4.知の女神でした
心の中で落ち着けと唱え、会話を始める。
そう、始めるぞと決意して挑まねばならぬほど、……ドストライクです。
「街を散策していたところ看板が目に入りました」
「あちらでも本好きだったのかしら」
「はい! 三度の飯より本を読みたがるたちでして! 時には寝食を忘れるほどに!」
漫画だって本だろう!
「うちは貸本屋よ。趣味でやっている細々とした経営だけれど、蔵書はラングドラシル一だと思ってるわ。よかったら見て行って。どれでも貸賃は500シェル。ただし、貸した本を無くしたら本の本来の代金を頂くわ。そして二度と入店を禁じます」
「本の紛失など本好きにあるまじき行為! 厳守します!」
「本好きさんが増えて嬉しいわ」
「僕もアンジェリーナさんのような方に出会えて、こちらにきて本当に良かったと思います!」
ああ友よ、今度酒を奢る。
「早速借りていく?」
「いえ、お恥ずかしながらまだお金が心もとないので、狩りをして出直してきます」
手持ちがミュス討伐報酬の100シェルしかない。
「うーん、なら今回はせっかくの出会いだから1冊特別に貸し出すわ」
「え! あ、ありがとうございます」
「そんなかしこまった話し方しなくていいのよ。ゆっくり選んでね」
アンジェリーナはそう言うと、奥で座って本を読み始めた。
俺も棚をぐるりと見渡す。
どうせならなにか為になる本を読みたい。だいたい、本を読むというのはゲーム内でどういった取り扱いなのだろう?
試しに本棚の1冊を手に取る。
タイトルは『魔法使いの憂鬱』。ぺろりとめくれば、本の概要が書いてある。
『偉大なる魔法使いローハンザラハルの手記。魔法の考察など。』
それ以上はめくることはできなかったので、続きは借りてからなのだろう。
後の棚に、『図解始まりの平原』という本を見つけた。これはいいかもしれない。先程のミュスがいたのも始まりの平原だ。どうしたって今の装備とレベルでは余計な回復を使わないようにするならば狩り場はここになる。
「アンジェリーナさん、こちらをお借りしたいです」
「『図解始まりの平原』ね。始まりの平原を歩くにはとても良い本だと思うわ。採取できる薬草などもあるし、それを冒険ギルドに納品することも出来るから」
本をパタンと閉じると、IDカードの提示を求められた。そこに魔法でしるしをつけるらしい。
ステータスの詳細情報に貸出本の名前が乗った。
「宿屋で読んでもいいし、そこの椅子に腰掛けて読んでもいいわよ」
「せっかくなので椅子を借りますね」
椅子からはアンジェリーナの横顔が見える。ああ、マイスイートハニー。美しい。
俺はそんなことを考えながら、『図解始まりの平原』をめくった。
《貸本屋店舗内での読書には、倍速読みが適用されます》
倍速? と思ったが、まあいい。先程は概要しか分からなかったが、今はその先を読める。
読める! 読めるぞ!! とどこぞの王族のようなことを考えながらページをめくる。
始まりの平原の地図から始まり、出現モンスター、採取できる薬草、採取ポイント、たまに現れるボスモンスターとその対処法。なかなか興味深い。
そして、読み終わるとステータスの中の地図に、始まりの平原の地図が現れていることに気づいた。
これはなかなか便利だし面白い。モンスター図鑑にもミュスたちが並んでいる。本を読むとこんな効果があるのか。
しかも倍速読みの効果か、時間があまり経っていない。これはなかなかすごい。
「とても為になる本でした。ありがとうございます」
「楽しめたなら何よりよ。またぜひ借りに来てちょうだい」
「もちろん」
よし、ミュス狩りだ!
と思ったが、時間切れ。平原に移動したところでログアウトした。
翌日、早速ミュス狩りを開始する。
ミュスは、ネズミらしいネズミだ。大きな耳、長い前歯、長い尻尾。弱点は首の根元と図鑑に書いてあった。
奇しくも、ミッションで狩ったとき、弱点をついていたらしい。
色は全体的に茶色い。草原とはいえ、草と土の場所では確かに見つけにくい。
だが互いを認めるとあちらからやってくる。
昨日と違うのは、弱点が赤く光っていることだ。
「図鑑のおかげか?」
ソーダにもらったアサシンダガーは、かなり鋭さがある。さらに、敏捷のステータスに補正がかかるらしく、チュートリアルで狩った時よりずっと楽に刃が入る。結果、接敵からの戦闘終了までが一瞬の出来事となる。
「筋力に振ったのもあるのか? ミュス狩りだけなら敏捷のほうが欲しいな。だがまあ、そのうち狩場を変えるかもしれんし、様子を見るか」
1時間もしないうちに10匹狩った。
これで、2冊も借りられる!
俺は意気揚々と冒険者ギルドへ向かった。
ミュスの肉は食べられないからか、ドロップはミュスの尻尾。これが討伐証明となる。
さらに、ミュスはギルドの常時依頼である。同じく常時依頼のハナハヤ草も渡した。
そこで、衝撃の結果を得る。
「常時依頼のミュスは、11匹ね! 1匹50シェルだから……」
「50!? 100では?」
「あ〜それは最初の納品のみね。一番最初の特別サービスよ」
「なんと……」
なら、たくさん狩っていたらもっと現金が得られたのか……。
「ハナハヤ草は5本で10シェルよ。101本だから、1本返しておくね。合計200シェル。ミュスと合わせて750シェルです」
「……ありがとうございます」
10冊借りるにはミュス100匹。これは、作戦を考えねば。
カラン、とドアベルを鳴らす。
「あらいらっしゃい」
「また来てしまいました、アンジェリーナさん」
本日の我がミューズも一段と美しかった。
ミュス狩りは、基本一撃だ。つまり、接敵時間を減らせば数をこなせるということだ。
そんなことに役立つ本はないものか。
そうやって見つけたのが、『索敵の基本』。なかなか良さそうだ。
「今日はこれをお願いします」
「『索敵の基本』、よい教本ね。セツナは斥候を目指すの?」
「いえ、今回は接敵数を増やすために何かよい手段はないか、本を読んでみようと思いまして」
「なら、次はオススメを探しておくから声をかけてちょうだい」
「ありがとうございます!」
索敵の仕方、気配の感じ方についてなど、割と詳しく語られている。草原の場合、森林の場合、砂漠の場合とさまざまだ。
同じ狩り場で狩りをする場合、追い詰めていくと接敵の確率が上がっていくという話も盛り込まれていた。
「なんだか次はもっと効率よく狩りが出来そうです」
「いいわね、頑張って!」
手を振り見送ってくれるアンジェリーナへ俺は軽く礼をするに留めておいた。
さあ、待ってろよミュス……お前らに明日はない。
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ミュスは、可愛いネズミ、とは思えない感じ。