。

30歩ほど下がったところで足に何かがぶつかった。壁である。後方への回避を封じられた。男は一度飛んで距離を取りながらこちらを見ている。そのとき彼の黒い瞳が明るく透き通った紫に変わり輝いた。

危険信号が再び鳴り出す。が、男は防御のための時間を与えてはくれない。着地をすると同時に、今日1番のスピードで悠に接近した。

「雷迅。」

彼の持つ短刀は悠の胸を打ちつけた。しかし悠にダメージはなかった。男は目を見開きながら距離をとった。

「マ〜ジでなんなんだぁ?こんなこと今まで一度もなかったじゃんよ。あーどうしたもんかねぇ〜。かみおにぬやあゆ!」

男の意図が全く読めなかった。意思疎通ができれば何か分かるかもしれない。

「あの、なんで攻撃されてるのか分からないんですが!敵意はないので手を止めてもらえませんか!」

「人の言葉を話す人外…?」

男は短刀を落とし、その場にしゃがみ込んでしまった。先ほどまでの勢いはもうなくなっていた。

「あの、どうしました…?」

「お前は誰だ…?人ではないし普通の人外でもない…。お前は人でなしか…?」

人でなしと言われた。実際天使だから誤りではない。とはいえ普通の人外とは何なのか。

「こんなんだけど一応天使だよ。伊藤悠って名前があるから悠って呼んでくれ。」

「答えろ。お前の目的はなんだ。」

友好的に会話をしたいところなのだが相手の警戒が解けない。この場所について聞ける相手はこの男だけだから関係性を築いておきたい。

「俺は天界で穴に落ちて気がついたらここにいたんだよ。目的とかそういうのはないよ。」

「そんなんで俺が信じると思ってんのか!?ふざけんじゃねぇよ!」

「本当にそうだから参ったなぁ…。どうしたら信じてもらえるのやら…。」

 そういったところで男は黙り考えを巡らせ始めた。

「嘘じゃねぇんだってんならついてこい。じゃなきゃ仲間を呼んで、意地でもお前をぶっ殺す。」

「もちろん。」

 男には男で考えがあるらしい。こちらはまずは警戒を解くことから始めよう。結果的にどうなるにしろ、関係性を築いておくことに損はない。天界に戻る方法も探したい。そのためにもこの世界について知っておきたいのだ。


 男についていく間、男は一度も口を開かなかった。こちらの言動に最大限の警戒を払いながらどこかに向かっているようだった。悠としてはどういう場所なのかも聞きたかったし男の名前も聞きたかったのだがこうも頑なな態度をとられるとそうはいかない。仕方がないから景色を見ながら歩いていた。それはかつて自分が生きた現世と酷似した懐かしさを感じるものであった。

 道路があり、歩道があり、そこを車や人間が歩いている。信号は赤と青で歩行者向けの信号の絵だってそっくりだ。もしやここはかつて生きたなのだろうか。しかし似た別の世界という可能性も大いにある。要・調査、といったところだろうか。

 15分ほど歩いたところで男が立ち止まった。その前には一軒家2つ分くらいの大きさの家が建っている。この時、先の戦い以降口を開かなかった男が口を開いた。

「ここだ。ついてこい。」

感情の読めないトーンで続けて言う。

「何か妙な真似をしたら殺す。ここにいるのは俺だけじゃねぇ。」

そう言うと男は敷地の中へ入っていった。悠もそれについていく。石畳の通路を進んで行き、玄関まであと数歩と言ったところで家の陰から大きなため息がした。

「翔…。私は人外を連れ帰れなんて指示した記憶はないよ~!何してんの~!」

「チッ、ババアか。」

男が顔をしかめる。男の知り合いのようだ。舌打ちとともに出た言葉には諦めのようなものを感じる。

「ババア!急用だ!話がある!いったん来てくれ!」

「大した用じゃなかったら勘弁しないから!分かってるよね!」

屋根から女が飛び降りてきた。長い白髪一つに縛って運動着を着ている。力強い目と運動着越しでも分かるほどの鍛え上げられた屈強な肉体だ。到底ババアと呼ばれるような歳には見えない。彼女はこちらをジロリと見た。こういう時は挨拶をしたほうがいいだろう。

「はじめまして。伊藤悠と言います。お騒がせして」

「こういうことだババア。俺には対処しきれなかったからババアに後を任せたい。」

自己紹介を遮るように男が話す。女は

「ああ、そういうことね~。中に入りな~。詳しい話は中で聞くから~。」

男と女は建物に向かっていった。どうしたらいいのか分からず立ち尽くしていると女が振り返った。

「何してんの~。あなたについて話すんだからあなたも来ないと~。こっちよ~。ついてきて~。」


 家の中に入ると大広間のような部屋に通された。男は常に警戒の目でこちらを見ている。女はお茶を淹れに行くと言って別室に行ってしまった。ついさっきまで殴り合っていた身としては気まずい以外なんでもない。

「お前は何者なんだ。」

男が静かに聞いてきた。これまでのような怒りに任せたものではない。真剣に聞いているのが分かる。

「俺は天使だ。天界からやってきた天使だ。そろそろ信じ」

 男が一瞬で詰め寄り首元に刀を突き付けた。

「つまんねぇ嘘つくんじゃねぇ。天使なんているわけがねぇだろうが!お前は何者なんだよ!」

「天使だって言ってんじゃん!信じてもらえなくても事実なんだから仕方ねぇだろ。」

「本当のことすらいえない人外を外に出すわけにはいかねぇ。しばらく幽閉されるのは覚悟しとけや」

「いや、だから俺は」

 その時部屋の扉が開いた。入ってきたのはさっきの女だ。お茶とファイルをいくつか持っていた。

「翔~その辺にしときな~。もしかしたら本当かもよ~。」

女は席に着くと男と悠にお茶を出した。

「伊藤悠、だったかな~。とりあえずこのバカが迷惑かけてごめんね~。ちゃんと話も聞くから勘弁して~。」

 ほんわかした雰囲気だった。男よりも話になりそうだ。この男のほうは頭ごなしに天使を否定してくるのだからやっていられない。

「それで君は天使というのは本当~?」

「そんな奴の言うことなんて聞く必要ねぇだろ!消し去っちまえば良いんだよ!」

 女がため息をした。この男は会話する気はないのか。女も同じようなことを思ったらしい。

「翔。そういう時じゃないよ。」

 さっきまでの柔らかい雰囲気とは打って変わり鋭い語気の言葉だった。男も委縮し黙ってしまった。

「それじゃ~改めまして~。君は天使というのは本当~?」

「そっか~。それじゃあ君の名前は生前のものかな~?」

 翔は思わず立ち上がる。

「なんで知ってるんだ!?」

女は部屋に入った時に持っていたファイルを机に乗せた。

「これはね~、今まで確認された堕天使たちの資料だよ~。堕天使たちは~、私たちの使っている武器ではダメージが出ないって共通点があるの~。」

 男がピクリと反応した。考えを巡らせているようで視線が上を向いている。

「私は君が天使、というか堕天使だと思ってるから~建設的な話をしたいな~。」

「ババア、ダメージ通らないから天使だってのは少し安直すぎだろほかにも似たよな人外のひとりやふたりいるだろ。」

 男が女に言う。どうやら二人で意見が違っているらしい。女の意見のほうが都合がよいから頑張ってほしい。男の意見通りに進んだら殺されてしまう。

「私たちの武器でダメージが通らないなんて天使だけだよ~。過去にそんな事例はないし~、人間だって普通に出血するんだから~。」

「そうかよ。」

 男は悔しそうに黙った。

「それでね~君に頼みがあるの~。私の子供にならない~?」

 女は子供にならないかと提案をした。子供なんて今からなれるものではない。なるメリットだってこちらにはない。男は驚きで言葉を失っていた。

「あ、もちろん義理の子供だよ~?うちには『人外狩り』っていう家業があってね~。今は私が継いでるんだけど~。人手が足りなくて困ってるの~。堕天使は人外にダメージを与えられるってわかってるから協力してほしいの~。」

 家業の手伝い?そのために力を貸してほしい?残念なことにそもそもその力に心当たりがない。断るしかないだろう。

「そんな力俺にはないからちょっと…。」

「道具への適正だから気にしなくていいよ~。そう、子供になってくれたらこれまでの堕天使の情報を教えてあげるよ~。君が望むような情報があるかは分からないけどね〜。」

「やらせてください。」

 即答した。天界に変える手段が分からない以上手がかりを探す必要がある。目の前にそれがあるのにやすやすと逃すことはできなかった。

「それじゃあ決まりだね~。私は如月紗奈っていうの~。翔がババアっていうけど普通に大学生だから~。よろしくね~。あ、呼び捨てでいいからね~。」

「ババア、ちょっと待て!そんな簡単に信じていいのかよ!家族になるってことは一緒に暮らすってことだろ?そこまで信用できるほど一緒に過ごしてないぞ!」

「生活の術もない上に現状を把握することもできない人が~変なことをすると思う~?そもそも戸籍も無いから行く当てもないし~ほっといたらこの堕天使野垂れ死ぬよ~。」

 男はなにも言い返さなかった。こういう話は紗奈が常に優位なようだ。

「そんなことより~翔はこの堕天使に自己紹介したの~?ちゃんとしなよ~。あと失礼したことは謝ること~。」

「橋本翔だ。お前と同じようにこのババアの義理の子供だ。同い年だけどな。お前に信頼を置いていいと判断するまで謝るのは預けさせてもらう。」

紗奈は翔を睨んでいたが、翔はあからさまに目をそらしていた。喧嘩したり雰囲気が悪くなったりしないあたりこういう形の関係性なのだろう。紗奈はまたため息をついた。翔のせいで幸せがかなりの量逃げてたりしないだろうか。

「まぁいいわよ~。ひとまず仕事の話ねぇ~。」

「場所と内容は。」

 翔の雰囲気が変わった。真剣なまなざしをしている。

「都内の廃ビルで深夜に現れる人外を狩ってきて~。」

「あいよ。おい悠、俺が離れてる間に妙な真似すんじゃねえぞ。」

「あ、はい。」

そこで紗奈がクスリと笑った。翔と悠をそれぞれ見たあとに言った。

「今回は翔と悠のふたりで言ってきてね。

 一瞬の沈黙。そして、

「俺がこいつの手綱握って面倒見ろってか!?できるわけねぇだろ!」

「僕まだ仕事の詳細すら聞いてないんですが!?てか翔は兄貴みたいなもんなんだから面倒くらい見ろよ!」

「誰が兄貴だ!誰が!」

「そうだなー!お前に兄貴は無理があるよなー!話聞けないもんなー!」

「何だと!?そもそもお前が天使なら生きてる期間はお前のほうが長いだろうが!」

 悠と翔で言い合いが始まる。早々に共同で仕事をするという話題はどこかへ行き些細な内容での言い争いへと変化した。お互いがお互いを罵り合い始めたところでパンパン、と手をたたく音がした。

「お互い仲良くすること!家族として過ごす以上絶対のルールとします!兄貴とかそういうのないから!翔はしばらく仕事の時は悠の面倒を見ること!悠は早く一人で仕事に行けるようになること!分かった?」

「「はい…。」」

 いかにもお母さん、という感じの采配により無事言い争いは終わった。如月紗奈はお義母さんである。


「で、どういう仕事なのか教えてくれないかー?」

 紗奈に物置きに残っている武器を使っていいと言われ、翔と取りに来た。さっきから物置を漁っていて返事をしてくれない。

「これだ。持ってみろ。」

一つの何の変哲もない剣を渡された。

「軽い…。」

「普通の剣とは違うからな。人や動物も切れるけどそういうのは鉄剣なんかに劣る。これは如月家が代々使ってる人外に効果てきめんの特殊な素材だ。それが何なのかは俺も知らなけどさ。お前は全く切れなかったんだけどな。」

試しに自分の指に当ててみたが全く切れない。物が当たっている感覚があるだけだ。

「これを俺に当てたら普通に切れる。紗奈でも一緒だ。お前が特殊なだけだから周りの奴に刃を向けたりすんなよ。」

「分かった…ってかババア呼びじゃないのか。」

「あれはあいつの前だけだ。あいつの前で紗奈呼びはちょいと難しいな。」

 何か特別な理由があるのだろうか。特殊な環境のようだしきっと何かあるのだろう。

「ババア呼びしなきゃいけない理由があったり…?」

「無いぞ。信用の置けない奴に理由は教えないからな。」

 普通に話していたから翔の警戒が薄れたのでは無いかと思ったがそうもいかなかった。冷静に考えるならこんなすぐに警戒が薄れるわけもないわけだが。

「仕事の内容の話だったな。お前妖怪とか怪異とかそういうのは知ってるよな?ああいうのは普通に存在してて俺たちとは別の世界線で暮らしてるんだ。」

「天使もその一部か?」

「そうだ。んで、時々そういうのが人間界に現れては掻き回そうとする。だからそういう奴らを処理していく。『人外狩り』ってのはそういうことだ。これを如月家は遥か昔から代々担ってる。長すぎてもう何代目かすら分からねぇらしい。」

 翔が攻撃してきた理由が分かった。人外が出たから倒しにきた、それだけなのだろう。

「あれ、じゃあなんであの時突然攻撃しなくなったんだ?」

「人外が人間の言葉喋るわけねぇだろ。喋った時点で普通じゃねぇんだよ。攻撃も通らねぇし。」

なるほど理解。これから仕事で『人外狩り』をする時はぜひ参考にさせてもらおう。同じ境遇の仲間が見つかるかも知れない。

「それじゃ仕事の話だ。」

玄関に向かって歩き始めた。

「場所は渋谷の廃ビル、時間は午前4時。仕事内容はかつてこの廃ビルで働いてた者たちの苦しみなどから生まれた人外の掃討。思念体なんて言われたりするやつだ。」

「朝4時…!」

仕事の時間の早さに卒倒する。朝4時からなんて仕事はなかなか見ない。ブラックなんじゃないだろうな?

「敵が出る時間に合わせるしかないんだ。この仕事のキツいところだがそれは頑張れ。その分時間は短いし給料もいい。後日元締めの討伐があるからその支配下にあるだけのこのビルは放置してたんだが、人外が増えすぎて溢れそうになったから数を減らしにいくんだ。狩尽くさなくたって問題ない。初仕事向きだ。」

玄関のドアを開けて家の中に入る。

「それで日付は…?」

翔は振り返って言った。

「明日だ。だからもう寝るぞ。」

「まだ夕方の4時なんですが!?」

「任務まで12時間切ってるんだ。準備も含めたらいい時間だろう。寝るぞ。」

翔はそういうと2階に行ってしまった。

「俺も寝るか…って言っても部屋ないじゃん!」

これでは寝る場所がない。このまま休むことなく任務に行くしかないのだろうか。初仕事で睡眠不足は地獄でしかない。この後の展開を予想してげんなりしていたところ、

「悠の部屋用意できたから使っていいわよ〜。2階の1番奥の部屋ね〜。」

「あ、はい!」

 紗奈は翔よりも気が回るようで助かる。階段を上り一番奥の部屋にのドアを開けた。

「なんでお前と相部屋なんだよ…。」

そこには頭を抱えた翔がいた。

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