1日
村長の家を出た俺は、蝶舞さん達と共に畑へとやってきた。
畑は俺の想像より広く、多様な野菜を作っているようだ。
何人かの村人が畑で作業をしていたから、俺は、蝶舞さんについて彼らに挨拶して回りそれから作業に取りかかった。
「こっちは春キャベツ。そっちはトマトとキュウリの作付け予定地でこれから植え付けを始める所。今日はその植え付け準備と作物への水やりをやっていくね」
「分かりました」
蝶舞さんの説明に俺は頷く。
その間に彰影くんは、相変わらず嫌そうにしながらも馴れた手つきで作業の準備をしていた。
俺も蝶舞さんに教わりながら作業を始める。
「あっ、風音さん。あんまり水あげすぎないで。葉っぱがヘタっているものだけお願い」
「はい」
――――
「・・・風音さん。それ堆肥じゃない。ただの土」
「すいません」
「んー・・・よし。これでいいよ。堆肥と土が3対7ぐらいにして」
「分かりました」
――――
時折、蝶舞さんや彰影くんにも指示を貰いながら作業を行っていく。
老婆も合流してきて、気づいた時には太陽が頭の天辺まできていた。
「ふっー・・・そろそろお昼にしよっか!」
蝶舞さんがそう言ってみんなに呼びかける。
それを聞いた彰影くんは、直ぐに作業していた手を止め、待ってましたと言わんばかりに蝶舞さんの元へと走って行った。
俺と老婆も彰影くんを追い、敷物を敷いて準備している蝶舞さんを手伝う。
そして、彼女の手によってお弁当箱が広げられる。
中には、雑穀を使ったおにぎりに魚の干物、野菜の漬物が入っていて、豪華とは言えないがとても美味しそうだった。
手を洗って敷物に座り「いただきます」と言ってお昼を食べ始める。
時々、雑談を挟みながら穏やかに食事は進み暫く経った頃、彰影くんが俺へと言った。
「そういえば、まだ風音さんに俺の"能力"教えてなかったよね」
彼は俺に「見ててね」と言うと、立て掛けてあったクワの方へと顔を向け、瞼を閉じて集中し始めた。
すると彰影くんの影が段々と形を変えて、小さな黒い手になった。
そしてその黒い手は、地面を這うように進むとクワを掴んで持ち上げてみせた。
ただ、持ち上げられていたのはほんの数秒で、直ぐに重さに耐えきれなくなったのかクワを離してしまい、ベシャっという音と共に消えてしまった。
離れていた彰影くんの影は足元に戻り、彼は疲れたように「ふぅ・・・」と息を吐く。
「今のが俺の『影を操る能力』だよ。ああやって影の形を変えて手を作ったり、それで物を持ち上げたりも出来るんだ。今は自分の影しか無理だし、力も大したことないけど、いつか大きな木とか石とかも持ち上げてみせるよ」
「そうですか」
俺は、"能力"とは身体機能と似たものだと思っている。
年齢と共に背が伸び、運動で体力や筋力が強化され、勉強で学力が上がるように、"能力"も時間と鍛練で強化できるのだろう。
(・・・まぁ、俺みたいなのは例外かもしれないが)
最後に思った事は口に出さず、彰影くんに伝えると彼はウンウンと頷いて笑顔になる。
「だよね!やっぱりちゃんと鍛えないと。という訳で、午後は抜け・・・」
「ダーメ!村長さんからも言われてるんだから。午後もちゃんと手伝うの!」
「でも・・・」
「『でも』じゃない。逃がさないよ」
蝶舞さんは、そう言って離れようとする彰影くんの身体をがっちりと掴んだ。
掴まれた彰影くんは、縋るような目を何故か俺に向けてくる。
それを受けて俺は少し考えてから口を開いた。
「蝶舞さん、彰影くん。どうせなら"能力"を使って畑仕事をしませんか?」
「「えっ?」」
俺の言葉に二人の声が重なる。
俺は、続けて言った。
「重い物はまだ無理みたいですが、土を混ぜたり、雑草を抜くぐらいなら今でも出来るでしょう。畑仕事は進むし、彰影くんは"能力"を使う練習にもなります。・・・どうでしょうか?蝶舞さん」
問いかけると蝶舞さんは、掴まえたままの彰影くんと俺を交互に見る。
どうやら迷っているみたいだ。
もう一押し。
俺は自分の失くした右手を前に出して彼女へ言った。
「実感ですが、何であれ『手』は多い方が良いですよ」
それがとどめになったのか、蝶舞さんは仮面の下で諦めたように息を吐くと彰影くんを掴んでいた手を離した。
「・・・サボっちゃ駄目だよ?」
「う、うん!」
蝶舞さんの言葉に彰影くんは、嬉しそうに頷いた。
そして、俺の方に寄ってくると耳元に顔を近づけて小声で「ありがとう」とお礼を言ってきた。
「・・・どういたしまして」
俺は、それに小声で返した。
や ◆◆◆
「じゃーねー!また明日!」
夕方。
畑仕事を終え、彰影くんを村長宅へ送り届けた俺達は、朝来た山道を歩いて帰路へとついていた。
その道中、蝶舞さんが気遣うように聞いてきた。
「身体は、大丈夫?」
「大丈夫です。それより昼はすみませんでした。勝手な事を言って・・・」
「ううん。彰影くんも楽しそうだったし。まぁ、明日は寝坊しそうだけど」
「あれだけ張り切って"能力"を使ってればそうだろうさ」
老婆が呆れた様子で言う。
確かに彰影くんは、午後から"能力"を使いまくっていたから疲れ果てているだろう。
それでも、とても楽しそうではあった。
「・・・そういえば、お二人の"能力"をまだ知らないです。教えて貰えませんか?」
会話の中で俺は、蝶舞さんと老婆に尋ねる。
すると老婆は、鼻をフンと鳴らして言った。
「あっても無くても変わらないが、私の"能力"とやらは『作物が良く育つ能力』だよ。私が育てた作物は、普通より少しだけ出来が良いのさ。それで、この子は・・・」
老婆が蝶舞さんの方を見る。
それに彼女は若干躊躇うような仕草を見せたが、老婆は少しだけ優しく諭すように言った。
「コイツは、もうお前の素顔を知ってる。問題ないさ」
「・・・うん」
老婆の言葉に蝶舞さんは、覚悟を決めたように被っていたお面の紐を緩め素顔を晒す。
「・・・」
「えっと・・・」
蝶舞さんのお面の下、そこにあったのは、起きた時にも見た『幼虫』のような彼女の素顔だった。
彼女は俺の視線に目を伏せ、逆V字型の口元を動かして言葉を発する。
「私の"能力"は『口から糸を出す能力』なんだけど・・・こんな顔になっちゃって・・・気持ち悪い、よね・・・」
「いえ」
俺は彼女の顔から目を離さず首を横に振って答える。
すると彼女は少しだけ伏せていた目を上げ、信じられないという風に聞いてきた。
「ほ、本当・・・?いや、キモいなんて言われたらそれはそれで傷つくんだけど・・・自分でも毎回鏡を見る度に『うえっ・・・』とはなってるし・・・」
「少なくとも俺は、初めて見た時からあなたの素顔を気持ち悪いと思った事はありません」
俺は、本心から蝶舞さんにそう告げる。
それで彼女は、ほんの少しだけ――救われたような表情をしたと思った。
「・・・そうだよね。風音さんは誰に対しても全然態度変わらないもんね」
「何か言いました?」
蝶舞さんが小声で何か呟いた気がするが音が小さ過ぎて上手く聞き取れなかった。
その間に彼女は、お面を被り直す。
「何でもないよ。それより早く帰ろう。疲れちゃった」
蝶舞さんは、今度は聞こえるようにはっきりと言うと家への山道を歩き出す。
俺は、蝶舞さんが何を呟いたか気になったが、老婆に背中を押され彼女の後を追いかけ始めた。




