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理を越えし担い手たち  作者: いがらしつきみ
第一章:聖域
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ep.3 旅への決意

「貴方様の気持ちが決まりましたらまた私に話しかけてください。私はここに二週間ほどいる予定です」


 イゼルはそう言い残した。


 「時間は有限です」


 イゼルが最後に残した言葉がアシェルの胸に焼きついていた。

 ゆっくりしている暇はなかった。

 それが枷になったのか魔法の特訓にも集中できず、満足のいく結果は出なかった。


 外に出たい気持ちとそうすることをよしとしない自分がせめぎ合っているのだ。

 そのことばかりを考え、そして気づけばイゼルの滞在が残り三日となっていた。


 その日の夜は一人でゆっくりとできる時間があった。


 アシェルは椅子に座り、そしてイゼルの言葉を頭の中で反芻していた。

 白い天井を見つめ、自分が確実に後悔しない道は何か――

 それはわからないが……


「後悔しないようにしないと……」


 アシェルは決意を固めた。

 この旅は何か自分の運命を変える旅になるかもしれない。


 イゼルについていってもうまくいくかはわからないが、イゼルはアシェルの家族のことを知っていた。

 ずっと会いたいと思っていた家族に会える可能性が少しでもあるのであれば、アシェルはイゼルについていくことを選択しようと思ったのである。


「よし」


 アシェルは立ち上がり、誰にも気づかれないようにそっとドアを開けた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「どこに行くの?」


 後ろからの声にどきりとし、振り向くとそこにはネリーとマナがいた。


「ネ、ネリー、マナなんでここにいるの?」


 アシェルはぎこちなさを出さないようにと笑顔を浮かべていたが、それが逆に不自然さを見せていた。


「あのイゼルっていう賢者のもとに向かおうとしているでしょ?だめよ、もっとよく考えて」


 ネリーはアシェルの行く手を阻むように前に出た。


「……もう時間がないんだ。これを逃したら僕は一生ここから出られない」

「ほら!そういう、正常な判断ができないのが一番危ないのよ。……別に、無理に出なくたっていいじゃない」

「そうじゃないんだよ。焦ってる自覚はある。だけどこれは家族に一生会えなくなることへの焦りなんだ。約束する。母さんを助け出したらすぐに戻るから」

「それがどれくらい……」


 ネリーが言葉を発する前にマナが制した。


「ネリー、アシェルも落ち着きなさい」


 マナの一言で、二人の熱がすっと引く。

 二人はマナを見て一呼吸を置いた。


「廊下で話してると守人様に見つかるかもしれないわ。部屋に入りましょう」


 マナはそっと部屋を指さした。

 アシェルはこの時、マナがすぐに反対しないことを不思議に思ったのであった。

 マナは話を聞こうとしてくれている。


 このチャンスを逃すわけにはいかなかった。


 三人は部屋の中に入り、長椅子に座った。

 最初に口を開いたのはマナであった。


「それでアシェル、あなたは聖域から出たいわけね」


 マナは責めるわけでもなく、優しくアシェルに問いかけた。

 アシェルはまっすぐマナを見つめ、その問いに頷いた。


「そう……私は立場的にあなたを止めなければならない。だけど、あなたの想いを聞かせてほしいの。私は森の精であるとともに、私情ながらあなたのことを家族のように大切にしたいと思っているの」


 アシェルはマナの言葉に胸がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……マナありがとう。……僕は賢者イゼルさんと旅がしたい。もちろん僕が聖導師としてしなければいけないことはわかってる。だけどここにいても、僕はいつまでたっても聖導師としての力は身につけられない気がするんだ。イゼルさんの言葉を聞いて思ったんだ。僕は世界を知らないといけない」


 マナはじっとアシェルを見つめ、そして優しく頷いた。


「そう……あなたはそう思うのね。そう思うのであれば私は止めないわ」


 ネリーは驚いたようにマナを見た。


「お母さん?」

「私は聖導師様の意思はこの世界のためにあると思っているの。もちろん、この世界の理を乱すことは許されないことだけど、でもアシェルの言葉を信じてあげたい。あなたが家族を大切にする気持ちがわかるから……」


 マナは立ち上がり、アシェルの頬を両手で優しく包み、愛おしむ眼差しで見つめた。




「だけど……そんなこと守人様が許すはずがないわ。アシェルが外に出たらそのあとはどうするのよ……」


 ネリーは下を見て拳を握った。

 マナはネリーの方へゆっくりと顔を向けた。


「ネリー、あなたはそんなこと気にする必要はないわ。私がここに残るから、あなたにはアシェルをお願いしたいの」


 ネリーはゆっくりと顔を上げた。


「お母さんだけが残るの?」

「大丈夫よ心配しないで。私は前聖導師様から仕えているの。守人様にもうまく理由を説明するわ」


 マナはにこりと微笑んだ。

 そして不安そうにするネリーのもとに行き、優しく抱擁した。


「私は前聖導師様にご恩があるの。私を変えてくれたお方のためになりたい。だから、あの方の子であるアシェルを、信じて送り出したい。……だけど、ごめんねネリー、お母さんはここで聖域を守らなければならないの。あなたに託してしまうことにはなるけど、使命にまだ目覚めていないあなたなら外でアシェルを支えていくことができると思うの。お願いしてもいいかしら?」


 ネリーはマナの胸で唇を噛みしめ、そしてゆっくりと頷いた。

 マナはゆっくりとネリーを離すと窓の外へ目を向けた。


「そこにいらっしゃる方?満足のいくお言葉が聞けたのではありませんか?」


 マナが何を言っているのかわからず、アシェルとネリーは顔を見合わせた。


「ばれていましたか?」


 窓の外からイゼルが姿を現した。


「昨夜から気配がありました。聖域で隠密をなさるのは、おやめなさい」

「いや~失敬。まさかばれているとは思いませんでした」

「幸いなことに私しか気づいていませんでしたよ。さすが勇者様のお仲間ですね」


 イゼルはマナの言葉に照れたような仕草をした。


「お褒めいただき光栄です。聖導師様がいつまでたっても答えを出さないので心配していたのです」

「聖導師様が行くと言わなかった場合、どうするおつもりだったのですか?」


 マナはイゼルの反応を楽しむかのように質問をした。

 しかし、笑みを浮かべながらも完全には笑っていない。

 その笑みの奥には刃のような沈黙が落ちていた。


 イゼルは顎に手をおき、考えるような素振りをした。


「そうですね、そしたら諦めて一人で仲間集めの旅に出ていたかもしれません」


 そう言うと、イゼルは浮遊しながら部屋の中まで入ってきた。


「それは意外ですね。私はてっきり攫ってでも連れて行くのかと思って警戒していましたのに」

「そこまで倫理観は欠如していませんよ。一応、賢者なのでね」


 イゼルは笑い、そしてアシェルの方を向くと手を差し出した。


「答えは出たのですよね?ならば今夜にでもここを出ましょう」


 アシェルとネリーは驚きを隠せずにいた。


「もう出るの?」

「はい、早いに越したことはありません。気持ちが変わるまえに、決意した時に動くのが一番いいのです。マナ様もよろしいですよね」


 マナはその問いに頷いた。


「はい、外に出るなら今日がいいです。守人様は大樹のもとへ行っています。監視も薄いです。私が聖域を出る道までご案内いたします」


 そう言って、マナはアシェルとネリーにローブを着せた。

 準備が整うと、イゼルの魔法が淡く四人を包んだ。

 聖殿の外へ――踏み出した、その瞬間。


 遠くで、鈴の音が一つ鳴った。

 マナの指先が、ほんの少し震える。


「……行きましょう」


 四人は静かに闇へ溶けた。

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