鳥籠に吹く風と揺れる止まり木
今朝(3時ころ)
いきなり思い付きました。
この物語に出てくる“ガラスの徳利”はこんな感じの物です。
。。。。。。。。。。
初めてコンタクトをしたあの日
髪をバッサリ切ってサロンを出たあの瞬間
砂埃を巻き上げた風のいたずらで
“メガネ”や“髪”という“今は存在しない物”を
掴もうとして
指は空虚に舞うばかり。
そして、悪夢に怯えた今
寝返りを打って“カレ”に縋ろうとした私の腕は
毛布の中で空虚に取り残されてしまっている。
『もうこの人』と決めていた人と別れた。
……との言葉は綺麗過ぎる。
つまりは
寝取られた!!
私より若くて
胸のある女に。
カレの“余りにも単純な”行動様式と
自分自身の愚かさの
両方にあきれ果てて
その時、涙も出なかった。
このベッドには……つい数日前まで
カレが棲息していて
私は能天気にも
『もう、お互いの親とも顔合わせしたし、お互いの年齢からしても結婚したらすぐに子供は欲しい!!
“原因を露知らなかった回数の減少”とを鑑みると……
カレの部屋にも“モノは”あるだろうし……
何年かは私の“部屋ゴム”は買い足さなくていいだろう』
と算段していた。
ホント!
コメディ以外の何物でもない!!
恐らくカレは
あの女との為に
せっせと“部屋ゴム”を買い足していたに違いない!!
人が変わったようにカレが掃除に熱心になったのは
私との結婚生活の準備の為では無かったという事だ。
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「私の胸で……赤ちゃん大丈夫かしら?」
『関係ない』と見聞きしつつも心のどこかで杞憂だった私の“ツルペタ”は、今ではすっかりトラウマと化した。
そのせいで寝取られたのだから!!
もう男もこりごりだしオンナもこりごり!!
でも、そう独り言ちた端から『不安』の二文字が私を襲う。
明日は恐らく今日と同じ様に過ごせるだろう。でも1年先、2年先は?
『今とは違う環境と日常を手にする事ができる』と期待したからこそ積み上げて来られた毎日が……未来が予測できないものに変わって……今では何もかもがユラユラと揺れ始め、私は“日常酔い”している。
手帳を埋めていた予定も
大半が消えて無くなった。
私の“日常”はかくも脆いものだったのかと今更ながら気が付き、空いてしまった“アフターファイブ”を当所も無く彷徨う。
『いずれは一つのお財布になるのだから』との言い訳で、カレのお財布頼みだった外食やその他諸々も私の身の上には既に無く、そう言った意味でもアノ女は+αで潤っている……
こんな言葉が頭の中に舞い降りて……
“フラペチーノ”からシフトしたハンバーガーショップの紙コップコーヒーを前にしている今の私は……
また自分の浅ましさを知る。
ため息をひとつ付いて
私の中に
前向きな言葉を探してみる。
「そうだ! お酒が強くないカレのせいですっかり遠ざかっていたあの地酒処へ行ってみよう! どうせ明日明後日の予定も無い金曜日なのだから……少しは週末らしくしよう!」
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6月の金曜日の宵の口だけあって店内は随分と混んでいた。
「カウンターなら」との店の案内に一瞬ためらったが、以前、何度か見掛けた若い男性の隣が空いていたので座る事にした。
「ご無沙汰しています。随分混んでますね」と話し掛けると
「ああ!どうも!! 本当にお久しぶりです!! えっと……山口さん……ですよね」と返してくれた。
「はい! 篠崎さんはお元気でらっしやいましたか?」
「はは、僕はずっとお酒を飲み続けていられるくらいは健康でした。『男やもめに……』という事は無いです。山口さんはお元気でらっしやいましたか? お見かけしなくなったので何となく心配していました」
「あら!それはありがとうございます。私の方は『花が咲く』って事は無かったですが、まあまあ過ごしてはおりました」
「しばらくお見かけしなかったのは、お引越しとか転職とかですか?」
「まあそんな感じです。今日はちょっとこちらの方に用があったので懐かしくて寄ってみました。あの頃より盛況ですね」
「そうですね、全体的に“地酒のお店”が減ったからでしょうか? 特に週末は混んでいます。お酒の種類も増えましたよ」
「やっぱり来ないと“浦島太郎”になってしまうんですね。『慈紺』の純米吟醸は今でもあるのかしら?……」
「ちょうど僕が飲んでいますから差し上げましょう」
「あ、それでは私も何か一合頼みます……篠崎さんのお薦めは?」
「青森の『千鳥』の吟醸は飲まれた事はありますか? なかなか良いですよ」
こうして私達はお互いの“保冷ガラス徳利”(外側に洞穴があって氷水が入れてある)を差し合った。
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最初は“お奨め”や思い出のお酒の話だったが、そのうちお薦めの映画や本の話になり……いつしかお互いの“日常”の話になった。もちろんカレシに振られた話は押し隠したが……
「アハハハ! 篠崎さん! それ!ハ・ン・ザ・イですから!」
「いやいや! 僕は見たくて見たわけじゃないです! 幼児さんがいきなり番台の仕切り戸を開けたから!」
「でも篠崎さんは腰手ぬぐいでビン牛乳をラッパ飲みしながら鑑賞したんでしょ!」
私はケラケラ笑いながら右手を篠崎さんの左手の甲に乗せ、空いた手でぐい吞みをクイッ!と飲る。
「腰手ぬぐいはやりませんよ!ちゃんと履いてました」
「じゃあ、紐パンで女の子の裸をガン見してたんだ!」
「紐パンなんて持ってないし……女の子は居なかったです!」
「じゃあ誰が居たんですか?! その言い方だと『誰か』は居たんですよね!」
「それは……お年を召した方が……」
「ほら!やっぱり!! このスケベ野郎が!」
戯れに叩こうとする私の手のひらを篠崎さんも手のひらで受けたら、私の指がスルン!とカレの指に絡んで……“恋人つなぎ”してた。
ふたり、空いた手で……差しつ差されつ……
と、私の肘が引っ掛かって徳利が倒れそうになり、慌ててカレから解いた右手で掴んだら……
カレの空いた左手が私の右の内腿にポトリ!と落ちた。
「?!」と目を見開いたけれどカレは表情を変えず右手で私の猪口に酒を注ぐ。
スパッツ越しにもカレの手のひらの熱が伝わり、私の心臓はトクトクする。
繋いだ手も“湿気”を帯びてきた。
腰から上は変わらずよもやま話を続けているのに、黙って留め置かれているカレの手のひらが私の全身を熱くする……
そう!
そのままだったら!!
良かったのに!!
「残念ながら今の僕の一押しの酒、『志梅泉の純米吟醸』はこのお店に無いのです。 ここから少し離れたところに深夜までやってる料亭の様に瀟洒なお店があります。そこなら掘り炬燵の座敷もありますし、そのお店の逸品“金華鯖の燻製”と志梅泉とのマリアージュは絶品ですよ」
くっ付けた肩越しに囁きながら……
カレの左手はミニスカートの下をくぐり、スパッツの……
もっと奥を探り出した。
少しの間、成すがままにされていたけれど……
私の全身はカレの右手の動きとは裏腹に冷えて行く。
それを伝えたくて私は徳利を逆に傾け、徳利に溜められていた氷水をカレの左腕にサーッ!と掛けた。
なのにカレの左手はますます激しく動く。
堪らず私は席を立ち、カウンター越しに声を掛けた。
「すみませ~ん! 氷水をこぼしちゃって!! おしぼりをいただけます?」
水に濡れたカレの腕を拭いてあげた後、自分のスカートの上に広がったみっともない水じみを拭き、使ったおしぼりをカウンターへ置くと
「おあいそお願いします!」と声を掛けた。
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先に会計を済ませ店を出ると、カレもクレジットカードとレシートを握ったまま慌てて飛び出て来た。
「お待たせしました! 参りましょう!」
と息を弾ませるカレに
「いえ! 今日は飲み過ぎてしまったので帰ります」と返す。
「では、アドレス交換を!」とカレがスマホを取り出したので私は頭を振った。
「また、お店で会いましょう!」
雑踏を速足でずんずんと歩いて行くと、まるで騒めきにシンクロでもするかの様に急速に酔いが回って来る。
別にカレが悪い訳ではない。
“止まり木”に先に“足”を置いたのは私だ。
でも、こんなに酔ってしまって駅まで辿り着けるだろうか?
今、誰かに腕を掴まれた気がするけど振り切った。
カレと居た方が安全だったのかも……
そう考えるこの身の上が情けなくて涙でコンタクトがぼやける。
いつまでたっても“オンナ”から逃げられないこの私に……
風のいたずらは無慈悲だ。
終わり
まあ
辛いお話ではあります。
思い付いた経緯は割烹に書きます……
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