記憶
何処かのビルの一室、
散乱した書類と死んでいるパソコンが並ぶその部屋で、制服姿の結衣が彩記ちゃんにお菓子を渡していた。
『彩記ちゃん。コレ、あげるね』
『わぁっ・・・!いいの、ゆいちゃん?』
『うん。でも他の子には内緒だよ。これしか見つけられなかったから』
『分かった!ありがとう!』
彩記ちゃんは、大喜びしながらそれを受け取ると封を開け、お菓子を取り出した。
そしてそれを結衣の方に差し出して言った。
『一緒に食べよ?』
『・・・っ!い、いいよ!彩記ちゃんが食べて』
『えっー、一人じゃ美味しくないよぉ・・・』
『・・・それじゃあ、ちょっとだけ・・・』
二人はお菓子を分け合うと、一緒に食べ始めた。
彩記ちゃんが笑顔で結衣に向かって言う。
『美味しいね!』
『うん、そうだね』
結衣も笑顔でそれに返したが、その後少しだけ複雑そうな表情をして囁いた。
『・・・お兄ちゃんなら全部渡してたんだろうなぁ・・・』
聞こえるか聞こえないかというラインの小さな声。
だがそれを敏感に聞き取った彩記ちゃんが結衣に尋ねた。
『お兄ちゃん?ゆいちゃんってお兄ちゃんがいるの?』
『うえっ・・・あー、うん・・・まぁね・・・』
その質問に結衣はすごく曖昧な返答をした。
そして複雑そうな顔をして続けて言った。
『ここには居なくてね。鈴斗って名前なんだけど・・・今どこで何やってるんだか・・・』
結衣がビルの窓に目をやり、遠くを見つめる。
それに対して彩記ちゃんが言った。
『ちゃらんぽらんなの?フラフラして女の子を泣かせるのは『悪い男』ってテレビでやってたよ?』
『ふふっ、どんな番組見てるの・・・まぁでも違う、とも言えないかなぁ・・・』
結衣はそう言うと目線を自分の手元に移して、ぶつぶつと呟き始めた。
『酷い人だよ。勝手に居なくなるし・・・そりゃあ、嫌な事とかあったかもしれないけど、黙って居なくなる事はないでしょ。しかも連絡にも出ないし・・・着拒って何なの。怒らせたのかなって思ったけど、私達何もしてなくない?取り敢えず、会話はして欲しいよね。お兄ちゃんって本当、そういうトコある。昔はもうちょい素直だったのに、成長するにつれて誰の話も聞かなくなるし、そのくせ不器用で・・・』
『ゆいちゃん・・・お顔怖い・・・』
呟いている内に真顔になっていってる結衣に、彩記ちゃんが怯える。
その言葉で正気に戻ったのか、結衣が取り繕うよな口調で言った。
『ご、ごめんね!つい熱くなっちゃって・・・つまり私のお兄ちゃんは『悪い男』で、それで・・・・・・』
◆◆◆
場面は変わって、
さっきと同じ部屋で彩記ちゃんが動かないパソコンのキーボードを弄って遊んでいると、そこに結衣が駆け込んできた。
彼女はかなり焦った様子で彩記ちゃんに尋ねる。
『彩記ちゃん、瑞記さんは!?』
『ふぇ?お母さんならあっちに・・・』
彩記ちゃんがお母さんのいる場所を教えようとする。
だが結衣はよっぽど焦っていたのか、彩記ちゃんが言い終わる前に彼女を抱っこし、瑞記さんの元に連れて行った。
瑞記さんは部屋を出て直ぐのビルのホールにいて荷物を下ろして休んでいた。
他にも何人か同じように休んでいる人がいる。
『あ、あら・・・結衣ちゃん?どうしたの?』
彩記ちゃんを抱えて走ってくる結衣に瑞記さんが問いかける。
それに結衣はこう答えた。
『すぐに逃げて下さい。ライオウ達が来ます!』
そして、結衣が言い終わるのと同時に雷が落ちるような音が何回も鳴り響き、ビル全体が大きく揺れた。
その音にホールにいた人達は半分パニックになりながらも荷物をまとめて我先にと建物から逃げ出していく。
瑞記さんも同様に急いで荷物をまとめる。
彩記ちゃんは結衣の手を離さず彼女を見つめて言った。
『ゆいちゃんも一緒に逃げよう?』
その言葉に結衣の顔に迷いが生まれる。
だがそれは一瞬で、結衣は彩記ちゃんの手をそっと離すと、その小さな頭を撫でて首を横に振った。
『ごめんね。私は一緒にはいけない・・・みんな戦ってるし、怜くんも、若菜ちゃんも・・・真司も置いていけないから・・・』
『・・・また・・・会えるよね?』
彩記ちゃんが上目遣いで尋ねる。
結衣は彼女の頭を撫でながら答えた。
『勿論だよ。だから・・・ちゃんと逃げてね』
◆◆◆
また場面は変わって、
彩記ちゃんが瑞記さんに手を引かれ、建ち並ぶビルの間を必死で走っていた。
彼女達の他にも一緒に走っている人が何名か居て、その内の一人が振り返って後ろを指差し叫ぶ。
『あ、アレは・・・!』
彩記ちゃんが指差された方を向く。
するとそこでは、日の光を受けて銀色に輝く鱗を持った大きな龍と、雷の如く発光する物体が空中で激しく戦っていた。
ビルの合間を縫うようなその攻防は、暫く拮抗しているように見えたが発光体からバチバチと電気が迸ると、雷の一閃が宙を走り、銀色の龍の足を貫いた。
さらにバランスを崩した龍へ発光体から追撃の雷の矢が幾本も降り注ぐ。
『しんじくん・・・』
『彩記!見ちゃ駄目!逃げるのよ!』
瑞記さんはそう言うと彩記ちゃんの手を強く引っ張り、走らせた。
だが彩記ちゃんは走っている最中、もう一度振り返った。
そこには戦っている周囲のビルと同じ位の大きさの巨大な水球が出現していて、発光体から発射される雷の矢から龍を守っていた。
その光景を見た彩記ちゃんが呟く。
『ゆい、ちゃん・・・』
やがて攻撃を受け切れなくなった水球が弾け、周囲に水が散乱する。
そして絶叫のような龍の咆哮が辺りに響き渡った。
その声を聞きながら彩記ちゃん達は、必死で逃げ続けていた。
◆◆◆
「はぁ・・・!はぁ・・・!」
気がつくとそこは元の市民ホールの中だった。
結衣も銀色の龍も発光体もいない。
安全な場所だ。
だが、早鐘のようにドクンと脈打つ心臓は先ほど頭に流し込まれた映像のリアルさを物語っていた。
(あれは・・・何だったんだ?)
俺の額から自分の額を離した彩記ちゃんに尋ねる。
「俺に・・・何を見せたんだ?」
「記憶だよ。私の"能力"は『記憶を見せる能力』なの・・・お兄ちゃんに今見せたのが、私が最後に見たゆいちゃん達だよ」
記憶?
なら・・・結衣達は・・・
「・・・あの後、どうなった?結衣達は無事なのか?」
「・・・分かんない・・・ごめんね・・・」
「・・・・・・じいちゃんも同じものを見たのか?」
俺の言葉に彩記ちゃんが頷く。
俺はそれを確認すると、今度は瑞記さんに向かって質問した。
「ライオウってなんですか?」
彼女は少し言葉に詰まりながらも、俺の質問に答える。
「ライオウは・・・今、東京で最も勢いのある"能力"者の集団、そのリーダー、です・・・強力な"能力"者を仲間に従えていて、逆らう者、弱い者は次々と殺していて・・・」
「・・・・・・じいちゃんも同じ事を聞いていきましたか?」
そう問いかけると彩記ちゃんと同じように瑞記さんも頷いた。
「そうですか。貴重な情報ありがとうございます。彩記ちゃんもありがとうございました」
俺は早口で二人にお礼を言うと、彼女達に背を向け市民ホールを出ていく。
「お兄・・・!」
「鈴斗く・・・!」
二人の声が聞こえた気がしたが止まらない。
外に出ると長田さんが追いかけてきて言った。
「風音くん、待って!まさか東京へ行くつもりですか!?駄目です!危険過ぎます!ただでさえあなたは病み上がりで・・・」
長田さんが言葉を掛けてくれるが、半分も耳に入ってこない。
ただ拳だけはしっかりと、固く強く握り締めて、その歩みは止まる事がなかった。




