ep.3 最悪な遭遇
「では、イゼル殿ご武運をお祈りしております」
「行って参ります。テオラ王」
イゼルはテオラ王に深くお辞儀をした。
ドレインに会ってから一日が経過した。
アシェルはアリスティアに着いてから新しいことの発見で胸が高鳴ると思いきや、どっと疲れが溜まっていた。
リエルとは今朝一度も顔を合わせていない。
アリシエルの祭壇に行くためにリエルの案内は欠かせないため、これから会うことになっているが、昨夜の出来事を思い出すとどのように顔を合わせればいいのかわからなかった。
アシェルがため息をつくと隣にいたネリーが声をかけてきた。
「アシェル、今日は溜め息多いわね。何か悩み事?」
昨日のことを全く知らないネリーはただアシェルの様子を心配しているようであった。
(……言えない。森の精であるネリーにだけは)
アシェルはにこりと笑った。
「なんでもないよ……ただ、緊張しているだけ」
嘘ではなかった。
「まぁ、そうよね。これからこの地の守護神であるアリシエル様に会うんだもの。私も緊張するわ」
ネリーはアシェルの緊張をほぐそうとしてくれているのか、話を続けてくれていた。
テオラ王への挨拶を済ませ、外に出るとリエルが待っていた。
「お待ちしておりました。では、いきましょう」
リエルは形式通りのような挨拶をし、アシェルたちを案内した。
しかし、こちらに全く目を合わさず雰囲気からわかるが、アシェルたちを敬遠しているような様子であった。
「ねぇ、アシェル?なんだか今日のリエル様、様子がおかしくない?不機嫌なのかしら」
「……さぁ」
明らかに昨夜のことであるとアシェルは分かってしまった。
「リエル様おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」
イゼルはいつものように笑いながらリエルに挨拶をしたが、リエルはイゼルを一目見ると軽く会釈し、先へ進んで行ってしまった。
道中は喋ってはいけないルールが課されているのではないかと思うほどの沈黙が続いていた。
「着きました」
リエルは立ち止まり目の前の道を指差した。
「この先に祭壇が……」
アシェルは絶句した。
アシェルたちの前には空まで続く白い塔があった。
「この1番上にアリシエル様の祭壇があるわ」
「はっ……?この1番上に?」
ネリーは無理と言わんばかりに顔を真っ青にしていた。
「ネリーはここにいてください。私とアシェルで祭壇に向かいます」
ネリーは激しく頷き、ここにとどまることとなった。
「私もここまでです。アリシエル様の試練は受ける者だけが行く。私は関係ないので私もここに残ってあなたたちの帰りを待ちます」
リエルはそういうと、後ろに下がりアシェルたちに道を譲った。
「あそこの門を潜って塔の外側についている階段を登っていけば上に行けます。だけど強風に煽られてそのまま下に落ちないように気をつけて下さい……」
リエルが示した先には蒼紺の門があり、その先には上に続く長い階段があった。
「何から何までありがとう」
アシェルがお礼を言うとリエルは複雑そうに視線を逸らした。
「別に、私は王の命令に従っているだけよ。それと、上に着くまでに祭壇の守護者と遭遇するかもしれないわ。気をつけて」
昨夜のことがあったため、リエルはこちらを敵対視しているのではないかと懸念していたが、そうではないことが分かっただけでもアシェルは安心した。
アシェルとイゼルはリエルに感謝を伝えると、門をくぐり、階段を登り始めた。
リエルが言った通り、風がかなり強く、壁に手をつきながらでないと下に落ちるのは確実であった。
「アシェル、ここで道が途切れています。飛び越えていきます。まず私が先に」
「魔法でなんとかならないの?」
「魔法でこの風を止めることはできませんし、ここで浮遊魔法など使えば、たちまち飛ばされてしまいます。ここは自分たちの力で頑張りましょう」
イゼルはそう言うと十分に助走距離を確保し、飛んだ。
イゼルは足を踏み外し、危うく落下するところだったが、なんとか途切れた先の階段まで手が届いた。
アシェルはイゼルが無事であったことにホッと胸を撫で下ろした。
アシェルも続いて飛ぼうとした時、向かい側でイゼルが手を伸ばしてくれていた。
アシェルはイゼルの手を掴むことだけを考えて飛んだ。
かなりの強風に押し戻されそうになりながらも、イゼルの手を掴むと強く引き寄せられ、なんとか向かい側に辿り着いた。
「やりましたね。アシェル」
「ありがとう。師匠がいてくれてよかった」
アシェルはホッと息を吐き、二人はしばらく休憩した後、再び上を目指して歩き始めた。
強風に煽られ続け、呼吸をするのも大変であった。
「アシェル、ここから塔の中に入れます」
二人は塔の中に急いで入った。
中は広く、辺りは青白く光り神秘的な空間であった。
この中にも階段があり、上への道は確保されている。
「ああ、よかった」
アシェルはもう強風に煽られなくてもいいとわかると嬉しさが込み上げてきた。
しばらく階段を登っていると中にも大きな蒼紺の扉があった。
ここで道は途切れているようであり、中に入らないと先には進めないようであった。
「何やらここに書かれていますね」
扉の横に文字が書かれていた。
【力を求める者、この先の試練受けるべし。守護者に認められし者、祭壇への道が開かれる】
「……この先にあるそうですね。アシェル、準備はいいですか?」
アシェルは頷き、重い門を押した。
一人では難しく、二人がかりで押すとようやく開き始めた。
中に入ると、静寂を破るように、ぐちゃ……ぐちゃ……と湿った音が響いていた。
あたりを見渡すと、アシェルの足元に筒のような物体が落ちている。
目を凝らして見ると、それは人の腕であった。
「えっ……」
脳がそれを人の一部だと理解するのには時間がかかった。
自然と呼吸の数も増えていく。
「師匠……これは」
「アシェル落ち着いて」
二人の視線は自然と音の鳴る部屋の中心に向いた。
すると、そこには串刺しにされ、見るも無惨な人の姿があった。
両腕はなく、頭部は欠け、胸には大きな穴が開き、そこから肉片が垂れ下がっていた。
「うっ!おえぇぇっ……!」
アシェルは込み上げる衝動を抑えきれず、地面に全てのものを吐いた。
「おや、まぁまぁ私が食事中だと言うのに汚いものを見せられるとは」
遺体を串刺しにしている棒から、ゆらりと黒い影が伸び上がった。
それは飛び上がり、アシェルたちの前に突然現れた。
黒い長い髪に漆黒の角をもち、ひらけた胸には禍々しい紫色の石が埋め込まれていた。
「すごく芳醇な香りがしますわね。あなた……」
相手はアシェルの頬を撫でると、欲望に満ちた目で舌舐めずりをした。
「アシェル!」
イゼルが叫ぶと、魔物のいた地面が盛り上がり、鋭い凶器となって魔物を襲った。
「このような強力な魔法を無詠唱とは、すごいではないですか!あなたにもとても興味が湧きましたわ」
魔物は宙を舞い上がり、体を回転させて地面に降りた。
「アシェル大丈夫ですか?」
イゼルは魔物から視線を離さず、アシェルの側に寄った。
「最悪なことに上級の魔物との遭遇らしいです」
イゼルの額から汗がこぼれ落ちた。
「自己紹介が遅れました。私の名前はヴァルクレア。魔王様直属の《終禍の徒》の一人ですわ」
ヴァルクレアと名乗る魔物は妖艶な笑みを浮かべ、アシェルたちを見つめていた。




