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シグナル・ゼロ

 電子妨害装置の内部ユニットは、薄く焦げた匂いを残して沈黙した。


 高城が静かに手を下ろすと、真鍋が前進し、残された筐体の外殻を検査用ユニットで包む。沢渡が指先のインターフェースを操作し、データリンクを開始したが、結果はすぐに返ってくる。


「……内部データは完全に遮断されてる。何層にも暗号がかかってて、表層しか取れない。中身は、都市中枢との接続ログもないな」


「つまり、誰かが外から送り込んで、ここで起動させた……と」

 篠原が低く呟いた。


「その“誰か”が都市の神経を試したってことだな」

 矢吹が皮肉気に言った。


「何のために?」

 篠原の問いに、隊内に沈黙が落ちる。


 高城が数歩、壁際の配管に目をやりながら口を開いた。


「“ノード”が狙われた。都市の連携中枢、つまりこの建物は、あえて選ばれた」


 ノード。匿名都市のインフラは単一の中央制御ではなく、複数の中継点=ノードによって情報が分散管理されている。それはセキュリティの強化であり、同時に都市構造の複雑化を意味していた。


 この施設は、その一端——つまり、都市の“神経束”の末端にあたる地点だった。


 無人のビルではなく、住民のいる居住施設が狙われた理由は、そういうことだ。


「相手は分かってる。ここが、最も影響を与えやすいノードだと」


「制御系統への直接侵入じゃなく、周縁からノイズをかけて揺さぶる」

 真鍋が呟くように言った。「ただの攻撃じゃない。……これは“実験”だ」


「この都市を、どこまで崩せるか」

 沢渡が、画面を閉じながら続けた。「相手は、そういう前提で仕掛けてる」


 誰も言葉を継がなかった。

 音もなく立ち尽くす住民たちの姿が、まだ背後に残っている。


        *


 後日、オーヴァス・レジデンスで起きた異常事案について、都市中枢は「一時的な機器故障によるセンサー誤作動」として公表した。全ては記録から削除され、詳細な情報開示は行われなかった。


 搬入口のセキュリティは強化され、居住者のデータは再調査されることになったが、異常行動を取った住民たちは「異常なし」と診断された。


 ただ一つ、彼らの中に共通する記憶障害が確認されている。

 「何をしていたか、思い出せない」という漠然とした空白。

 まるで、都市に刻まれた記録のように、一部だけが抜け落ちていた。


        *


 夜の管制棟、ゼロ隊のブリーフィングルーム。


 沢渡が壁面モニターに並んだ解析データをスクロールさせていた。


「やはり、あの装置……ノードへの物理干渉だけじゃなく、制御AIの応答性に揺らぎを生じさせてる。もっと広範囲に仕掛けられたら、都市そのものの反応が遅延するかもしれない」


「相手はまだ試してる段階だ。だが、次があるなら……」


 高城の言葉に、誰もが微かに頷いた。


 “次”がある。

 これは終わりではなく、始まりだった。


「デッドリンク……」

 篠原が、誰にともなく呟いた。


 「何かが、どこかで、切り離されたままになっている」

 都市の一部に、空白が生まれ、それが少しずつ広がっている。


        *


 オーヴァス・レジデンスは、数週間後には通常運営に戻った。

 異常があった階層には新たな入居者が入り、廊下の照明も静かに点滅を終えた。


 だが、ゼロ隊の隊員たちだけは知っている。


 この都市は、すでに一つの“臨界点”に触れている。


(終わり)


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