ep.2 旅の準備
まぶたに柔らかな光が差し込み、小鳥たちのさえずりが耳に届く。
アシェルはゆっくりと目を開けた。
「ふぁ〜〜」
アシェルは大きな欠伸を一つした。
目を開けると、見慣れない白い壁に囲まれていた。
アシェルは一瞬思考が止まったが、すぐに昨夜のことを思い出した。
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宿は旅人で賑わい、中は広く、食堂にはステージがあり、吟遊詩人が歌っていた。
外は夜でもこうして交流することがあるのかと、アシェルは感動した。
一方、ネリーはマナとの別れの整理がついていないのか落ち込んだ様子であった。
その日は食堂で夕飯を軽く済ませ、そのあとはしばらく歌を聴きながらぼんやりと過ごした。
眠気がやって来たところで部屋に戻り、眠りに落ちた。
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「おや、アシェル、目が覚めたのですね。朝ご飯を食べに行きましょう。ここの女将が用意してくれているそうです。ネリーは先に下に行っています」
イゼルは小さな椅子に座って本を読んでいたようだ。
アシェルが目覚めるのを待っていたのであろう。
イゼルはアシェルが身支度を整えるのを待ち、二人で食堂に向かった。
「アシェル、今日は買い出しにでも行きましょう。ローブを着ていても、その服だと少し目立ちます」
アシェルの服は白いシルクの布に、聖域特有の刺繍が施されている。
アシェルは廊下ですれ違う人と自分の服を見比べた。
(確かに周りと比べると浮くな……)
アシェルはイゼルを見て頷くと、イゼルは満足そうに微笑んだ。
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食堂に着くとネリーが二人の姿を見つけ、手を大きく振っていた。
食堂は人が多く、席を取ってくれていたのであろう。
「とりあえず、席を取っておいて何も頼まないのも気まずいから適当にご飯頼んでおいたけど、いいかしら?」
「ええ、それは助かります。私、優柔不断で決められないので」
三人はそれぞれ席につき、ほどなくして朝食が運ばれてきた。
「ネリー、今日は買い物に行こうと思うのですが、どうでしょうか?まずは旅の身支度を整えなければなりません」
ネリーは頷いた。
「ちなみに今回の旅ってどんな感じなの?準備が整ったら私たちは最初にどこへ行くの?」
それはアシェルも気になっていた。
イゼルは口の中のものを飲み込むと、地図を取り出した。
「私たちが今いるのがここです。そして次に向かうのは風の国、アリスティア国です」
「アリスティア?」
イゼルは頷き、指先で地図を軽く叩いた。
「ここは六大国の一つ、風の神アリシエルを祀る国です」
アシェルとネリーはなぜそこにいくのかわからず、首を傾げた。
「アシェルはここで風の神アリシエル様に認めてもらい、力を分け与えてもらいます。本来、聖導師が神々から力を分け与えてもらうという話は聞いたことがありますか?」
「ああ、うん……それは知ってるよ。祝福の力を強めるために、神々の力が重要になってくるって。四地方の神々は大樹に力を注いでくれているから、聖域の代表として挨拶をすることも聖導師の重要な役割だって聞いてる。……だけど最近大樹の元気がないって守人たちが言っていたな……」
アシェルの疑問に対し、ネリーがすぐさま振り向いた。
「私はお母さんから聞いたわ。……最近、大樹の様子がおかしいらしいって……守人様も大樹につきっきりで、魔の瘴気が神々の力を阻害してるんじゃないかって言ってたわ」
イゼルは今出てきた情報を噛み砕くように頷いていた。
「その原因が何か、聖導師であるアシェルが実際に見ることも大切ですね」
「そうか……」
アシェルは大樹のことを全く知らなかったことを恥じた。
落ち込んでいるアシェルの肩をイゼルは優しく叩いた。
「アシェル、焦らなくても大丈夫です。せっかくの自由です。まずは旅を楽しみましょう」
イゼルの笑顔に感化され、アシェルもほんのりと笑顔を浮かべ、頷いた。
「さてと、では二人の服でも探しに行きますか。とは言っても私、あまりお金は持っていないので安いものでお願いしますね」
「おかね………」
アシェルとネリーは同時に呟き、首を傾げた。
「あ!そうかお二人はお金を知らない温室育ちなのですね。いいですか、物を買うときはこれが必要になります」
イゼルはそう言いながら、懐から袋を取り出した。
中には銀と銅の丸いものが入っていた。
「とりあえず、私が管理するのでお二人は欲しいものがあったときは私にまず相談してください」
「はーい」
アシェルとネリーは元気に返事をし、三人は宿を後にし、仕立屋へ向かった。
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「地味な方がいいですかね。あっ、でも王族に会うのであれば、恥ずかしくない姿がいいですよね……」
イゼルはぶつぶつと独り言をこぼしていた。
アシェルも服を見ていたが、たくさんの服を見ているうちにどれがいいのかわからなくなり、イゼルのアドバイスをもとに探してみることにした。
ネリーは一人で見ると言って、イゼルのようにいろいろな服を見て回っている。
「なんでもいいのになぁ……」
アシェルはボソリと呟き、小さく息を吐いた。
その後、服が決まり、着替えるまでに一時間ほどかかった。
ネリーが欲しいと言った服が少々高かったらしく、イゼルと一悶着があったのだ。
最終的に店主に値下げ交渉をしたネリーは、見事その服を手に入れて、とても機嫌が良さそうであった。
「ネリーって欲しいと思ったらとことん頑固なところ出るよね」
アシェルが呆れたように言うとネリーは勢いよく振り向いた。
「だって、この瞬間にしか買えないものなのよ!私は後悔したくなかったの。イゼル師匠は全然折れてくれないし」
ネリーはイゼルを「師匠」と呼ぶことに慣れたようだ。
アシェルはなんとなく師匠と呼ぶのが恥ずかしく、いまだに名前を呼べていない。
「仕方がないですよ。……私、そんなに金持ちではないのです」
イゼルは中身が少なくなった袋を気にしていた。
ふと、前を進んでいたイゼルが足を止めた。
そしてアシェルの方をチラリと見ると、ある店に向かって走って行った。
「少しそこで待っていてください」
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しばらく、ネリーとともに待っていると、イゼルは何やら長い木の棒を持ってやってきた。
「アシェル。これはあなたにプレゼントです」
それは杖であった。
「杖は攻撃魔法などを使うとき、照準を定めやすい道具です。そして、この真ん中にはまっている魔法石は今のあなたに合った魔法石を選びました」
アシェルの杖には青い魔法石がはまっていた。
「魔法石は魔法をコントロールするのにすごく役立ちます。これはまだ初心者用なので、もう少し強くなったら、また新しい魔法石を買いに行きましょう」
イゼルはそう言い、自身の杖を振った。
イゼルの杖にはまっているのは紫色の石だった。
「この魔法石って色が違うことでなにが違うの?」
「そうですね、色が違うというよりはその人の特色によって魔法石を変えたりするので、その時々でいろんな魔法石がありますね。魔法が粗く分散しやすい人は魔法を収束させる魔法石を買います。私は増幅系、アシェルのは制御系です」
アシェルは青い魔法石を見つめた。
「ふーん、よくわからないけど……ありがとう、師匠」
イゼルは静かに微笑んだ。
それはまるで、自身の子に初めて贈り物を贈るような、親しみが込められた表情であった。
「私のはないの?イゼル師匠」
アシェルとイゼルの間にネリーが入ってきた。
「はい、ネリーのもありますよ」
イゼルが懐から取り出したのはステッキであった。
「これは?」
「ネリーは攻撃型というよりも、防御や回復であったりサポート面が得意だと思い、小さいものにしました。扱いやすいでしょう?」
「確かにこの方が使いやすそうね」
ネリーは気に入ったようにくるくるとステッキを振っていた。
ネリーのステッキの先端にもアシェルと同じ、青い魔法石がついていた。
「この後はどうしましょうか?とりあえず街の散策でもしましょうか?」
アシェルとネリーは賛成し、三人は街の散策を楽しんだのであった。
――初めての街は、目に映るすべてが眩しかった。




