ep.3 風の噂
アシェルとイゼルは塔の下で待っていたリエルと合流し、そのままアリスティアへと戻った。
街に入ると、妙なざわめきが広がっていた。
「何かあったの?」
リエルが近くの男に声をかけると、男は手にしていた新聞を広げて見せた。
「ドラヴァーン国に黒龍が出たそうです。それを、継承者ルミオ様が討伐なさったとか」
男は興奮気味にまくしたてた。
「黒龍?」
アシェルがリエルを見ると、リエルは新聞から顔を上げた。
「最近、各地で噂になっていた話よ。どこからともなく現れる最上級魔物の黒龍が、村や街を襲っては消えるっていう話。魔界から来たんじゃないかって言われてるけど……聖導師様の封印があるし、封印に問題はないってエルヴァレンの賢者たちは言ってたのよね。……まぁ、でも討伐されたのなら一安心ね」
リエルにとっては脅威が去った朗報だったのだろう。
しかしアシェルの胸には、封印が弱まっているのではないかという不安が広がっていた。
(最上級……その黒龍が現れるほど、世界の歪みは広がっているのだろうか)
「なんだよ、このルミオってやつ。顔が見えねぇな」
声をかけてきたのはレイヴだった。
後ろから新聞の写真を覗き込む。
そこにはアシェルと同じ年頃の少年がいた。
だが顔の半分以上は兜に覆われており、その表情は読み取れない。
「仕方ないわ。ドラヴァーン国は魔物が蔓延る土地だもの。毎日が緊張状態って言われているわ。重装備をしていなきゃ、いつ命を落としてもおかしくない。――それにしても、私と変わらない歳で黒龍を倒すなんて。噂通りね」
「噂?」
アシェルが訊くと、リエルは少し肩をすくめた。
「素顔を見た人はほとんどいないの。でも、魔界の脅威に一人で立ち向かうドラヴァーン国の英雄だって話よ。戦う者は皆、彼に憧れるわ。……ただ、ドラヴァーン国は聖域との関係が悪いからね。そこが、なんだか残念」
リエルは眉をひそめた。
「そんな奴がいるのか、オレも戦ってみてぇな」
レイヴが無邪気に笑うと、すかさずネリーが後ろから襟首をつかんだ。
「ちょっと、あんたはまず自分の足元見なさい!」
「いててててっ!?引っ張るなって!」
耳を引っ張られ、引きずられていくレイヴを見て、アシェルは苦笑した。
そして同時に、レイヴには自分とルミオの関係をまだ話していなかったことを、改めて思い出す。
遠くでネリーが何か説明しているのが聞こえる。
レイヴが目を丸くして驚いているのが、アシェルの目にも入った。
――どうやら、今、ルミオがアシェルの弟であることを知らされたらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――テオラ王への報告も終わり、その日の夜。
宿の一角で、四人は夕食を囲みながら今後について話し合っていた。
「アリスティア、ゴルヴァンテ。二つの試練を乗り越えました。あとは、水の国ルゥナイアと、火の国ザラマントだけですね」
イゼルがまとめるように言う。
「そのあとはどうするんだ?」
肉を頬張りながら、レイヴが首を傾げた。
「そのあとは、アシェルのお父上がいるドラヴァーン国に向かいましょう。ここまでくれば、私たちもかなり力をつけています。ドラヴァーン国周辺にいる魔物にも、ある程度は対処できるはずです」
イゼルはアシェルの方を見て、やわらかく微笑んだ。
その時、ネリーが深刻そうな顔で手を挙げた。
「ネリー?どうかしましたか?」
「次に行く場所自体には何も文句はないの……。だけど、私が心配してるのは“聖域”の動きが全く見えないこと」
「……確かに。ここまで来ても、聖域側から何の反応もありませんね」
イゼルが小さく頷く。ネリーはさらに続けた。
「今の時点でアシェルがいないことに気づいてないなんて、そんなわけないわ。ガーディアンが動き出しているかもしれない……」
「ガーディアン……」
三人が顔を曇らせる中、レイヴだけは状況が掴めていないようで、首を傾げた。
「なんだよ。遭遇したら迎え撃つだけじゃないのか?」
「ばかね……。ガーディアンの強さは、そこらの戦士の比じゃないのよ!何百年も生きてるし、目的のためならどんな手段も使う。レイヴもガーディアン志望してるなら、それくらい知っておきなさい」
「お、おい、なんだよ急に説教かよ!?」
レイヴはネリーの剣幕に押されて仰け反った。
「ねぇ、レイヴ……あなた本当にガーディアンになりたいの?ガーディアンには“心”がないのよ。私たち森の精は聖域で共に暮らしていても、彼の存在が怖い……」
「オレは心を失わない」
レイヴは即座に言い切った。
「……っ!そんなの、目指してるうちはどうとでも言えるわ」
ネリーがさらに言い募ろうとしたが、イゼルが静かに制した。
「お二人とも、とりあえず話を戻してもよろしいですか?」
イゼルが、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
ネリーとレイヴが顔を見合わせ、渋々頷く。
「聖域の動きも気になりますが……ひとまず、こちらの旅路を優先しましょう。明日の朝にアリスティアを出発します。南にノクシェルドという国がありますので、そこで一泊しましょう。その後、いよいよ水の国ルゥナイアへ向かいます」
イゼルの提案に、三人はそれぞれ頷いた。
「では、今日はもう休みましょう」
イゼルが立ち上がる。
アシェルたちも席を立ち、それぞれの部屋へ戻っていった。




