ep.1 脱出
「ここにいろ」
ガシャンという鉄格子の音と共に、アシェルとレイヴは地下の牢屋に入れられた。
「ここって牢屋じゃねぇか!なんだよ俺ら別に何もしてねぇだろ!」
レイヴは牢屋の向かい側にいる兵士に向かって叫んだ。
しかし、兵士は表情を変えず、ただまっすぐ正面を見ていた。
「……ダレク様のご命令です」
兵士はそう言い残すとその場を去っていった。
「なんだ……!あいつ!全然俺の目を見て言ってなかったぞ」
「あれが女王が言ってたことかな」
「え?何か言ってたか?」
「……魔族に人を操る力がないかって師匠に聞いていたじゃないか。あの兵の人、明らかに様子がおかしかったよ」
アシェルはそう言うと、地面から腰を上げた。
鉄格子に近づき、触れながら入念に観察していた。
「なんだ?魔法でなんとかなるのか?」
「できると思うけど、そうすると兵が来ちゃうかも」
アシェルは手についた土を払い、腕を組んだ。
しばらくの間、沈黙が流れ、水滴が地面に落ちる音だけがこだましていた。
「師匠たちはどうなったんだろ……」
「あ――、確かにな。イゼルさんとネリーも捕まれば牢屋に連れてこられると思ってたけど……その姿もねぇな。もしかしたらこの異変に気づいて逃げ出したのかもしれないぜ!」
「でも僕たちの居場所わかるかな……」
そんなことを話していると、入り口あたりで大きな荷物を放り投げるような、大きな音が聞こえた。
足音はゆっくりとアシェルたちの方へ近づいてきている。
(誰だ……?)
しかし、牢屋の中は暗く、遠く先は全く見えなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ご無事ですか!」
ランプの灯りに照らされ、二人の姿がはっきりと浮かび上がった。
一人は見知らぬ白髪の老人。
そしてその後ろには、鎧に身を包んだ騎士団長のノルドが立っていた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
青いローブを着た白髪の老人は手元で鍵を探すようにガチャガチャと金属音を鳴らし、そして鍵穴に鍵を差し込んだ。
「あの……」
「ああ、申し遅れました。私はシリウス様の側近のエルディと申します。シリウス様から事情を聞きまして、あなた方を助けるよう命を受けました」
鍵が開く音とともに扉が開いた。
「今、監視の目はありません。急いでここから出ましょう」
ノルドの言葉に頷き、牢から出ると一同は無言で長い地下道を走った。
倒れている兵の姿が、ところどころで目に入った。
「ノルドさん、この兵士たちは?」
「私が気絶させました。すぐにでもこの異常事態を察して他の兵も来るでしょう。急ぎましょう」
ノルドはあたりを警戒しながらも、アシェルの質問に答えてくれた。
「あの……シリウス王子は?」
アシェルはシリウスの側近であるエルディに尋ねると、エルディは息を荒くしながら振り向いた。
「……シ、シリウス様は今、女王陛下と共にある部屋に軟禁されているそうです」
「女王も?」
「……はい」
エルディは一度唾を飲み込みながら頷いた。
エルディの体力を見てか、ノルドが代わりに答えるようになった。
「エルディ様もはじめは軟禁されていましたが、女王たちの状況を知り、私に助けを求められました」
「どうやって、そんなことがわかるんですか?」
「ノクシェルドは神のいない国、神の力を得ずとも人による魔法具の研究がかなり進んでいるのです」
ノルドはそういうと自身の耳につけられている小さなイヤリングを見せた。
「これで、我々はシリウス様と情報を共有しています」
「なるほど」
アシェルは初めて見る魔法具に興味深々であった。
(魔法具の仕組みを知ったら魔法に応用できるかな?)
アシェルがノルドのイヤリングをじっと見つめていると、エルディが笑った。
「ほほ、これは風魔法の応用でございます。賢者様のお弟子殿は研究熱心なのですな」
「あ、ちょっと興味深くて……」
アシェルはパッと視線を逸らした。
「せっかくノクシェルドに来ていただいたのにこんなことに巻き込んでしまって申し訳ありません。この国は百年の歴史しか持っておらず六大国の中でも小さく若い国なのです。そのため、まだ不安定で……」
「そんな短い中で六大国の一つになるなんてすごいですね」
アシェルの言葉にエルディは頷いた。
「この国は初めは火の国ザラマントと水の国ルゥナイアの中立国でしたからね。二つの国と近いノクシェルドは大きな戦火に巻き込まれたのです。その中で独立を宣言されたのが、この国の初めの王ルード様になります」
エルディは込み上げる思いを飲み込むように唾を飲み込み、口を開いた。
「現女王陛下は二代目で大きな圧力を耐え抜いてくださいました。しかし、次期王選出でここまで不安定になってしまうとは思ってもいませんでした……」
エルディは前を走っているため、その表情は見えないが、声から胸の中の不安を感じ取れた。
この世界には多くの小さな王国が存在する。六大国はその中でも長い歴史と聖域との関係、そして神々からの何かしらの力を有している。
その中でのノクシェルドの六大国の認定は異例に近いであろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アシェルたちは長い階段を登り、ついに地下を抜け出した。
壁を背に、ノルドが警戒して城内を行く。
ノルドから来てもいいというサインを受けると、アシェルたちは走り出した。
「ほほほ、老人の長話に付き合っていただいてありがとうございます、アシェル殿。今からイゼル殿たちの元へご案内します。レクス王子とダレクの様子も気になるので、その後すぐに移動しましょう。何やら今は一刻を争う気がします」
アシェルは頷き、再び長い廊下を走り始めた。
――この国は崩れ始めている。そんな予感がした。




