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理を越えし担い手たち  作者: いがらしつきみ
第九章:闇に堕ちた勇者
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ep.1 オルフェン

 雲ひとつない穏やかな朝だった。


「旅は続くんでしょ?また、アリスティアの近くを通ったら、気軽に寄ってちょうだい」


 リエルは穏やかに笑った。


「ありがとう。……それで、謝らなきゃいけないことがあるんだ」


 アシェルは首から下げていた首飾りをそっと見せた。


「石にヒビが入ってて……昨日の夜、気づいたんだ。せっかくもらったのにごめん」

「あら、本当ね。魔力も消えてる……でも、アシェルのせいじゃないわ」


 リエルは少し驚いたようだが、すぐに穏やかな笑みに戻った。


「多分アリシエル様の力を受けた時に割れたのよ。言ってたでしょ?ゴルヴァンテで光ったって。その時じゃないかしら?」

「……うん」

「なら、それでいいの。これは“友好の証”で渡したものなんだから」


 リエルの言葉に、アシェルはほっと息を漏らして頷いた。


「アシェル、そろそろ行きますよ」


 門の前でイゼルの呼ぶ声が聞こえた。


「じゃあ、またね」

「うん、また会いましょう」

 

 リエルに手を振られながら、アシェルたちはノクシェルドへ向けて歩き出した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「俺、あのリエルって子、少し怖いんだよな〜。悪い子じゃなさそうなんだけどさ」

「怖くないよ。優しい子だし、今度レイヴも話してみなよ」


 アシェルが笑って返すと、レイヴは何かを察したかのように顎に手を置き、目を細めた。

 そしてじっとアシェルを見た。


「……ほう?なんだアシェル、あの子に気があるのか?」

「ち、違うから!」


 レイヴが肩を組んでからかうと、アシェルは顔を赤くした。


「レイヴー?あんた、人をからかう暇があるなら、自分から話しかけなさいよ」


 ネリーが睨む。

 レイヴは肩を跳ねさせた。


「いや、わかってるって!俺だって仲良くなりたいとは思ってるんだよ。ただ、なんかあの子の周りに見えない壁があるっていうか……」

「それを越えて話しかけるのが、あんたの得意としてる努力ってやつでしょ」


 蚊帳の外に出されたアシェルは、そんな二人のやり取りを横目に、イゼルの隣に並んだ。


「師匠、ノクシェルドはあとどれくらい?」

「そうですね……ちょうど中間地点、といったところでしょう」

「えっ……まだ半分なんだ」


 アシェルががっくりと肩を落とすと、イゼルは優しく笑った。


「近くに旅人の休憩所があります。少し早いですが、お昼にしましょうか」


「やった!」


 先ほどまで言い合っていたネリーとレイヴも反応し、一同は足取り軽く道を進んで行った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 辿り着いた先には、何もなかった。

 建物だったはずの木材が無造作に散らばり、人が集まっていた形跡は一切ない。


「……ひでぇな」


 レイヴが周囲を警戒しながら先を歩く。

 風が止み、空気がひんやりと冷たくなった。


「誰か、いますか――」


 レイヴが呼びかけたその時。


「うおっ!あんた、大丈夫か!?」


 奥の瓦礫の陰でレイヴの声が響いた。

 アシェルたちが駆けつけると、岩にもたれるように座る男がいた。


 男は生きてはいたが、焦点の定まらない瞳で空を見上げていた。


「客……か……?悪いが、ここはもうやってない……早く離れたほうが……さもないと、魔王の手先が……来るぞぉ……ひひ」


 男は笑うように小刻みに震え出し、同時に空気がどことなく冷たくなった。


 次の瞬間、男の皮膚が溶けるように形を崩し始めた。


「っ……!」


 ネリーが小さく息を呑んだ。


 レイヴが無意識に剣の柄を握りしめる。

 その手が震えていることに、本人も気づいていなかった。


 再び、人型となした姿は魔族であると一瞬でわかった。

 ピンク色の髪、魚の目のようなぎょろりとした瞳。

 老人のようにしぼんだ顔。


 男の足元に黒い穴が開いた。

 男は不気味に笑いながら、その穴に沈み込むように姿を消した。


――ヒヒヒ、ここまで私がお膳立てしてさしあげましたよぉ……オルフェン……

あとは、あなたが“やりたいように”どうぞぉ……


 空が低く重い音を立てて鳴り始めた。

 赤く染まると同時に、大きな裂け目が空を走り、世界そのものが軋むように震えた。


「悪いな、ロラミィ。あとは俺ひとりでやる」


 空間がゆらりと歪み、その中心から黒髪の青年が歩み出た。


「……オルフェン」


 イゼルが、絞り出すように彼の名を呼んだ。


 その名を聞いた青年の眉がわずかに動く。

 そして、氷のような冷たい視線が、アシェルたちへ向けられた。


 かつて勇者と呼ばれた青年。

 だがその面影はもうどこにもない。

 その瞳には――ただ“殺意”だけが宿っていた。

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