ep.2 第一の試練
玉座の奥、カーテンで覆われた先には下へと続く階段があった。
カイゼルを先頭に、アシェルと同行者二人がその階段を降りると、複雑な紋様の大扉があった。
大扉には封印がかかっているのか、青白い光を放っていた。
アシェルが不思議そうにその扉を見つめていると、同行者の一人がアシェルの近くに来た。
「この扉は、継承者の証を持つ者だけが開けられるのです」
隣にいた柔和な青年が、優しい声で説明した。
柔らかな銀髪、垂れ目の穏やかな印象。
だが、鍛え上げられた体つきは、ゴルヴァンテの戦士であることを物語っている。
対して、もう一人は異様に大きく、重鎧の上からでも筋肉がわかるような男だ。
彼は無言で、ただ前を見据えていた。
カイゼルは胸元から首飾りを取り出すと、大扉に嵌め込まれた赤い玉に当てた。
瞬間、青白い光が吸い込まれるように消え、内部で巨大な錠が外れる音が響いた。
ゴゴン――
二人の同行者が扉を押すと、ゆっくりと闇へ続く空間が開いた。
「ここからはゴルヴァン様の神殿だ。外部の者でも、ここでは俺たちと行動を共にしてもらう。勝手な行動はするな」
カイゼルの言葉に、アシェルは大人しく頷いた。
アシェルたちは神殿の奥へ進んだ。
内部は全てが古い石でできていた。
天井からわずかに砂が落ち、足音を返す壁は、触れると小さく震えている。
石の隙間から風が漏れ、まるで神殿そのものが呼吸しているかのようだった。
アシェルがあたりを珍しそうに見ていると、先ほどの柔和な青年が近づいてきた。
「アシェルさん、俺たちの自己紹介がまだでしたよね。俺はライオスです。そしてあそこの大きな男がガルドです。あいつは基本喋らない奴なんで、わからないことがあったら俺に聞いてください」
ライオスの柔らかな笑みは、ゴルヴァンテ国では異質ですらあった。
しかし、不思議と安心できるものだった。
ライオスは人懐っこい性格なのか、ゴルヴァンテのことや自分たちのことを色々と話してくれた。
その話から、ゴルヴァンテの人々は強面な者が多いが、仲間想いで、友情を重んじる者が多いということがわかった。
戦士としての誇りを持ち、仲間を守るために岩のように立ち続ける。
そして、会話の端々からカイゼル、ライオス、ガルドは幼き頃からの仲で、深い絆が築かれていることがわかった。
「ライオス、外部の者にそこまで話さなくてもいいだろ」
先頭のカイゼルが射抜くようにライオスを見た。
「おっと、失礼」
ライオスは、特に悪びれた様子もなく謝った。
そのやり取りを見ているだけで、アシェルは自分が試練を受けに来たことを、つい忘れそうになった。
ゴルヴァンテの人々は「人らしくない」とすら思っていたが、こうして親しい者同士の関係を見る限り、その印象は少しずつ崩れていく。
やがて、ぽっかりと開けた円形の広場に出た。
「……何もない?」
カイゼルが不自然さに眉をひそめる。
その一歩先で、石の床が波打つように歪んだ。
「危な――」
言い切るより早く、足元が粘土のように崩れ、四人は闇へと吸い込まれていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アシェルは柔らかな砂の上で目を覚ました。
周囲は真っ暗だが、アシェルの足元だけが不自然に明るい。
「……カイゼルさん?」
呼びかけても返事はない。
転がった杖を拾い上げ、闇へ向かって歩き出す。
ふと、背後に気配がした。
振り向いた瞬間――
そこには石でできた“人”が立っていた。
(武装……してる?いや、違う……)
目を凝らすほどに輪郭が揺らぎ、“誰か”の姿にも見える。
一度瞬きをした時には、複数の石人間が迫っていた。
その眼孔に当たる部分が、赤く微かに光っている。
敵意だけは、確かだった。
「フレア・ショット!」
放った炎の矢は一体を砕いたが、闇の奥から次々と同じ姿が現れる。
一体がアシェルに飛びかかり、押し倒した。
石の腕が首を押さえつけ、呼吸が苦しくなる。
(まずい……)
拳が振り上げられ――
――バチン
頬に走った痛みは、拳の重さにしては軽すぎた。
その軽さに、アシェルの意識が揺れる。
「おい!! アシェル!!」
耳の奥で、誰かの声が弾けた。
景色がぐにゃりと歪む。
次に目を開けた時、目の前には――
カイゼルがいた。
すすで汚れ、肩で息をしている。
その背後にはライオスとガルドもいた。
アシェルが見ていた“石人間”は、三人そのものだった。
「よかった。アシェルさん、幻覚見てたんです。俺たちのこと、ずっと敵だと思って魔法を撃ってましたよ」
「まったく、目を覚まさなかったらどうしようかと思った。ここは試練の場だ。すでにゴルヴァン様の試練が始まっている。気を抜くな」
カイゼルはそう言うと、部屋の真ん中に目を向けた。
神殿の中央に残った石像が、まるで背骨を伸ばすように動いた。
「――よく、我が幻覚を越えた」
その声は石の震えのように低かった。
「試練は、扉を越えた時からすでに始まっている。目に映るものが真実とは限らぬ。今のは、お前たちの意志と絆を確かめるための試練」
石像はゆっくりと構えを取った。
「では……最後の試練だ」




