ep.3 正体
扉の前に立ち塞がるエルディを前に、アシェルたちは何もできずその場に立ち尽くしていた。
「エルディ様、ことは一刻を争うのです。ダレク様が私たちをここに閉じ込める理由は何か始めようとしているとしか私には思えません」
「ええ、それは私も承知しております。しかし、あなた方……いえ、その少年の素性が知れない限り、私はあなた方をダレクに近づけたくないのです。それであれば、私は信頼をおくノルドに任せることにします。ダレクへの対処は彼に――」
エルディの言葉に、ノルドは表情を歪めることなく、力強く頷いた。
イゼルは何も言い返すことができなかった。
それに対し、エルディは断固たる意志で前に立ち塞がり、そして言葉を重ねた。
「エルヴァレンの賢者であるあなたにこのようなことを申し上げるのは罰当たりだと分かっています。しかし、どのような者でも裏切らないとは限らない。あなた方が我々の味方であるのかどうか、ここで証明していただきたい」
イゼルは何も言えず、困った表情でアシェルを見た。
その表情が助けを乞うものではないことくらい、アシェルにも分かった。
しかし、イゼルはどうするか悩んでいた。
アシェルの正体を言うかどうかを――
(こんな師匠初めて見た……)
アシェル、ネリー、レイヴは息を呑んでイゼルの答えを待っていた。
「わかりました……しかし、一度弟子たちと話す時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
イゼルの言葉にエルディは頷き、そしてノルドと共に部屋の隅へ移動した。
イゼルはアシェルたちを呼び、そしてエルディたちの視線を感じながら、小さな声で話した。
「アシェル……申し訳ありません。ここでは隠し通せそうにありません。あなたが聖導師であることを話します……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アシェルだけでなく、イゼルにとっても聖導師であることを明かすことには未知の恐怖があった。
聖導師の存在は外の世界の人にとっては聖域から出てくることのない、遠い存在である。
ほとんどの者がその姿を見ることも叶わず命を終わらせる。
そのため、その存在を信じていない者も多い。
「このことを話せばネリーとレイヴも無関係ではなくなります。それでもよろしいですか?」
レイヴは頷いたが、ネリーは素直に頷かず、下を向いていた。
「ネリー、皆同じ気持ちです。このことを話した時、どうなるのか全員が不安に思っているのです。けれど、私たちが前に進まなければ、国一つが消えるかもしれないのです」
「……わかってるわ!」
ネリーは自身に言い聞かせるように頷き、イゼルはそれを確認すると、次にアシェルを見た。
「アシェル、すみません。全て私の責任です。外の世界に知られてしまうことはあなたに危険が及びやすくなる可能性があります……」
アシェルは首を横に振った。
「僕は大丈夫だよ。師匠」
アシェルが頷くとイゼルは微笑み、そして小さく頭を下げるとエルディたちを見た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「話は終わりましたかな?」
エルディは姿勢を正し、イゼルたちを見た。
イゼルは頷き、アシェルの背中にやさしく手を添えた。
「ひとつ、ここで聞いたことは他言しないと約束していただけますか?聖域にも……」
「……聖域にも?それは、今イゼル殿が聖域に背くようなことをしているということですかな」
エルディは疑わしげにイゼルを見た。
「……今は、その話をしている時間がありません」
イゼルがそれだけを言うと、エルディを見つめていた。
エルディは根負けしたのか、ゆっくり頷いた。
「……あなたがそこまで言うなら、私も覚悟を決めましょう。今は先に進むことが大事ですからね」
「ありがとうございます。……では、まずここで約束の証の紋を刻みます。エルディ様、腕を」
その言葉にいち早く反応したのはネリーであった。
「イゼル師匠……それは禁……」
「ネリー」
イゼルは人差し指を口元に持ってくると、話さないようにとネリーに指示した。
ネリーは口をつぐみ、一瞬視線を逸らした。
しかし、ゆっくりと上げた視線はイゼルを睨みつけるようであった。
エルディも驚いたようにイゼルを見た。
「……そこまでするのですか?しかしそれは……」
「……禁忌である魔法は人の生命を縛ることにあります。私が今、エルディ様にかける魔法はエルディ様の命までを縛るつもりはありません。ご理解下さい。それほど、この話は我々にとっても、世界にとっても重いことなのです」
エルディは躊躇しながらも覚悟を決めたようにゆっくりとイゼルに腕を出した。
イゼルがエルディの腕に触れると、腕に輪をかけるように光が現れた。
そしてそれは肌に溶けるように消えると、焼印の痕のように残った。
「エルディ様が約束を破られた時は、私に必ず伝わります――どこにいても、必ず」
「……私はあまり信用されていないのですな……まさか立場が逆転してしまうとは」
イゼルは首を振った。
「いえ、誤解しないでいただきたい。繰り返しますが、今から話すことはそれほど……」
「わかっております。私の命を引き合いに出さなかったことから、イゼル殿の本来の優しさは伝わりましたから」
イゼルはエルディに頭を下げた。
そしてノルドへ視線を移す。
「……ノルド様も。あなたもこの話を聞く以上、同じ誓約が必要です」
ノルドは素直に頷き、腕を差し出した。
ノルドの腕にもエルディと同じ、焼き印のような痕が浮かび上がった。
やることを終えたイゼルはアシェルを見た。
自然とエルディとノルドの視線もアシェルに向いた。
イゼルは覚悟を決めたように静かに口を開いた。
「……この方は聖導師様です。今は訳あって私の弟子として共に旅をしていただいております」
この場では仕方がないとはわかっていても、イゼルの一歩引いた口調に、アシェルは胸の奥が少しだけ冷えるのを感じた。
空気が止まったような沈黙が流れた。
エルディとノルドは状況を理解するのに時間がかかっているのか、目を大きく見開いたまま固まっていた。
「イゼル殿……私の聞き間違いではありませんか?今、その少年が聖導師様だと……?」
「はい、本当のことです」
イゼルの言葉にエルディとノルドは急いでアシェルに対し膝をつき、頭を下げた。
「なにを……!?」
アシェルはその一瞬の出来事に、驚きを隠せずにいた。
「申し訳ございません!先ほどの我々の無礼な振る舞い……それに聖導師のお顔を見るなど、罪に等しい。ですが、今はお見逃しください。今はノクシェルド国の危機的状況、罰は私めが全て受けますので……!」
「いえ!エルディ様だけではありません!私も罪を背負う覚悟でございます」
エルディとノルドは必死に頭を下げ、アシェルに許しを求めていた。
「やめてください!僕は二人を罰する気はありません。ですから、顔をあげてください」
エルディとノルドは恐る恐る顔をあげた。
その瞳の奥は恐怖で揺れていた。
それはアシェルという少年への恐れではない。
彼らが震えているのは、“聖域の裁き”だった。
アシェルは、これが本来の自分と外の人間との距離なのだと理解し、言葉を失った。
胸の奥が静かに冷えていった。
それを見かねたのか、イゼルがアシェルの前に出ると、二人の肩を優しく叩いた。
「お二人とも、聖導師様はあなた方を許すとおっしゃっているのです。そしてこの国のことも案じられている。ならば、共にこの国を救うことが先です」
「し、しかし、聖導師様を危険に晒します。こんなこと許されるはずが……」
エルディが言いかけたと同時に、レイヴが咳払いをした。
「おっちゃん、許すって言ってるんだから、それで良いんだよ。細かいことは後で考えようぜ!」
レイヴが白い歯を出してニッと笑うと、エルディたちは、なおも迷いを残しながらも、聖導師の言葉を受け入れるしかないと悟ったのか、ゆっくりと立ち上がった。
「……わかりました。では、レクス様とダレクの元に向かいましょう。彼らは王室にいるはずです」
そう言うと、エルディは先導し、一同は部屋を出て王室へ向かった。




