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1話 天使となる

見切り発車の初投稿です。よろしくお願いします。(展開は作ってあります)

 伊藤悠の人生は踏んだり蹴ったりの人生であった。勉強すればテストでケアレスミスや書き間違いを多発し伸び悩んだ。運動すればすぐに怪我をした。彼女ができたことはない。就活も人一倍努力したが内定をもらえたのは時代錯誤としか思えない労働環境の1社のみ。日の出とともに働き月が完全に昇りきってから帰路に着く。休みは週に1回あるかないか。そのうえ安月給である。だが、他に雇ってくれる会社もないためこの会社で仕事を5年も続けていた。

 しかしこんな仕事で持つはずもなく限界を迎えた。今日初めて、仕事を無断欠勤したのだった。

「サボるぞぉ!」

 賃貸だから、お隣さんに迷惑をかけないよう小さな声で叫んだ。今週の仕事は全部サボると決めたのだ。職場からの連絡など知ったものではない。サボると決めた今、俺は無敵なのだ。働きすぎて毒されたのか、少し動悸が激しいような気もするのだが。


 仕事のせいでできなかっただけで、やりたいことはたくさんある。まずはゴロゴロしながらゲームをしたい。早速ベッドに突っ伏しスマホゲームを開く。いつもデイリーをやるだけで限界だったゲームのストーリーが今日はできる。満足感が桁違いだ。休みが全然なかったから睡眠不足だがストーリーを進めたくて仕方がない。勇者とともに魔王を倒しに行くありきたりな話だが、今はそれをやりたくて仕方がないのだ。

 ゲームを始めてしばらくするとだんだん瞼が重くなってきた。ストーリーを進めたいので眠気に抗いながらゲームをプレイしたが、長くは持たず10分程度で寝落ちしてしまった。


 目が覚めると部屋は真っ暗になっていた。スマホを見ると充電残量10%の警告が出たまま4%になっている。寝落ちしたのだと気がついた。稀にある1日休みであれば絶望の淵に立たされることになっているのだが今回は違う。1週間休むと決めているからだ。あと6日も休むのだから何ら問題はない。不思議な高揚感に任せて夜中ではあるがコンビニに夕飯を買いに行くことを決めた。寝癖はそのままでもいいだろう。


 上着を一枚羽織ってコンビニに向かった。バランスの良い食事をした方が良いのだろうが、今日は不健康な食事をしたいのでその欲求に従うこととする。夕飯はラーメン2杯と唐揚げ弁当にした。飲み物はコーラ、サイダー、牛乳の3種類。デザートにマドレーヌとアイスも買ってレジに向かった。レジ横にあった大福も目が合ったから買うことにした。

 帰り道、悠はアイスを齧りながらのんびりと歩いていた。

「イチゴ味も買ってもよかったかもなぁ…。安月給だからたいした貯金があるわけじゃないけどこれくらいなら全く問題ないし。たまにはこういうのも悪くないねぇ~。」

 そんなことを呟きながら曲がり角を曲がった瞬間。クラクションの音が響く。正面からトラックが突っ込んできていた。突然の出来事に対応できるわけもなく、トラックに悠はひかれた。

 全身を地面に打ちつけたから痛いはずなのだが、驚きのほうが大きいからかあまり苦しさはない。悠は色々と考えを巡らせた。


 あれ、これもしかして死ぬやつですか?トラックの方に視線を向けると走り去ってしまっていた。おいちょっと待て。トラック引いたのに逃げるな。ひき逃げはダメだぞ。声は出ないから引き留めることもできずひとりで路上に取り残された。

 この瞬間、世界に対して世界の儚さのようなものを感じとった。世界ってこの程度のものだったのだろうか。俺はいままでこの世のすべてに対して、過剰なまでの要求していたのではないだろうか。それはなんともよろしくないような…。

 こうして悠は死を目前にして悟りを得た。


【死因】失血


 *****


「おや!目を覚ましましたか!」

 目を開けると白くふわふわした柔らかい雰囲気の街の中にいた。

「ん…。ここ…どこだ…?」

「目を覚ましてくれて何よりです。お腹も減っているでしょうし、ひとまずご飯を食べませんか?詳しいことは食べながらお話ししますよ。」

 テーブルに誘導された。そこには美味しそうな料理がたくさん並んでいた。悠は促されるままに席に着きご飯を食べた。おいしかったのだが状況が状況なだけに味が霞んでしまう。流石に急展開すぎたのだ。

「申し遅れました。僕の名前は春川洋です。」

「あ、俺は伊藤悠です。それで俺はなんでこんなところに…?」

「悠さん。あなたは死んだのですよ。」

 死んだらしい。死んだ…死んだ!?

「え!?俺、死んだの!?」

「そうですよ。それでここは解脱した人だけが住む天界です。ようこそ。」

「解脱…?」

「解脱というのは現世で死ぬたびに次の体に魂が乗り移る輪廻から外れることですよ。きっと真面目に生きていたのでしょう。そして人生が終わるまでに悟りも得ていたのでしょう。それであれば解脱するには十分です。今、魂が解脱状態なのですよ。」

 悟りを得た自覚なんてない。死ぬ時たまたま悟りを得て、解脱したということだろうか。少なくとも意識戻ってきてからは煩悩いっぱいなのだが大丈夫なのだろうか。食べられなかったラーメンとかマドレーヌとかのことを考えると悔しくて仕方がない。

「体調は大丈夫ですか?大事はないと思いますが、目を覚ましたてですから何かあったら言ってくださいね。」

「多分大丈夫。ありがとう。でもなんでこんな風に対応してくれるの?」

「そうしたいからしている感じです。特別な理由はありませんよ。」

「すごいなぁ。俺なんて生きるので精いっぱいで何にも。」

「ここであなたの理想を目指してみては?」

「うまくいく気がしない…。」

 踏んだり蹴ったりの人生を散々送ってきたからもうあまり自分に期待するのは控えている。それなりに落ち着いたら満点をつけていた。洋はそれを汲み取ったかのような話を始めた。

「私たちは現世でいう天使なのですよ。天使に寿命があると思いますか?」

「ない…かも?」

「そうです。死は直接的に存在しないのです。私たちが死ぬのは心の底から死を願い、しかるべき手段を執った時だけなのです」

 死からの解放ということらしい。実際、ここに来てから見た景色はどこも天国と表現されそうな雰囲気があった。

「そういうわけで、理想をゆっくり追えますから、無理なくゆっくり目指してみてはいかがですか。」

 生前は安月給でハードな仕事ばかりの毎日で散々だった。せめて高給取りであったならば。

「俺は高給取りになりたいです。」

 そう告げた後、煩悩まみれの発言に洋は呆れるのではないかと思ったが、そんなことはなく優しく笑って言った。

「であればこのあと就職案内所まで案内しますよ。少し休んだ後に行きましょう。」


「着きました。ここが就職案内所です。」

「す、すげぇ…。」

 ご飯を食べ終え少し休んだ後、洋に連れられて就職案内所までやって来た。大きさは一軒家程度のもので、高層マンションや東京タワーを拝むような現代人を怯ませるような大きさではない。では何がここまで悠を驚かせたのか。それは素材である。

「すごいでしょう。全部大理石で作られているのですよ。住民の生活環境の確保は天界政府の重要な仕事だから就職案内所の建築にも力を入れているのです。」

「こんなデカさの大理石なんて見たことねぇや…。」

「悠さんはここで少し待っていてください。受付で話をしてきます。

「俺は行かなくて平気なの?」

「大丈夫ですよ。少し待っていてください。」

 そう言うと洋は振り返って受付に向かった。そのあと1分もしないで戻ってきた。

「あまり良さそうな仕事はありませんでした。どこも給料が微妙でしたね。」

「そんな一瞬で分かるものか?」

「私は就職関係の仕事をしているのです。おかげで聞きたいことはすぐ教えてもらえます。一番給料が高い仕事でも微妙でした。」

 この世界の物価を知らないから何とも言えないが微妙なそうだ。一度就職して転職のほうが良いのだろうか。面倒ではあるが仕方がない。

「悠さん、一つだけ私から紹介できる仕事があるのですがどうでしょう。ここにあるどの仕事よりも高給なことは保証できます。その代わり仕事はハードなのですが。」

 仕事がハードなのは大変だが給料がしっかりしているなら十分だと思った。現世であのブラック労働に耐えてきたことで多少ハードな程度なら平気だろうという打算があった。

「紹介してくれ。頑張るよ。」

 こうして職に就いた。業務内容は天界住民のサポートである。


 就職してから5年、大きな変化もなく働いていた。どうやらここはツテがないと入れない職場のようでここで働けているのは洋のおかげだったりする。洋は一体何者なのだろうか…。

 給料は非常に高かった。洋は要望を最大限の形で叶えてくれたと自信を持って言える。ただ一つ大きな問題があった。労働時間が現世にいた頃より多いのだ。働いて分かったのだが天使は疲れない。だから天界の法律に労働時間の規定はない。全て契約の内容に則る形になる。結果、不眠不休で5年も働くことになった。

 このままでは現世にいた頃から何も変わらなくなってしまう。それは断固拒否をしたいと心の底から思った。そこでなぜこんなにブラックなのか調査することしてみた。政府発表の資料をわずかな隙間時間を駆使して調べたが、めぼしい情報は得られなかった。もう仕事を辞めるしかないのか。そう頭を抱えていた時ところにヒントはやってきた。課長が「人で増やしてほしい…。そもそも天界の人数自体少ないから難しいんだろうが…。」と呟いたのだ。灯台下暗しというのはこのこと。この労働環境の原因は人手不足、というか人口不足だったのだ。


 この気づきを活かして起業することにした。現世の人々を解脱するように促し天界に来たら仕事を紹介する仕事だ。紹介してもらった仕事を辞めるので洋さんに挨拶に行った。

「洋さんせっかく仕事を紹介してもらったのにやめることになってしまってすみません」

「あの職場はどうだった?」

「給料はすごくよかったです。めちゃくちゃ忙しかったですけど…」

 そう言ったところ洋は笑っていた。

「あの時紹介できる1番給料の良い仕事だったんだよ。すごく大変だからすぐ変えて欲しいって言ってくると思って他の仕事も探していたんだけど…。まさかこんなことになるなんてね。」

「生前はブラック企業に勤めていたもので…。疲れないだけ楽だ、何て思ってしまって…。」

 洋は笑っていた。

「それでどんな企業を作るつもりなんだい?」

「現世から来る人を増やして天界の人口を増やそうと考えています。」

「それができたら最高じゃないか!応援するよ!せっかく起業するんだ。頑張っておくれ。いざという時は頼ってくれていいよ。」

「洋さんなんだか今日は語気が柔らかいですね。」

「悠が仕事をやめるなら上下関係は無くなるということだろう?ならもう僕らは友達じゃないか。呼び捨てにしてくれてかまわないよ?僕も君を呼び捨てにすのるからね。」

「上下関係が消える?えっと、前から思ってるんだけど洋さん、いや洋は何者なの?いつもまえからそういうことを自信満々に言ってるけど。」

「私は天界の福祉担当の大臣だよ。」

「大臣!?」

 悠の叫び声が響いた。

「企業応援してるよ。解脱する人を増やすとなると現世干渉の許可が必要だよね。僕に任せてくれ。」

 後日、厳しい条件下ではあるが現世干渉の許可が下りた。そこには洋の力添えがあったとかなんとか。


 悠はついに起業した。社名は『TUGEDAYA』。いざ経営を始めると大きな問題に直面することとなった。解脱を外部から意図的に引き出す方法が分からないのである。創業メンバーの一人にして唯一の現世干渉技術を持つ男でもある綾瀬晴翔と二人で半年以上頭を抱えていた。

「社長。何かアイデアはないですか…。現世干渉はできますけど何をしたらいいのか分からないと何も…」

「アンケートでどうやって来たか聞いたけどみんな自発的に悟りを得ていて状況もまちまちなんだもんな…。さすがに参ったよ…。」

「そうは言っても早く方法を見つけないと許可期間終わっちゃいますよ。社長はどうやって来たんですか」

「トラックにひかれてそのまま…。」

「それでいけそうじゃないですか!社長の来た方法がヒントですよ!詳しい話を教えてください!」

 それから当時の状況や感情、身体の損傷などを事細かに聞かれた。これでうまくいくのか疑問であったが、1週間後初成功の知らせがあった。こうして経営は無事軌道に乗り始めた。


 経営が始まって3年が経った。俺の悟りの得た方法を切り口に解脱の方法を開発することに成功したことで、一つ業務が確立した。一つ確立したからと言ってそれにあぐらをかかないよう事業を始めることにした。今日はそれの本格的な事業開始日だ。

「今日は天界にやってくる人たちに向けた街までの道を作ります!ところどころ穴が開いていて落ちると何があるか分からないので十分に注意するように!」

 現場監督の綾瀬さんの言葉に社員が「はい!」と返事をする。大変なことも多かったが経営は軌道に乗ってうまくいっている。もう一企業の社長になっただけあって仕事らしい仕事をする必要もなくなりゆったりと過ごせるようになった。今日はこのあとの社長挨拶をしたら、食事会に行ってその後は退勤するだけ。かつては考えらなかったほどホワイトである。もちろん従業員にも現世の頃の労働基準法をきちんと守らせて労働に支配されないようにしている。

「次は社長挨拶です」

 司会が次は社長挨拶と言ったので従業員の前に出た。

「えーみなさん!自分のことを大切にできる程度に、お仕事しっかりお願いします!新たにここへやってくる仲間たちのために頑張りましょう!」

 あまり長々と話すタイプではないし、特別話したいことがあるわけでもないから挨拶はこれで切り上げ自分の席に戻る。席に着くと司会が閉会の挨拶と作業開始の指示をした。グループが既に作られているようで、皆各々のグループに分かれて作業を始めている。新たな挑戦のはじまりだなぁと眺めていると、「社長~。帰り道はこっちですよ~!」と綾瀬さんに呼ばれた。3年も一緒にいると中も縮まるものだ。

「社長はすごいなぁ。なかなか現世と天界を繋ぐ道で事業を展開なんて考えませんよ。」

「そうか?それよりも綾瀬さんの技術の方がすごいと思うんだけど」

「謙遜はしなくていいですよ。社長はすごいんですから。」


 そうやって中身のない話をしていたところ、片足地面を踏み外し、穴に落ちた。脳裏に綾瀬が従業員に話していたことを思い出した。「ところどころ穴が開いていて落ちると何があるか分からないので十分に注意するように!」落ちたらマズい。そう思い地面の縁を掴もうとしたが、失敗した。

 改めて周りを見ると煙のような状態で何も見えない。だが胃が浮く感覚がするから落ちているのは分かった。上のほうから「しゃちょおおおおおおおおおお!」と綾瀬の声が聞こえてくる。何故か音が反響して耳に響く。

 やがて叫び声が消えると、突然煙が黄色くなった。吸ってはいけない気がして息を止めた。だが息を長い間我慢することはできない。30秒程度で息を吸うことになった。それと同時に意識は遠のいていく。

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