ep.4 別れ
あたりには見回りをしている森の精達がいた。
マナを先頭にアシェルたちは木の影に隠れながら進んでいった。
パキッと枝が割れる小さな音が響いた。
見回りの森の精が音に反応しランタンをアシェルたちの方へ向けた。
すぐに身を隠したが心臓が飛び跳ね、鼓動がうるさかった。
息を止め、音をできる限り殺していたが心臓の音が耳に鳴り響き、それだけで相手にバレるのではないかと緊張は限界であった。
森の精はしばらくあたりを警戒をしていたが、何もないことを確認するとその場から離れていった。
森の精が去ったのを確認すると一同はほっと息をついた。
「ちょっと、気をつけてよね」
ネリーが後ろにいるアシェルに注意をした。
「僕じゃないよ………!」
「あっ!すみません私です」
照れたように告白するイゼルに対し、ネリーの表情は今までに見たことないほどに歪んでいた。
この二人の相性は悪いのかもしれないとアシェルは今後のことに頭を悩ませた。
「皆さん、もう少しで出口に着きます。頑張ってください」
マナの一声に一同は頷いた。
しばらく沈黙が続き、そして聖殿から離れ、光も届かない森の奥までやってきた。
夜の森は朝とは違った姿であり、アシェルは自分が今どこを歩いているのかわからなくなっていた。
「そういえばここに来る時の道と出口への道は違うのですね」
森の精たちの姿が見えなくなったところでイゼルが口を開いた。
マナもあたりを見渡し、ここでは話しても大丈夫と判断したのか口を開いた。
「ええ、この森は人を惑わす森と言われています。道は二つ存在し、それぞれ聖域への道と外へ出る道、個々の役割があります。この道を間違えると聖域の者であっても永遠に森を彷徨うことになります」
アシェルも幼い頃に森の精からはその注意を受けていた。
それまでは絶対に外に出ないから大丈夫と安心していたが、いざここから出るとなった今、夜の風に揺らめく森に恐ろしさを感じた。
「さぁ、着きましたこの道をまっすぐにお進みください」
マナが指差すは先は、木が横に並び道がつくられていた。
このような道は聖域にはいくつか存在する。
違いなどわかるはずもないが、この一本の道を通らなければアシェルたちは命尽きるまで森を彷徨い続けることになるのだ。
「この森はあらゆる手であなた方を惑わします。しかし絶対に振り向かず、障害があってもただまっすぐと進むのです。途中霧が濃くなってくることもあるかと思います。その場合、すぐにその場を駆け抜けてください」
イゼルは首を傾げた。
「なぜ駆け抜ける必要があるのですか?」
「霧は幻覚を見せてきます。道行く人を正規のルートから外そうとしてくるのです」
マナはそういい、ネリーを見た。
「あなたはしっかりと森の声を聞きなさい。そうすれば道は見えてくるはずだから」
ネリーは不安そうな表情を浮かべながらも、アシェルの姿を見て決意を固めたように力強く頷いた。
「大丈夫よ。あなたも森の精なのだから誇りを持ちなさい。私はネリーを信じているわ。アシェルをお願いね」
「………はい」
マナはネリーを抱擁した。
ネリーの頬からは一粒の涙が流れた。
「お母さん、また会えるよね………?」
「そうね………次に会った時は立派な姿で帰ってくるあなたが見れたらうれしいわ」
ネリーの肩がかすかに揺れた。
二人は静かに抱き合い、そしてしばらくしてネリーは名残惜しそうにマナから離れた。
マナは次にアシェルのもとに来た。
「聖導師様………いえ、アシェル。外の世界はこことは違い、多くの苦悩が待っているわ。誰もあなたをすぐには助けに行けない。だからもう一度聞かせてちょうだい。あなたは本当に外に出るのね?しばらくここには戻ってこられないけど、それでも後悔はないかしら?」
アシェルは力強く頷いた。
その様子にマナは微笑み頷いた。
「わかったわ。最後にあなたを抱きしめさせて」
アシェルはゆっくりとマナの胸へと飛び込んだ。
「大きくなったわね」
マナはそう言うとゆっくりとアシェルの頭に手を回した。
「聖導師様を私物化してはいけない。その教えがあるからこそ正直私はあなたとの距離のとり方がわからなかった。もしかしたらそれで孤独感を感じさせてしまったかもしれないわ。ごめんなさいね」
マナはゆっくりとアシェルを離し、顔をじっと見つめた。
「アシェル、外は自由よ。前聖導師様が目を輝かせてそう言っていたわ」
「前聖導師は外に行ったことがあるの?」
「ええ、聖導師様というのは本来外に出て各国に祝福の力を与えるの。祝福の力は魔の力に対抗する聖導師様だけが持つ力よ」
「はは、僕はその力は持っていない………聖導師として失格だね」
「そんなことないわ。あなたは昔から活発な子だった。ここでは収まりきらない子だっただけよ。私はあなたが外に出て、本当の家族に会い、大切なものを見つけることで力の発現に繋がると思ってるわ。だから、どうかご無事でね」
マナの微笑みにアシェルは胸が温かくなった。
「ありがとう、マナ」
マナとの別れは名残惜しかったが、アシェル達は先に進むため決意を固め、森の奥へと進んだ。