街へ
部屋の状況を見た俺は、直ぐに繭のようなもののそばへと駆け寄る。
「蝶舞!蝶舞!」
シズさんは、その間も繭を揺すりながら蝶舞さんへと呼びかけていたが応答はなかった。
試しに俺も繭へと触れて呼びかけてみたが結果は同じ。
蝶舞さんが応える事はなかった。
(これは一体・・・)
触れてみた繭の質感からして蝶舞さんの"能力"で作られた物なのは間違いない。
でも蝶舞さんは、ふざけてこんな物を作るような人ではないし、そもそも昨日の彼女は特に眠そうにしていて、布団に入るなり直ぐに寝てしまっていた筈だ。
だからこれは彼女自身の意思で作られた物とは思えない。
そもそもの話、蝶舞さんの"能力"は少しおかしかった気がする。
彼女は自分の"能力"を『口から糸を出す能力』と言っていたし、実際に出していたから本人の認識もそうだったのだろう。
だが、もし糸を出すだけの"能力"ならば幼虫のような顔になる必要はない筈だ。
もしかしたら、
(逆・・・なのか?糸を出すのはあくまで副産物で蝶舞さんの本当の"能力"は、あの幼虫のような顔になる事だった?)
ならば蝶舞さんはこの繭の中で、何に成ろうとしている?
(いや、それどころじゃないか・・・)
俺は頭に浮かんだ考えを振り払う。
蝶舞さんの"能力"の考察なんぞより、今は彼女の無事を確認する方が大事だ。
俺は繭のそばにいるシズさんへ告げた。
「細矢さんに知らせてきます!」
その言葉と共に俺は玄関へ向かうと外へ出て、細矢さんの自宅へと走り出した。
◆◆◆
数十分後、連れてきた細矢さんは、蝶舞さんが包まれている繭を見て、シズさんと何か話しているが、難しい顔をしていた。
俺は二人の邪魔しないよう家の外で待つ事にした。
外ではついてきてしまった彰影くんがいた。
「風音さん!蝶舞姉ちゃんは・・・!」
俺が来たのを見ると彰影くんは心配そうに真っ先に尋ねてくる。
俺はそんな彼の肩へ手を置き、宥めるように言った。
「今、シズさんと細矢さんで話している所です。落ち着いて待ちましょう。俺たちが焦ってもどうにもなりません」
彰影くんは俺の言葉にぎこちなくだが頷いてくれた。
それから彰影くんと待っていると、暫くして細矢さんが家から出てきた。
「父さん!」
「どうでしたか?」
俺達が声を掛けると細矢さんは、難しい顔をして答えた。
「すみません、私では蝶舞さんが今どういう状態なのかも分かりませんでした・・・ただ時折、こちらの呼び掛けによって繭に動きが見られたので、亡くなっている訳ではないと思います」
「ホント!?蝶舞姉ちゃん生きてるの!?」
「・・・ああ」
その言葉に彰影くんがホッとしたように胸を撫で下ろしたが、細矢さんは相変わらず難しい顔をしていた。
おそらく、呼び掛けには反応するのに出てこない所を懸念しているのだろう。
もしかしたら自力では出てこれないのかもしれない。
それから細矢さんは言った。
「それで、私はこれから街まで行って医者を呼んでこようと思っています」
「医者・・・ですか?」
「ええ。私も直接会った事はないのですが、相手の状態が分かる『鑑定』の"能力"を持った医者らしいんです。その人ならどうすれば良いか分かるかもしれません」
確かに、『鑑定』が出来る医者なら蝶舞さんがどういう状態なのか調べて適切な対処が出来るかもしれない。
ただ、そんな有用な人物が簡単に来てくれる保障はない。
ならば、"能力"だけでも――
「今から出れば明日には帰ってこれると思います。それまで蝶舞さんの様子を・・・」
「待って下さい、細矢さん」
俺は細矢さんの言葉を遮る。
それから続けて言った。
「俺も街までついて行って良いでしょうか?」




