服部総業2
「それは不法侵入の助長となりますし、事故や事件が起こる可能性は考慮されなかったんですか?」
久慈からの問い掛けに薄笑いを浮かべ、
「それは侵入した奴らの自己責任ってやつですよ。ビルの中を隅々まで見てみました?廊下から残置物は撤去されて、施錠できる場所は施錠されていたでしょう」。実際に事件が起きたのだが、問題は無いと言わんばかりに返す。
「噂の現場である最上階まで一直線。ドアノブには、これ見よがしにチェーンが巻き付けられてあれば」。実際には切断され侵入された訳だがと、心中で白川は呟いた。
「ビルの状況に詳しいですね?」
「撤去から施錠まで作業に参加しましたから。あのビルは私にとっても思い出深い場所なので」
服部の目に一瞬浮かんだ感情をどう解釈するべきか。
服部からの意味有り気な視線を受けながら、白川は寸時考え口を開こうとしたとき、背後のドアが開いた。
エレベーター前の衝立傍に置かれた受付カウンター内で、眉間に皺を寄せ大きな音を立てパソコンのキーボードを打っていた女だ。
「暑いのにお茶の一つも出さなくて、すいませんね」
琥珀色の液体を満たしたグラスを四つ載せたお盆を手に、女は躊躇いもなく室内に踏み込んでくる。
「お茶じゃなくてアイスティーですけど、構いませんよね」
三人の前に手際よくコースターとグラスを置く。久慈の前にグラスを置く時に、「ストローは無いの。ごめんね」と断りを入れた。
服部は苦虫を嚙み潰したような表情で女を睨みながら、「ノックくらい出来ないものかね」と悪態をついた。
「そんな表情をしても駄目よ、兄さん」
悪戯っ子を窘める様に女は言うと、お盆を書類棚の上に置き、グラスを手に服部の横に立ち自己紹介をした。「妹の晴美です」。
その声に白川は内線電話の相手が晴美だと気づいた。先程の不愛想が嘘のように愛想よく明るい。用が済んだなら出て行けと強い口調で言う康介を無視して、
「兄さんは誤解を受けやすい人だから、私も同席させて頂きますね」
穏やかながら強い意志を感じさせる口調で晴海は言う。白川と視線を交わした久慈慶子が「どうぞ」と認めた。
渋い表情の服部が晴美に目を向けると、「椅子くらい持ってこないか」と開きっぱなしのドアを顎で示すが、「狭いからいいのよ」と応えた晴美はドアを閉めると、デスク横に戻る。
腕を組みこちらに視線を向ける姿は、まるでボディーガードの様だ。
康介への聞き取りを終えて社長室を出ると十二時も半ばを過ぎており、フロアには電話番として残る社員が自席に腰掛けているだけだった。
先を歩く晴美がエレベーターのボタンを押す。三人は無言で階数表示を眺めていた。大きな音を立ててドアが開き始めると、隙間に身を滑り込ませるように乗り込んだ晴美が操作盤の前に立った。「昼御飯食べに出るついでに、お見送りさせて頂きます」
エレベーター内では無言だったが一階玄関ホールに降り立ち、向かい合った時に晴美が口を開いた。
「私が居なかった間、康介が失礼な事を言いませんでしたか?先月の件で何回も警察の方とか色々と訪ねて来たり、色々言われたりして康介はストレスが溜まっているんです」。席上では見せなかった表情で、訴えかけてくる。
「喜楽ビルの事件だそうですけど、康介を疑っているんですか?容疑者なんですか?」
「いえ。自由にビルに出入りできるよう、大津さんに提案した理由をお聞きしたかっただけですから」
更に言葉を続けようとする晴美を遮って、久慈が応える。
「死亡推定日時のスケジュールの確認をされたじゃないですか」
「それは型通りの質問ですから。そんなに心配なさらないで下さい」
落ち着き払った久慈の応えに晴美は口を噤み、ホールに沈黙が降りた。康介のみならず晴美も周囲からの目や噂に疲弊し、疑心暗鬼に陥っているのかもしれない。ホールに籠る熱気に汗が滲む。
真っ直ぐ見つめ合う二人を横目に見ながら、このままでは堪らんぞと白川が「有り難うございました。今日はこれで失礼します」と言い頭を下げると、遅れて久慈も頭を下げる。
ガラス扉を開けて久慈を先に外に出し、軽く会釈をした白川が顔を上げると深々と頭を下げる晴美の姿が目に入った。




