ep.4 祝福の力
あたりは瘴気が立ちこめ、冷たい空気が肺を刺す。
森は息を潜め、音さえも凍りついたかのように静まり返っている。
アシェルの目の前には、何もない空間に黒い亀裂が走っていた。
「師匠、これは……?」
「これが歪みです。魔界から入った亀裂。ここから魔物が入ってきます」
亀裂から黒い靄が溢れ、空間が生き物のように呼吸しているようであった。
「歪みがある限り、魔物はこちらへ次々と入り込んできます。これ以上、広がらないためにエルヴァレンの賢者たちが張ったのがこの結界です……それ以外我々にできることはありませんからね」
イゼルは悔しそうに唇を噛んだ。
アシェルをゆっくりと見ると、手を差し伸べ、前に出るように誘導した。
「この歪みを完全に消せるのは、聖導師の持つ祝福の力だけだそうです……我々賢者の魔法では封じることしかできません。今のアシェルならできます」
アシェルは歪みを見つめ、イゼルの言葉に頷いた。
手を合わせ、祈りを込める。
胸が熱くなるのと同時に光の力が発現する。
アシェルは歪みに手を伸ばし、その亀裂を塞ごうとした。
手の中に、ざらつく闇の感触が伝わる。
光と闇が擦れ合い、軋むような痛みが腕を伝って胸の奥を走った。
それでもアシェルは、その裂け目を縫いとめるように、祈りを続けた。
歪みが抵抗するように蠢く中、アシェルは光を注ぎ続け、そして、ついに歪みを消すことに成功した。
アシェルは今回初めてできたことの多さに感動し、イゼルに向かって笑おうとした。
――その瞬間だった。
光が弾け、世界が反転した。
そして――
最後に感じたのは、冷たい地面の感触だけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目を覚ました時にはベッドの上にいた。
身体にはひどい疲労感だけが残っている。
体を起こし、目を擦っているとドアが開く音が聞こえ、目を向けるとレイヴが立っていた。
「おう!目が覚めたのか」
レイヴは安堵した笑みを浮かべ、勢いよく手を振った。
そのまま「イゼルさんたちに知らせてくる!」と声を弾ませ、軽やかに部屋を飛び出して行った。
話を聞いたイゼルたちはすぐさま部屋にやってきた。
「アシェル、目を覚ましたのね!」
最初に部屋に入ってきたネリーが安心したようにベッド側までかけ寄ってきた。
その後ろから来たイゼルもホッとしたような表情をしている。
「歪みは……?」
アシェルが質問すると、後ろに控えていたロシュベルが口を開いた。
「歪みは消えた。今、エルヴァレンの賢者たちがやってきている」
ロシュベルの声が落ち着いていた分、その後の一言が重かった。
「……歪みが消えた原因を調べているそうだ」
その言葉に場の空気が張り詰めた。
「ちょ、ちょっと待って!それって……アシェルの正体がバレたってこと!?」
ロシュベルの言葉にネリーが食いつくように反応した。
「いや……アシェルの正体はわかっていない。だが、イゼル、どうやって説明するんだ?」
イゼルは考え込むように顎に手を置いた。
その時――
外から足音がゆっくりとこちらに近づいてきた。
それは、静かな部屋の空気を少しずつ張り詰めさせるようであった。
ドアをノックする音に全員がビクリと反応した。
「イゼル様、リオネル様がお呼びでございます。お供の方もご一緒にご同行お願い致します」
全員がその言葉に反応した。
「ほら、弟に呼ばれているぞ」
ロシュベルは揶揄うようにイゼルを見た。
「わかってますよ……」
イゼルはまいったといったように頭を掻き、そして外にいる賢者に「今行きます」と返事をした。
アシェルの身支度を整えると、五人は部屋をあとにし、呼びにきた賢者の案内で、イゼルの弟リオネルのもとへ向かった。
外に出ると多くの賢者達が整然と並び、アシェルたちが通る道を開けていた。
その中心には眼鏡をかけたイゼルと同じ青髪の青年が立っていた。
「兄上っ……!お久しぶりです!」
一瞬、少年のように顔を綻ばせたリオネルだったが、ハッと我に返ったように視線を伏せた。
周りを気にするかのように瞳を動かした後、咳払いをし、そして恥じるように深くお辞儀をした。
「……失礼しました。今日は急ぎの用件で、こちらに赴きました。率直にお聞きします。……この結界内で消滅した”歪み”について、……兄上、何かご存知でしょうか?」




