ep.2 違和感
大きな燭台を挟み、その中央には緑の玉がふわりと浮かんでいた。
雲ひとつない青空の下、遥か眼下にはアリスティアの街並みが小さく見えるだけで、玉以外には何もない。
アシェルは恐る恐るその玉に手を触れた。
瞬間、強風が吹き荒れ、塔の上に竜巻が生まれる。
以前、巻き込まれないことを知っていたアシェルは、そのまま上を見上げた。
やがて風が輪郭を持ち、人の形になり――
アリシエルの瞳が開いた。
「ふぅん……前よりずいぶんマシになったわね。それに、あなた……自分でも気づいてないでしょうけど、“本来そこにあるはずのない光”を抱えているわね……」
姿を現したアリシエルはアシェルをじっと見てそう言った。
「再びここに来たのは、力を求めてのことでしょう?」
アシェルはその言葉に頷いた。
「わかってるわ。ゴルヴァンの場所から、あなたの成長は見えていたもの――それに、大樹があなたを求めているのを今は感じる。だから、私の“風の力”を与えるわ」
返事をする間もなく、アリシエルは手の中に緑の光を生み出し、アシェルへと放った。
「ぐっ……!」
背中が灼けるように熱くなり、アシェルは膝をついた。
「アシェル!?」
イゼルが抱きとめる。
アリシエルは静かに指を後ろへ向けた。
「後ろの円形の台に乗りなさい。……岩の守護神の神殿でも見たでしょう?下には大樹の根があるの。だけど、今は闇の力が邪魔して、私の力は直接大樹には届かない」
アリシエルの後ろには、塔の下に行けるであろう手すりのついた円形の乗り物があった。
アシェルはイゼルに支えられながら、その台に向かった。
「行けるのは“聖導師”だけよ。あなたはここまで」
アリシエルはイゼルを指差し、そして「ここ」と言うように下を指差した。
イゼルは頷き、アシェルの肩を離した。
「アシェル、大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫。すぐ戻るよ」
アシェルは笑ったが、額には汗が滲んでいた。
台に乗ると、そのままゆっくりと下降を始めた。
青白く光る壁だけが続き、時間の感覚が曖昧になっていく。
やがて、壁に大樹の根が絡まりはじめた。
――ゴウン
低い音とともに台が止まり、アシェルは塔の最下層へ降り立った。
目の前には先に続く道があった。
少し進むと、地面には黒く萎れた大樹の根が張り巡らされていた。
ゴルヴァンテと同じように大きな根が黒い靄を出して、黒く萎れていた。
アシェルが手をかざし、祝福の力を注ぐと、根から黒い靄が消え、そして生気を取り戻していくように淡い光を灯し始めた。
その瞬間――
細い根がアシェルに向かって伸びてきた。
「わっ……!」
避けようと身を反らしたが、根はアシェルへ伸び続け――
視界が突然、真っ白に染まった。
目の前にはゴルヴァンテで見たのと同じ白い空間が広がっていた。
そしてアシェルの胸元がふわりと光り、そこから小さな光が形をとった。
光の子供は、アシェルを見ると嬉しそうに揺れた。
声はない。ただ、胸の奥に直接触れてくるような“感覚”だけがある。
「……ねえ、君は誰なの?」
子供は首を傾げた。言葉はやはり持たない。
「ここは……大樹の中、なんだよね?」
光の子は、ふわりと頷く。
「じゃあ……どうして、僕の中に入ったの……?」
その問いには反応しなかった。
ただ、アシェルの胸元へ手を伸ばすように揺れた。
そこで、意識がふっと途切れた。
目の前には光を取り戻した大樹の根。
立ち上がろうとすると、体に根が絡みついていた。
「もう……やめてよ……」
アシェルは軽く根を払うと立ち上がった。
しかし、突然、眩暈がし下を俯くと地面に血が溢れた。
「えっ……?」
顔をぬぐい、どこから血が出ているのか確かめると、鼻からだった。
出ていたのはその一瞬だけのようで、血はすでに止まっていた。
そして、アシェルは再び円形の乗り物に乗り、上を目指した。
イゼルのもとにたどり着くと、イゼルは驚いたようにアシェルの顔を見ていた。
「アシェル!鼻に血が……何があったんです?」
アシェルは笑って首を振った。
「ううん、ちょっと出ただけ。大丈夫だよ」
アシェルは顔をゴシゴシと拭った。
イゼルは安堵しつつも、どこか疑わしげにアシェルを見た。
その時、アリシエルの声が響いた。
「無事に力を届けたわね。……でも一つ忠告しておくわ」
アリシエルの声が風に溶ける。
その声は、先程より冷たかった。
「その“祝福”は、本来“人の器”が扱う力じゃない。……その姿のままでは、長くはもたないわ」
アシェルは息を呑んだ。
背中に冷たいものが流れた。
「限界がきたとき、覚悟を決めなさい……聖導師」
そう告げると、アリシエルは風の中に消えていった。
アシェルは意味がわからず動揺したが、イゼルに肩を叩かれ我に返った。
「帰りましょう、アシェル」
イゼルの言葉に頷き、アシェルはアリスティアに帰って行った。




