ep.3 先へ進むために
「お二人ともアリスティアまではかなり険しい道となります。一日では行けないのでどこかで野宿することを心得てください」
朝から重い話に気圧され、アシェルの髪を結んでいたネリーが振り向いた。
「野宿……魔物は大丈夫なの?」
ネリーはイゼルに対し早くも心を開いているようであった。
「魔除けの像を持っているので低階級の魔物は退けられるでしょう。上級の魔物はそうそういませんよ」
そう言って袋の中から大樹の形をした像を取り出し、アシェルたちに見せた。
「ならいいけど」
三人は旅の準備を済ませると街を出た。
「街の外は静かなんだ」
アシェルは辺りを見渡した。
どこまでも草原が広がっている。
ところどころに人が生活していたことがうかがえる残骸があり、ここに村か街があったことがわかった。
「ねぇ、師匠ここに人がいたのかな?」
「なぜそう思うのですか?」
「これ、壊れてるけど家だよね。なんだかここらへんは風化してるけど村とかがあったのかなって……」
「アシェルは勘が鋭いですね。そうですね、多分ここでは人が生活をしていたのでしょう。けれど、魔物に襲われて壊滅した……。こういったところは至る所に存在します」
分かってはいたが、アシェルの胸の奥に虚しさが広がった。
しばらく歩くと川が見えた。
「あそこで少し休憩をしましょう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
三人は川のほとりで昼食のパンを食べた。
川のせせらぎ、鳥の鳴き声、風に揺れる草の音が溶け合う。
アシェルは目を閉じ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
太陽の光が水面で跳ね、頬を撫でる。
今までのことがどうでも良くなるほど、心は平穏に満たされていた。
「ねぇ、アシェル。惑わしの森で見せた光って祝福の力よね?」
突然のネリーの言葉にアシェルは現実に戻され、ゆっくりと目をあけた。
「うん」
「なんであの時、その力が使えたの?」
理由を問われ、アシェルは唸りながら、その時のことを思い出そうとした。
ネリーが真剣な表情でこちらを見つめているため、適当なことは言えない。
「……一人になった時、本当に怖かったんだ。はっきりとは言えないけど、僕は師匠とネリーも同じ状況かもしれないって思った。だから、僕がなんとかしないとって……恐怖よりもその想いが強くて、そしたら力が出たんだ」
アシェルは自身の手のひらを見た。
今ではその感覚は全く残っていなかった。
「もしかしたら、祝福の力の発現条件は聖導師が人を思うことなのかもしれませんね」
イゼルが呟いた言葉にアシェルは反応した。
「旅の前、前聖導師様から祝福を受けた時、微かにですが、何か温かいものが流れてくるような、そんな感じがした覚えがあります」
イゼルは手を胸においた。
「あれは我々の旅の無事を思う、聖導師様の気持ちのようなものなのかもしれません。アシェルの時も一瞬ではありましたが、それを感じました。あの時は霧を晴らし、人に害をなす惑わしを退けました。アシェルにも確実にその素質があります。使う本人にしかわかりませんが、一度発現させればいつか感覚を掴む時はきますよ。魔法も同じです」
アシェルはイゼルの言葉に励まされ、自身の頬が自然と熱くなるのを感じた。
アシェルが喜びに顔を綻ばせるのと対照的に、ネリーは下を向き、暗い表情で呟いた。
「……私はあの時、森の精としてなにも力になれなかった。守らなければならないアシェルに助けられて……お母さんから任されていたのに」
ネリーの目は悲しみを帯びていた。
イゼルはゆっくりとネリーの方へ身体を向けた。
「ネリー、あなたは焦らなくても自分のペースでいけば大丈夫です。いつかあなたも森の精として力を身につける時が来ます。そうすれば自信がつき、自分のしなければいけないことに気づけるはずです」
イゼルはにこりと微笑んだ。
イゼルはときに核心を射抜く。
二人は、その洞察にたびたび驚かされた。
「イゼル師匠にはなんでもお見通しなのね。私たちのことすべて知っているみたい」
「お二人が素直すぎるのです。私はいろんなところを旅していろんな人を見てきましたからね。わかるのですよ……」
イゼルはどこか遠くを見るかのように青空を仰いだ。
「ねぇ、師匠?」
「なんですか?アシェル」
イゼルはアシェルに目を移した。
「師匠が共に旅した勇者はどんな人だったの?……師匠が救いたいと思う勇者がどんな人なのか気になる」
間を置くように、風が二人の間を吹き抜けた。
しばらく沈黙が続き、不思議に思ったアシェルがイゼルの方を振り向くと、イゼルは驚いたように目を見開いていた。
アシェルはそこまで驚かれるとは思っておらず、すぐに訂正しようとしたが、イゼルは何か深く考えるように遠くを見た。
「そうですね……彼はとても人に優しく、誰よりも先に立ち、周りからは模範のような勇者に見えたことでしょう」
「見えた……?」
アシェルは自分で質問をしたが、これ以上聞いてもいいのかと怖くなった。
しかし、イゼルはお構いなしに話を続けた。
「裏切りの彼のことを知りたがる人は珍しいですよ」
イゼルは微笑んだ。
「ですが、そうですね……。アシェルたちにも彼のことは知っておいてほしいです」
イゼルはそう言うと、いつもとは違った真剣な表情でアシェルたちを見た。
「彼の名はオルフェン……オルフェンは前聖導師様の代で生まれた勇者でした」
「前聖導師の勇者……」
アシェルはぼそりとつぶやいた。
アシェルは知っている。
聖導師が祈れば、大樹は“勇者”を生む。
そして勇者は、世界にただ一人――
聖導師の祈りによって生まれた勇者は、幼き頃は聖域で育てられる。
その後、賢者の地エルヴァレンで修行を積み、庶民の家庭で生活をする。
こうして人々の願いを受けて生まれた勇者への期待はだんだんと大きなものとなる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「私は勇者を導くことに幼き頃から憧れていました。そして私の代で生まれた勇者オルフェン。これは奇跡だと思ったんです」
イゼルは肩をすくめ、どこか照れたように笑った。
「この機を逃さず、私は修行中はオルフェンと共にいました。この時の私は必死でしたから、半ば強引に、旅に出る約束までして……勇者と旅に出る、それこそ賢者としての誇りですからね」
イゼルは懐かしんでいるようであった。
「彼はとても勇者としての振る舞いは上手いのですが、普通の人の生活に憧れていた節があったのです。私もそれには気づいていました。しかし、最後まで私は彼に勇者としての使命を説き、旅に出していました」
「それの何が悪いの?」
アシェルは尋ねた。
「彼は人に近かった……。欲望は彼の弱さの穴となったのです。本当のことはオルフェンにしかわからないのですが、私はオルフェンを理解しようとしなかった。私の役目は勇者を導くことでしたから……その使命に囚われ過ぎてしまった。オルフェンの本当の声を聞かなかったからこそ、彼は我々の手を離れてしまったと思っているのです……もう一度彼に会ってちゃんと話しをしたいと思っています」
イゼルの表情は後悔と悲しみに染まっていった。
「師匠……」
アシェルはなんと言えばいいのかわからず言葉に詰まった。
ここで変に慰めてもイゼルの後悔を癒すことはできないと分かっているからだ。
「辛気臭い話になってしまいましたね。しかし、アシェルたちと共に冒険するのであれば、私のこの旅に対する思いを知っていてほしいのです。もちろんアシェルの家族にも必ず会いますよ」
イゼルの表情は一変して明るくなった。
「しかし、そのためには力をつける必要があります。前聖導師様が囚われている魔界に行くのであれば、四地方の神々に認められ、力を得ることが一番大切なのです。それがアシェルの祝福の力の覚醒にもつながると私は思っています」
アシェルは頷いた。
「アシェルの父上と双子の弟君の元に行くにも、上級魔物との戦いは避けられないものとなります」
「そういえば、師匠はなんで僕の父と弟のこと知ってるの?」
アシェルはずっと疑問だった事をついに聞くことができた。
「ああ、それは……私はアシェルのお父上ドラガン様にご恩があるのです。幼き頃よりずっと支えていただいたので、その恩返しとして、私はドラガン様の望みを叶えて差し上げたいのです。……弟君のルミオ様とはあまり会話をしたことがないのですが……」
「……そうなんだ」
「アシェルのお父上、ドラガン様はアシェルに会いたがっています。しかし、ドラガン様の国ドラヴァーン国は聖域に見放された国、魔物が横行しています。力をつけずに行くのは危ないです。焦らず順番通りにいきましょう」
イゼルは落ち着いた様子でそう言うと立ち上がった。
「さぁ、まずは私たちが向かう先はアリスティアです。行きましょう」
アシェルとネリーは頷き、イゼルに続いて立ち上がった。
草原を渡る風が、彼らの背をやさしく押していく。
それはまるで、次の地へと導くかのように――




