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この命果てるまで  作者: エビス
2章

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25/58

別れ

 俺は病院の屋上に来ていた。


 空を見上げると、太陽が遥か遠くで輝いている。

 その眩しさに目を細めながら、俺は思う。


(じいちゃんは東京へ行ったんだろうな。彩記ちゃんの記憶を見て、結衣が危ないと思って)


「俺は・・・」


 もし東京へ行くのなら命懸けになる。

 会長達を巻き込む訳には行かないから俺一人で向かうのだ。


 途中で死ぬかもしれないし、仮にたどり着けたとしても、何が待ち受けているかも分からない。


 それに俺は、逃げた人間だ。


 自分が輝けなかったからアイツらから逃げた。


 そういう人間なんだ。


 そんな人間に何が出来るんだ?


「俺は・・・」


 だが、それが分かっていても胸を締め付けるような締焦燥感は消えてくれなかった。


 アイツらは、無事なのか?

 その疑問が頭から離れない。


「ふぅ・・・」


 俺は息を吐いて拳を握った。


 認めよう。


 結局俺は、逃げたクセに捨てられなかった。

 俺はアイツらを捨てられない。


 アイツらの輝きを忘れる事が出来ない。



 だからやる事は、もう決まってる。



「やぁ、ちょっといいかな?」


 覚悟を決めていると後ろから声を掛けられた。


 振り向くとそこには会長がいて、手には紙袋を持っていた。

 俺は会長に「どうぞ」と返事を返す。


 すると彼は紙袋を手にしたまま俺の隣へと来て、それから口を開いた。


「資材集めは順調だよ。当面は食糧に困らない」


「そうですか」


「うん。それでキミは・・・ここを出ていくんだね。行き先は、東京かな?」


「はい」


 俺は会長の質問に迷いなくそう答えた。

 それを聞いた会長が遠くを見ながら続ける。


「妹さんの安否が不明なんだってね。長田さんが教えてくれたよ。後、キミが思い詰めてそうだから「止めてください」って言われたよ」


「すいません。でも俺は・・・」


 俺が喋ろうとすると会長はそれを遮った。


「いいんだよ、分かってる。キミは止まらない。そういう人間だから、僕はキミを推したんだ」


 そう言って会長は手に持っていた、紙袋を置き中身を取り出した。


 出てきたのは、救急箱のような小さなコンテナケースだった。

 開けると中には錠剤のケースやボトル、包帯なんかが入っている。


「これは・・・?」


 中身を見た俺が聞くと会長は軽く笑い答えた。


「僕の"能力"で作った薬を入れてある。キミへの餞別だよ」


 言いながら会長がボトルを手にし中身の説明をし始めた。


「このボトルが切り傷、刺し傷用の塗り薬だ。包帯とガーゼも一緒にしておいたからね。こっちのボトルは・・・」


 会長は次々と箱の中身を説明し、最後に錠剤のケースを手にした。


 蓋を開けると、中には赤、青、紫色のカプセルが入っている。


 会長は赤と青のカプセルを一つずつ摘まんで手に乗せると言った。


「赤のカプセルは、『興奮する薬』だ。飲めば3日位は、飲食しなくても戦えるようになる。青のカプセルは、『鎮静する薬』だ。飲めば心が穏やかになり痛みを和らげてくれる」


 会長は赤と青のカプセルをケースに戻し、今度は紫のカプセルを摘まみ上げた。


 少し言葉を選びながら説明する。


「そして紫は・・・コレは意地は張れず、尊厳も守れない、そんな時がきたら飲む薬だ。少なくとも、飲めば痛みなく()()()()よ」


「・・・」


「勿論、そんな時が来ない事を心から祈っているけどね」


 会長が紫のカプセルをケースに戻した。

 そのままコンテナも閉じて会長は言った。


「僕はついて行けない。出来るのはこんな事位だ」


 会長がコンテナを俺に差し出す。

 それを受け取り俺は言った。


「十分過ぎます。こんなに色々してくれて、本当にありがとうございました。会長達もどうか無事で」


「・・・キミもね」


 俺は貰ったコンテナケースを手に今度こそ屋上の出入口へと向かう。


 そして、最後にもう一度会長へ頭を下げ、屋上から出ていった。


 ◆◆◆


「はぁ・・・」


 僕は風音鈴斗が去った屋上で一人、誰にも聞こえないため息を吐いた。


「そういう人間だから・・・か」


 呟きながら呆然と立ち尽くしていると、ガチャリと音がして母さんが屋上にやってきた。


 母さんは僕を見るなり言う。


「椿、さっき風音くんが病院を出て行くのが見えたわ」


「そう」


「・・・止めなかったのね」


 母さんの言葉に僕は鼻で笑って応えた。


 止める?

 無理だよ。


 大して親しくもないクラスメイトを守る為に、腹に穴が空いても殺しに行くような人間だよ。


 まして、今度は彼の妹だ。


 それこそ何があっても止まらない。

 彼は最後の一片になるまで進み続けるだろう。


 そういう人間なんだよ。


「はぁ・・・」


 僕はもう一度ため息を吐く。

 そして母さんに言った。


「この世界では、法律もルールも死んでしまった。明日はどうなっているか分からない。そんな中でも人々を前へ向かせるには、どんな恐怖にも屈さず、立ち上がる人間が必要なんだよ」


「それが、(風音鈴斗)だった。少なくとも、あなたはそう思ってたのね」


 僕は母さんの言葉に頷く。


「"能力"の有無じゃない。その稀有な人間性は、"能力"なんかじゃ代わりにならない。ならないけど・・・」


 だが、彼が向かう場所は東京。


 今最も"能力"者達が幅を利かせている、この国の伏魔殿だ。


 何が起きるか分からない。

 どれだけの人間性を持っていようと、身一つで飛び込んで無事で済むとは思えない。


「ままならないね・・・」


 そう言うと、それに母さんがこう返した。


「そんなものよ。人生なんてね」

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