ep.1 ゴルヴァンテ国
ゴルド地方
一帯は岩に覆われた地。
その中心に、石の王国――ゴルヴァンテがある。
この地では、守護神ゴルヴァンが祀られている。
「どこ見ても岩しかねぇじゃねぇか。本当にゴルヴァンテはあるのか?」
レイヴを先頭に、アシェルたちは石の斜面を登っていた。
岩肌はざらつき、指先に粉がまとわりついた。
風は乾いていた。
アシェルたちは足を踏み外さぬよう、慎重に進んで行った。
「もう少しでゴルヴァンテが見えるはずです」
イゼルが指した先には石碑が立っていた。
〈この先 ゴルヴァンテ〉
石碑を信じ、しばらく進むと、切り石で組まれた重い門が現れた。
「やったぜ!」
レイヴは一目散に駆けていった。
すると、槍が一閃、道を塞いだ。
「おわ!なにしやがる!危ねぇじゃねぇか!」
レイヴは声を荒げたが、門番は表情を変えず、冷たい視線でレイヴを見た。
「何者だ?」
「俺はレイヴ、旅人だ。ここの統領――いや王に話があって来た」
「王に?通達はない」
短い沈黙が落ちた。
レイヴが口を開きかけたところを、イゼルがそっと手で制す。
「連れの者が失礼しました。私はエルヴァレンの賢者イゼルと申します」
イゼルは静かに一礼した。
門番はイゼルの名前を聞いた途端、態度を改め、右手で胸を二度叩くと粛々と頭を下げた。
「……イゼル様。大変無礼を。すぐ取り次ぎます。――お前、案内を」
若い門兵が一歩前に出て、無言で頷いた。
一人は城に向かって走って行き、アシェルたちはもう一人の門番の案内のもと、城へ向かった。
やがて城に着くと、すぐに王への拝謁が許された。
通達を告げに現れたのは、アシェルと同じ年頃の若い男であった。
短く硬い茶褐色の髪、見定めるような鋭い目つき。
「今から案内する。ついてこい」
男の後ろには屈強な男が二人控えていた。
この国の人々は、言葉より沈黙を重んじるようだった。
皆が鎧を纏い、戦場の匂いがした。
王の間までは無言が続いていた。
石造の城内は冷たく、その冷たさが緊張を増幅させた。
大扉の前に辿り着き、門兵が大扉を開けた。
扉は重々しく軋みながら開き、中には案内の若者と同じ髪色の男が、剣帯のまま玉座に腰を下ろしていた――王というより、戦士だ。
「よう、イゼルじゃあねぇか。突然くるとは、何のようだ?」
男はニヤリと笑い、イゼルを見た。
その笑みは豪快で、同時に刃のようだった。
アシェルは思わず身を竦めた。
「お久しぶりです。グレオル王」
珍しくイゼルの表情は固かった。
「今日はお願いがあって参りました。この国の守護神ゴルヴァン様に会わせていただきたいのです」
王は、喉の奥で笑った。
「何だ、賢者のお前がくるから何事かと思ったらそんなことか。ああ、いいぜ。だがよゴルヴァン様に会うならうちのしきたりには従ってもらう」
イゼルは頷いた。
「まず一つ、試練を受けるのは一人だ。二つ目、俺の息子カイゼルを連れて行け。こいつはちょうど継承者前なんだ。 そして、同行二人をつける。――以上だ」
「私たちの同行は?」
「不可だ。外から来たやつを、ほいほい試練の間に入れるわけにゃいかねぇ。入れるのは“試練を受ける者”だけだ」
イゼルはアシェルを見た。
「ということです、アシェル。私は今回は同行できませんが……大丈夫。あなたはもう強い。必ず乗り越えられます」
喉が乾く。
足元の石が、少しだけ深く沈んだ気がした。
アシェルは、ただ静かに頷いた。
カイゼルという男を見ると、そちらもアシェルを見つめていた。
何かを見定めるかのような瞳がアシェルは苦手であった。
「なんだ、試練を受けるのはその子供か。……面白ぇ。何しに行くのかはしらねぇが……」
王の視線が、じり、と肌を撫でる。
「まぁ、何かしら理由があるみてぇだな……」
グレオル王は目を細め、アシェルをじっと見据えた。
正体が見抜かれたかと胸が冷える。
だが、王はふっと口角を上げた。
「俺はな、岩の目で人を見る癖がある。形じゃねぇ、“芯”の密度だ。……お前は、妙に澄んだ層を持ってる」
アシェルの胸がひやりとした。
だが、王はただ口角を上げたままだ。
「……なるほど。それではグレオル王、我々も長居はできません。試練は本日でもよろしいでしょうか?」
「急に来て今日か。突拍子もねぇこと言うなおまえは。いいぜ!カイゼル、お前も支度しておけ」
「はっ」
カイゼルは右手で二度胸を叩き、一礼した。
そして、アシェルへ向き直り、手を差し出した。
「カイゼルだ」
「アシェルです」
二人は、試練に向けて固い握手を交わした。
その手には、確かな重みがあった。




