そして、時は流れていく
『市街地』の復興は、緩やかながらも着実に進んでいた。
まだ瓦礫の撤去や遺体の処理に手間取ってはいるが、それもいずれ片付くだろう。
「会長、こっちはもうすぐ終わりまーす!」
作業をしていた小野寺が元気よく僕に呼びかけてきた。
僕もそれに大きな声で返した。
「分かった!キリの良い所で休憩するよう、みんなに伝えてくれ!」
「うーす!」
小野寺が僕の指示を受けて、連絡を伝える為に駆けて行く。
それを見届けてから僕は、近くにいた葛西へと言った。
「葛西、僕らも休憩しようか」
「ああ、そうだな」
葛西は、そう応えると運んでいた瓦礫を脇に置いた。
そして僕らは、そのまま拠点にしている病院まで戻ってきた。
病院前にはテントが張られていて、作業している人達の休憩スペースになっている。
既に何人かは、休憩しているようで、テント内には、疎らに人影があった。
その中の一人――柏村が到着した僕らを見つけると声を掛けてきた。
「会長、葛西先輩、お疲れ様です」
「お疲れ、柏村くん。そっちはどうかな?」
「順調ですよ。今週中には、遺体の埋葬も終わると思います」
「そっか」
そんな風に柏村と話しているとさらにもう一人――宮住がトレイに飲み物を乗せてやってきた。
「会長、葛西先輩、どうぞ」
そう言って彼女はトレイの上の飲み物を僕達に渡してくれる。
「ありがとう、宮住さん」
「ありがとう」
僕と葛西はお礼を言って飲み物を受け取った。
そのまま四人で待っていると続々と市街地で作業していた人達が戻ってくる。
小野寺も永瀬や先生達を連れて共に戻ってきた。
「ふー・・・始めはどっから手を着けたらいいのか分かんないレベルっしたけど、どうにかなりそうっスね。流石、会長!」
小野寺が飲み物を受け取りながら僕を褒めてくる。
僕はそれに苦笑いを浮かべて返した。
「みんなが真面目にやってくれているお陰だよ。僕などとても・・・」
「そんな謙遜しないで下さいよ。大人の人だって会長の指示に従っているじゃないですか」
「そうですよ」
永瀬が言うと宮住や他の者も彼女の言葉に同意する。
確かに、僕の指示でみんなよく動いてくれている。
多分、僕はこういう『安定』した状況を率いるのには向いている性格なんだろう。
だが、この世界でまず求められるのは、『混乱』した状況を収められる人間だ。
先の見えないこの世界をそれでも恐れず進める人間。
そして、それが出来るのはきっと僕ではなかった。
それが出来たのは・・・
「んっ・・・?」
僕が『彼』の事を考えていると遠くの方で雷が鳴る音がした。
「雷・・・ですよね?」
僕と同じように気づいた柏村が確かめるようにみんなへ問う。
それに葛西が東京方面へと顔を向けて応えた。
「ああ。東京方面からだな」
その地名を聞いた宮住さんが心配そうに呟いた。
「風音くん・・・」
「・・・」
風音鈴斗。
キミは、たどり着けたのか?
妹さん達は救えたのか?
今、何処にいる?
キミは・・・生きているのか?
分からない。
この世界で離れた人を見つける余裕なんてない。
みんな自分の事、近くにいる人を守り助けるので精一杯だ。
だけど、僕はまだ信じたい。
キミは生きている。
生きて戻ってくる、と。
「あっ、御薬袋。ちょっといいか」
僕らが雷の鳴っている東京方面を見ていると、丸山先生と穂積先生が見慣れない数人の男女が連れてやってきた。
「先生、後ろの方々は?」
僕が尋ねると、先生が口を開く。
「例の『ライオウ』って奴に追われて、東京から逃げてきた皆さんだ。どうやら、橋で俺達の事を聞いたらしくてな。仲間に加わりたいそうだ」
先生がそう紹介すると、彼らのなかの壮年の男性が話始めた。
「初めまして、私は橘。世界がこうなる前は、K大学で教員をやっていた。ここへは、橋で出会った少年に教えられて・・・」
――そして、時は流れていく――
「なんですか、この女・・・?」
「聞くな。取り敢えず治療しろ」
「治療、ねぇ・・・あなたが誰かを助けるなんて珍しい。あっ、もしかしてこういう女が好み・・・」
「黙れ。いいからやれ。それとその女の事は他言すんな。誰にもバレないように匿っとけ」
「ハイハイ、ご命令通りにしますよ・・・・・・ライオウ様」
――たとえ取り返しがつかなくても――
「はぁ、なかなか死なねぇもんだな・・・修造さんと鈴斗は無事かね?こっちに逃げ延びてるといいんだが・・・」
「ぶつぶつ言ってんなよ、平澤。ここはもう駄目だ。とっとと千葉へ退くぞ」
「了解」
――生きている限り、平等に――
太平洋、
世界最大のその海洋を水の繭に包まれた少年が漂っていた。
少年の右手は肘から下が切り落とされており、目は固く閉じられ、胸には大きな傷痕がある。
彼がここにいる事を誰も知らない。
彼を海に流した本人でさえ知らない。
それでも、彼は生きていた。
どこまでも、どこまでも、ただ海流に流されながら生きていた。
やがて彼が着ていた服も、染み込んだ水によってボロボロになっていってしまう。
そして服だったものが、殆ど身体に張り付いているだけの布切れみたいになるまで時間が経過した頃、彼は太平洋上で嵐に襲われた。
水の繭が眠る彼を嵐から守る。
だが、それによって彼はずっと漂い続けていた海流から別の海流へと移ってしまった。
その海流は、彼をある島国へと押し流す。
かつて『日本』と呼ばれていた島国へと。
◆◆◆
海岸を一人の人間が歩いていた。
その人物は、粗末なボロ切れのような服と木彫りのお面で顔を隠しており、身体つきや背格好から女性、それも少女位の年齢であると伺える。
彼女は、流木や海から流れてきた漂着物を拾っては役に立ちそうな物を手に抱えていく。
そうやって海岸を進んでいた彼女だったが、あるものが目についた。
一瞬、大きな魚かとも思えたが、彼女が近づいてよく見ると、それは人一人が入れそうな水で出来た繭だった。
「な、なにこれ・・・?」
始めて見る奇妙な物体を彼女が困惑した様子で見つめる。
それと同時に水の繭がまるで役目を終えたかのように解け、中から殆ど裸の人間が出てきた。
「きゃっ!」
彼女が驚いた声を上げ、尻餅をついた。
それによって抱えていた流木や資材を落としてしまう。
だが、繭の中から出てきた人間は、それに反応する事なく地面に横たわったままだった。
彼女は瞬きを数回繰り返すと、落とした流木の一本を掴み、恐る恐る繭から出てきた人間に近づく。
そして、持っていた流木で身体をつついてみた。
すると、僅かに身体が身動ぎした。
どうやら生きているらしい。
それを確認した彼女は、困ったように呟いた。
「どうしよう・・・ほっとけないけど、そんな余裕ウチにはないし・・・」
彼女が悩んでいると後ろから声が掛けられた。
「蝶舞、どうしたんだい?」
声を掛けてきたのは、腰の曲がった老婆だった。
蝶舞と呼ばれた少女は、そちらに振り返るとこう応えた。
「あっ、おばあちゃん。えっとね・・・何か、人が打ち上げられてて・・・」
「人?」
老婆は、蝶舞の言葉に皺だらけの眉をひそめる。
そして彼女の近くにきて、繭から出てきた人間を調べた。
「・・・右手は切り落とされて、胸にはデカい傷跡もある。どっかで拷問でも受けたのか、それともえらく激しい戦いをしてきたのか・・・」
「ええとね、おばあちゃん・・・」
調べている老婆に、蝶舞が話しかけようとする。
だが彼女が何か言う前に、老婆が見透かしたかのように口を開いた。
「ウチは、お前と私が食ってくので精一杯。村全体でも傷病人を養う余裕はないよ」
「うっ!そ、そうだよね・・・分かってる・・・」
老婆の言葉を受けて、蝶舞は納得したように、落とした流木や資材を拾い直した。
ただやっぱり気になるのか、彼女の目線は、チラチラと倒れている人間に向けられていた。
その様子を見て老婆がため息を吐いて言う。
「飯は、お前の分から食わせる事。厄介者だったら叩き出すからね」
「おばあちゃん?」
「取り敢えずこんなとこに置いてても仕方ないから運ぶよ。そっち持ちな」
「う、うん・・・!」
そうして、
老婆と蝶舞という少女によって、水の繭から出てきた奇妙な人間――
風音鈴斗は運ばれていった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
2章はここで終わり、次回から3章になります。
投稿は、今月下旬か来月初旬を予定していますのでよろしくお願いします。




