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①ミカとカミラ

202X年、東京

新宿駅66番出口歌舞伎町66ビル3階、白壁のネイルサロン。


店長のミカは、高校時代の恩師カミラの爪の甘皮を丁寧に取り除いていた。

爪を長く見せるために、基礎的な手入れは欠かせない。

綺麗な白い指だなあ・・・


ミカはそっと、カミラの様子を観察した。

カミラは純日本人の英語教師だ。本名は、神谷恭子(かみや きょうこ)先生。神谷からカミラと呼ばれていた。

そろそろ若いとは言えない年齢になってきているが、整った顔立ちをした落ち着きのある女性だ。

今日は控えめだが春らしいベージュ色のネイルををオーダーしている。


だけど、ミカは知っていた。

カミラがこの春からミカのネイルサロンに通い始めたのは、単なるおしゃれ心だけではない。


カミラは、黒いストレートの長い髪の毛をかきあげ、黒縁眼鏡の位置を直しながら、テレビを見た。


テレビでは、歌舞伎町ラウンジ嬢殺人事件が、連日のように取り上げられている。

被害者はラウンジ嬢のメアリー。

ミカの店にも何度か来てくれた。


容疑者は、このビルの地下でゲイバー「鉄の女」を経営していたリリアン。

ミカも仕事終わりに何度か行ったことがある。


メアリーの前に歌舞伎町の浮浪者がむごたらしい殺され方をしていたこと。顔見知りの犯行であること。そして、尋常ならざる腕力で被害者の胸と首がずたずたに引き裂かれていたことから、人狼の関与が疑われた。


人狼の疑いがかけられたのは、筋骨隆々でメアリーの相談相手になっていたゲイのリリアン。

明らかに怪力の持ち主であるリリアンを、その見た目だけで疑うのは、ルッキズムだ、LGBT差別だ、という世論が巻き起こった。


リリアンの証言がめちゃくちゃだったことも、いっそうの波乱を呼んだ。


リリアンは、最初は自分のことを「鉄の女リリアン」としてバズらせようとしたが、SNSアカウントはすぐに凍結。

そうすると今度は、次のように裁判で訴え始めた。


実は自分は占い師で、人狼を見抜く力がある。

もしも人狼が、メアリーのように自分の店の常連客なら、その人狼は占い師さえだます人狼だ。

なぜならリリアンは、自分の店の客は全員占っているから。

もちろん、店の客は全員白だった。

しかし、万一、あの中に人狼がいるのだとしたら、それはこれまでと同じ人狼ではない・・・

そう、「新種の人狼」が出たのだと主張した。


有識者たちはこぞって「新種の人狼」の気配が消えるまで、外出を自粛するように、繰り返し警告した。

トー横界隈では、「新種の人狼の気配がする。」が挨拶になった。

迷惑系ユーチューバーたちは「人狼チャレンジ」として深夜、新種の人狼を探すために徘徊し、警察官に職務質問される様子を投稿していた。


カミラ「中世ならまだしも、この時代に人狼がここまでの脅威になるなんて、去年は誰も予想してなかったわね。」


カミラはひとりごとのようにつぶやいた。


ミカは何度もうなづいた。


ミカ「日本中の人が、カミラと同じこと思ってるよ。

新種かもしれないけどさ、たかが人狼一匹のせいで、こんなに飲み歩く人が減っちゃって。

うちの隣のシーシャバーの店長なんて、自粛自粛で客が来なくて、先月首を吊ったらしいし。

はやく人狼をやっつけなくちゃ。」


カミラはミカをするどい目で見つめた。


カミラ「ミカさん、あなた、ひとりで突っ走るのはやめなさいね。何かあったら、まず警察を呼ぶのよ。」


ミカ「大丈夫だよ、もうミカは立派な社会人なんだし。ミカは首を吊る前に、仕事辞めちゃうもん。それより、これ、新作の魔除チャームなの。かわいいでしょ?」


ミカは純銀製の小さなチャームを、カミラのベージュ色のネイルにちょこんと置いた。


ミカ「人狼には結局、銀が一番効くらしいよ。これはサービスだから。」


カミラ「ありがとう・・・。」


ミカ「あのさカミラ、ジェシカは、ここには来ていないよ。」


カミラ「そう・・・いえ、いいの。今日はオフで来てるんだから。」


カミラが担任するクラスの女子高生ジェシカは、約1ヶ月前に、両親によって捜索願が出されている。

もともと体が弱く休みがちな生徒だったが、進級してカミラのクラスになってすぐ、歌舞伎町にライブに行くと言って出て行ったきり、家に帰っていない。


軽音部の先輩だったミカを頼って、この店に来ていないかという一縷の望みをかけて、カミラは一時間かけて歌舞伎町までネイルをしに来ている。今日で2回目だ。


カミラ「もしも、ジェシカを見かけたら、連絡してね。」


これ以上しつこく言わなくても、ミカをじゅうぶんになつかせておけば、ジェシカが来た時にこっそりとラインでもしてくれるだろう。

それに、今はミカも、なにか秘密を隠しているように見える。

もう少し心を開いてくれるまで待とう。

今日は出直しだわ。

カミラは独り言ちて、お会計をした。



カランコロンと鳴る白い扉の前に立ち、ミカはカミラを笑顔で見送った。


カミラの姿が見えなくなると、ミカはそっと、足首につけたホルダーから、純銀製の銃「いとしのローラ」を取り出した。


ミカ(良かった・・・カミラは人間だった。人狼じゃあなかった・・・。)


「いとしのローラ」は、およそ100年前に、罠師でも狩人でもない一般人が、人狼を仕留めたという伝説の銃だ。

ミカは人狼に関する古い文献を漁ってその銃の存在を知った。

一見すると装飾過多の小型銃だが、美しい魔除けがびっしりと彫られ、決して人狼に奪われる事はない。


ためしに3Dプリンタで作らせてみたら、文献に描かれてあるものと変わらない小型銃ができた。

これを使えば罰せられるかもしれない。

しかし、このご時世、女がひとりで店を持つには、護身用の武器のひとつくらいは必要だ。

少なくともミカはそう思っていた。


ミカ(もしも人狼が現れたら、暗殺者のように、ちゅうちょなく人狼に弾丸を撃ち込まなくちゃ・・・」


ミカは人知れず決意を固めた。




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