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光に咲くは、忘却の花  作者: いがらしつきみ
第一章:聖域
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ep.2 旅への切符

 アシェルとイゼルは対面で席に座り、机には2人分のお茶が置かれていた。

 アシェルの後ろにはネリーが控えている。


「いや~聖域はやはり美しいものですね。前に来たときは貴方様の前の聖導師様でしたが」


 口を切ったのはイゼルであった

 その言葉にアシェルはピクリと反応した。


「前の聖導師と会ったことがことがあるのですか?」

「はい、旅の前に祝福を受けたのです。とても美しい女性でした。そういえば貴方様のお母さまに当たるお方ですよね。面影があります」


 イゼルは懐かしむ様子であった。

 世界を裏切った勇者の仲間のためどんな人物なのかと身構えていたが、案外接しやすい人物なのかもしれない。


「そうですか………その人はどんな人だったのですか」


 一瞬、ネリーが身じろいだように見えたがアシェルは気づかないふりをした。

 聖域の来客に対し聖導師が親密な接し方をするのはあまりよく思われないのであろう。

 しかしイゼルなら知っていることをなんでも話してくれる気がした。

 この機を逃すわけにはいかない。

 アシェルは気になることを自然と口にしていた。


「使命に忠実に生きている印象がありました。我々とは少し違った存在………正直近くには寄りがたかったです。貴方様は人間味があって接しやすいですね」


 アシェルはそれが褒められているのかわからず複雑な顔をした。

 その様子にイゼルはにこりとした。


「イゼル様、そういったお言葉はお控えください。聖導師様はあなた方とは全くの違う存在なのです」


 ネリーがイゼルに睨みをきかせた。


「これは大変失礼いたしました」


 イゼルは丁寧に謝りながらも飄々としており、人物がつかめない。


「そうでした、今日私がここに来た理由をお話しいたしましょう。私が今日ここに来た理由は聖導師様に魔法をお教えするためなのです。聞いておりましたでしょうか?」

「いえ………でも、そうですか。わかりました」


 アシェルはカップを置いた。


「では、僕がいつも魔法の特訓をしている場所に移動しましょう」


 アシェルは話題が変わってしまったことにがっかりしつつ、今自身がしなければいけないことに気持ちを切り替えた。

 アシェルが立ち上がろうとするとイゼルは手を上げ制した。


「まぁまぁ、もう少しゆっくりいたしませんか?」

「え?ああ……はい」


 アシェルは素直に応じたが、ネリーは顔を歪め不愉快そうにしていた。

 アシェルが抑えるように合図すると、ネリーはしまったと思ったのかすぐに表情を戻した。


「ゆっくりと言ってもここでは何もすることはありませんよ」


 アシェルは何もないということをあたりを見渡して示した。


「いえいえ、こうして何もせずゆっくりする時間というのも大切なことなのですよ。貴方様は生まれてからずっとここで生活をしてきたのでしょう?ならば外の世界のことはあまりご存じない。聖導師様はこの世界の現状を知っていますか?」


 イゼルの質問にアシェルは何も言えなかった。

 聖導師である者が外部の者に対して世界を知らないなど恥なのではないかと頭の中を駆け巡った。


 しばらく間を置いたあとイゼルが口を開いた。


「知らないことは恥ではないです。私が教えて差し上げます」


 イゼルはお茶を口に含み、ほっと息をつくとゆっくりとカップを机に置いた。


 静寂な空間に硝子の音が響いた。

 今の状況がイゼルのペースになっていることに不信感が募った。

 しかしイゼルの目的はアシェル達には全く分からない。


「聖導師様はご存じでしょうか。今この世界は境地に立たされていることを………言ってしまえば何とか魔王からの支配を免れている状況なのです」

「免れている?」


 アシェルの言葉にイゼルは頷いた。


「はい、前聖導師様が攫われる直前に魔界の門を封印したおかげで、今魔物の侵攻は抑えられています。しかし、それがいつまで続くかはわからないのです。最悪なことに、最近その封印が弱まりつつあります」

「なぜ、封印が弱まるのですか?」

「私の憶測でしかないのですが、前聖導師様は魔界でまだ生きておられる。しかし、それも時間の問題なのでしょう。そのため、前聖導師様が亡くなる前に貴方様は世界のために力をつける必要があるのです」


 アシェルは唇を噛んだ。

 ここでもやはり自分の力がどれ程世界で重要なのかが胸に刺さった。

 しかし、同時に母親が生きているかもしれないという希望が見え、ぐちゃぐちゃになった感情を一度落ち着けようとアシェルはゆっくりと息を吸い、覚悟を決めてイゼルをみた。


「イゼルさん。前聖導師が生きているのなら救い出すことはできないのでしょうか………」


 アシェルは思い切って尋ねた。

 イゼルは少し驚いたような表情を浮かべアシェルをじっと見つめていた。


 これは、母を救いたいというアシェルの私情にすぎない。

 しかし自身が力をつけることで母を救い出せるのであれば、その希望を掴まずにはいられないのだ。


「今の貴方様にはその力はないですが、力をつければ封印は解けるでしょう。そうすれば中にいる聖導師様を助け出すことはできます」


 イゼルの表情は柔らかいが、かすかに眼光が鋭くなった。

 アシェルはこの空間に一瞬だが緊張が走ったように感じた。


「しかし、世界のためには封印を解かないことが一番なのです。今封印が解けていないことは前聖導師様が生きているあかし。聖導師様に対し失礼を重々承知で言いますが、前聖導師様が亡くなる前に貴方様が今しなければいけないことは聖導師としての力をつけることです」


 イゼルの言葉にはとげがあるが現実的な意見であった。

 しかし、母を見捨てることをアシェルはしたくないのが本音であった。


「まぁ、これが現実の考え方です」


 イゼルは手のひらを叩くと突如明るい口調で話し始めた。

 アシェルとネリーはイゼルの突然の変化に呆気にとられ、固まった。


「聖導師様、この世界はルールで縛られすぎなのです。前聖導師様であっても貴方の家族、貴方様は家族を救いたい気持ちがあるのでしょう。貴方様の力は世界のためだけではなく貴方様のためにも使ってもいいと思うのです。貴方様が力をつけることで前聖導師様を助け出すことは不可能ではありません。私が力をお貸しします」


 アシェルはイゼルの突然の変化に驚きつつも、その言葉に希望を見出した。

 アシェルの表情の変化を読み取ったイゼルは頷いた。


「実は、私も昔旅をしていた勇者を救い出したいのです。彼を安らかに眠らせたい。そのために貴方様のお力が必要なのです。どうか私と共に旅に出ていただけませんか?」


 イゼルの提案にアシェルはすぐに整理がつかなかった。

 口を開く前にネリーが前に出た。


「イゼル様!?何をおっしゃっているのですか?そんなこと許されるはずがありません!わかっているのですか、あなたは聖導師様を連れ去ったとして重罪となるのですよ」


 ネリーは声を荒げた。

 アシェルはやっとイゼルの言葉の整理ができた。


 ネリーもいる前でこのようなことを提案するイゼルをアシェルは全く理解できなかった。


「わかっています。しかし勇者、聖導師がどちらも魔王に捕まっている今、我々が魔の者より優位に立てることはないのです。このまま世界の成り行きを見ているわけにはいきません。力あるものが動かねばならないのです」


 イゼルの表情は真剣であった。


 アシェルは聖域から出ることなど考えたこともなかった。

 一人では何もできないことを知っていたからだ。

 しかし、今はイゼルがついている。


「聖導師様、貴方様には父親、そして双子の弟がこの世界におります。会いに行きたくありませんか?彼らも貴方様と再び会えることを待っています」


 この提案にアシェルは胸の高鳴りを抑えられずにいた。

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