ep.3 最後の試練
「最後の試練――それは我を倒すこと」
石像は身をひねると、そのまま地面に溶けるように潜り込んだ。
「皆、足元に気をつけろ」
カイゼルが短く警告する。
しかし、地中に潜った石像の気配はまるで感じ取れない。
アシェルたちはバラバラにならないよう、背中を預け合い、輪を作った。
次の瞬間、アシェルの足首を何かが掴んだ。
「え――」
考えるよりも早く、体が一気に宙へ放り上げられる。
視界が反転し、俯瞰の景色が目に飛び込んできた。
地面から突き出た石像が、アシェルたちの足元ごと弾き飛ばし、陣形を崩している。
石像はその勢いのまま、近くにいたカイゼルたちも弾き飛ばし、四人を散り散りにした。
間髪入れず、石像は次の標的に狙いを定める。
まずは体勢の崩れたカイゼルへ、拳を振り下ろした。
「ヴェール・オブ・アリシェ!」
アシェルの叫びとともに、風の防御壁がカイゼルの前に展開される。
それにより、石像の拳は弾かれた。
石像はすぐに上を仰ぎ見て、今度は宙にいるアシェルに狙いを変えた。
地を勢いよく蹴り、跳び上がる。
「まずいっ……!」
空中では体勢を整える暇もない。
石の拳が、防御壁を割り砕く勢いでアシェルを殴りつけた。
咄嗟にもう一枚、防御壁を張ったが、詠唱なしの不完全なものは一撃で砕け散る。
アシェルの体はそのまま、地面へ叩きつけられるように落下した。
(浮遊魔法習っておけば……!)
鈍い衝撃音と共に、砂煙が巻き上がる。
「アシェル!!」
カイゼルとライオスの叫び声が聞こえた。
だが、アシェルが感じたのは痛みではなく、何か硬く、温かいものの感触だった。
恐る恐る目を開けると、ガルドの腕に抱えられていた。
「……あ、ありがとう」
そう言うと、ガルドは黙って頷き、アシェルを地面へ降ろした。
「無事か?二人とも」
カイゼルが駆け寄ってくる。
二人の無事を確認すると、すぐさま石像へと視線を戻した。
「バラバラに動けば、一人ずつ潰されるだけだ。俺とガルドがあいつを叩く。アシェルは後ろから援護、ライオスはアシェルの護衛だ。細かい判断は任せる」
短く告げると、カイゼルはアシェルに視線を向けた。
「さっきは守ってくれてありがとう。……助かった」
口元だけ、わずかに笑ったように見えた。
「では行くぞ、ガルド!」
ガルドは無言で頷き、カイゼルとともに駆け出した。
アシェルは宙を浮く石像までの道を作ろうと地面に向かって杖を構えた。
「アース・リフト!」
地面が隆起し、石像へと続く坂道ができあがる。
(魔法が全てうまくいく……!)
アシェルはその嬉しさを噛み締めた。
ガルドは迷いなく、その斜面を駆け上がり、大剣を石像に向かって振り下ろした。
石像は地面へ叩きつけられ、その場に駆けつけたカイゼルがとどめの一撃を狙う。
だが、石像はカイゼルの剣を掴み、そのままカイゼルごと壁へと投げつけた。
「ぐっ……!」
背中を打ちつけられ、カイゼルは息も絶え絶えに咳き込む。
「カイゼルさん!」
アシェルは癒しの魔法をかけようと駆け寄ろうとしたが、その前に石像が目の前へ現れた。
(まずい!)
防御壁を展開するには一瞬、間に合わない。
時間がゆっくりと伸びるように感じた。
その瞬間、ガルドがアシェルと石像の間へ体を滑り込ませ、拳を正面から受け止める。
重い衝撃に、二人まとめて吹き飛ばされた。
ガルドが身を挺して庇ってくれたおかげで、アシェルへの直撃は避けられたが、ガルドは重い一撃を受け、地面に崩れ落ちた。
「ガルド!!」
ライオスが駆け寄り、脈を確かめる。
「生きてはいる……でもダメだ、完全に意識を失ってる……ガルドの力でも押し切れないってことは、一方的に殴り合っても勝てないってことですね」
ライオスはアシェルを見た。
「アシェルさん、少しいいですか?」
穏やかな目が、今は真剣に細められている。
「俺、魔法って“応用が利く”って聞いたことがあるんです。さっきの地面を持ち上げた魔法。あれで、あいつの動きを止めることはできませんか?」
「応用なんて、やったことがない……」
「実践は、自分を強くする一番の場ですよ。俺とカイゼルは、まだ動けます。あの石像の攻撃にも、しばらくは耐えられる。だからアシェルさんは、“あいつの動きを封じる魔法”を編み出すことだけに集中してください」
言い切るや否や、ライオスはアシェルの肩を一度叩き、カイゼルに合図を送った。
壁に凭れていたカイゼルも、荒い呼吸を整え、ライオスの意図を汲んだのか立ち上がると、再び石像へ向かって走り出した。
石像は、それを迎え撃つように拳を構える。
(やるしかない……!)
アシェルは杖を握りしめ、深く息を吸った。
(地面の砂を持ち上げてあいつに絡めるイメージで……)
集中すると、アシェルの周囲で砂が渦を巻き始める。
胸元で、リエルからもらった首飾りが緑の光を放った。
(……風?手伝ってくれてる……?)
アシェルはそのまま杖を前へ突き出した。
「――アース・バインド!」
砂の渦は風に乗り、勢いを増して石像へと襲いかかる。
砂は石像の四肢と胴に巻き付き、次の瞬間には硬い岩のように固まった。
石像の動きがぴたりと止まる。
「今だ、ライオス!」
カイゼルの声に、石像の近くにいたライオスが頷く。
ガルドの大剣を拾い、両手で構えると、渾身の力で振り下ろした。
石像の頭部が吹き飛び、カイゼルの足元へ転がる。
間髪入れず、カイゼルがその頭に剣を突き立てた。
石像の頭に走った亀裂が、一気に全身へ広がる。
次の瞬間、石像は粉々に砕け散り、静寂が訪れた。
しばらくの間、アシェルたちの荒い息遣いだけが響いていた。
「やったな……」
カイゼルのひと言で、ようやく終わったのだと実感が湧き、アシェルは胸を撫で下ろした。
すぐに倒れているガルドのもとへ駆け寄り、両手をかざす。
「ヒール……!」
完全に身につけたわけではない癒しの魔法だったが、何度も繰り返し、少しずつ傷を閉じていく。
汗がこめかみを伝う。
魔力を練る感覚も、まだぎこちない。
時間はかかったが、やがてガルドのまぶたが僅かに震え、ゆっくりと開いた。
「……よかった……」
アシェルが安堵の息をついた、その時だった。
足元から、低い振動が伝わってきた。
神殿全体が、うねるように揺れ始める。
「よくぞ……我が守護者を打ち倒した……」
壁が蠢き、石が盛り上がる。
人の顔を思わせる凹凸が形を取り、そのまま巨大な人型となってアシェルたちの前へ姿を現した。
「我が名はゴルヴァン……」
石の巨人はゆっくりと手を広げる。
「お前たちを認めよう。望む力を、その身に与える」
ゴルヴァンの大きな手が、アシェルたちへと差し伸べられた。
アシェルたちは喉を鳴らし、固唾を飲んだ。




