「これ」 望美
「もう一台欲しいね。ああ、スバルごと放置するんじゃなかった」
プロボックスの助手席で望美が言った。
「五人乗ってる上、荷物が増えましたもんね」
今運転しているのは望美の女部下である、対馬という若い女だ。彼女は望美と違い、安全運転(少々の速度超過は別として)を心がけている。ボブカットの揺れも微かなもの。
交通違反で停めてきた警官二人に、望美たちは難なく対処できた。空のペットボトルをサプレッサー代わりに使い、ピストルで素早く射殺した。スバルの覆面パトカーにいたほうも、無線で応答を呼べないまま撃ち殺された……。
元々彼女たちは、警察の銃器対策部隊程度の相手なら十分対処できる。その実力は亜実たちも同様だ。
殺した警官二人からは、制服やピストルなど一式を頂戴した。変装に使える点と、死体の確認を多少なりとも遅らせるためだ。ただ、覆面パトカーまで頂戴するのはさすがにリスクがあり、それは道中の自然公園の駐車場に放置してきた。今は七月の暑い夏場のため、トランクに詰めた二人分の死体は、死後三時間の今頃、早くも腐り始めているはず。トランクの隙間から漏れる死臭に、誰かが気づくのは遅くとも今夜だ。
警官およびパトカーを片付けた後、望美たちはベトナム人から偽造ナンバープレートを六台分(内一台分はサービス)買った。そのため、もう一台入手しても何とかなる。
「確実に盗めるのは、やっぱりトヨタッス」
後部座席から部下が言った。三宅という名の大柄な男だ。彼はイモビカッターを手のひらに乗せている。オレンジ色のそれにはトヨタマークが刻まれているが、もちろん純正品じゃない。
「ランクルはどう?」
左隣りの車線を並走する黒のランドクルーザーを顎で示す望美。ランドクルーザーは日本一盗まれやすい車種で、彼女たちが持つイモビカッターも対応している。盗難保険の保険料は他の車種よりも高い。
「あー、向こうで住宅街を一回りすれば、イケそうなのを一台は見つけられますよ。ただ、ハンドルロックまでかかってると、俺でも苦労しますね。まあ捕まりはしませんが」
三宅はそう言うと、反対車線に目をやる。八王子市へ入りかける今、車線や交通量は増えている。
トヨタ車だけでなく、ホンダや日産といった日本のガソリン車が車道を占めている。燃費のいいプリウスといったエコカーをそれほど見かけないのは、「これ」世界の日本が中国大陸の油田を確保できているからだ。当然、ガソリン代(税金含む)は羨ましいほど安い。車を持ちこみ給油しに行きたくなる。
「カローラはどうッスか? アクシオやフィールダーなら、日曜日の今日狙い目ッスよ?」
三宅が言うなり、望美は顔をしかめる。
「コレもそうだけど、どっちも社用車じゃん。オシャレなのに乗りたい」
「気持ちはわかりますが無難ですよ? 目立つわけにもいきませんし」
対馬が言った。望美はその指摘を理解しつつも、不満を覚えた。
「……亜実たちはどんな車に乗ってることやら。きっと今頃、高級車目当てに住宅街を探し回ってるに違いないわ」
「出発前に安藤から聞きましたが、ハイブリッドを二台借りるそうですよ。ガソスタへ行く手間や燃費を浮かせるためなんだとか」
「ああ、亜実らしいケチ臭さね。燃費と言ったって、一週間ぐらいで片づけられる作戦じゃないの」
望美は失笑する。
「ほんならプリウスも嫌ッスよね?」
三宅が言った。偶然にも、数少ないプリウスが後方を走っている。
「当たり前だよ。カローラのほうがまだマシ」
望美が諦めた調子で言った。既に一杯のトランクには、例のマイクロマシン除去機が収まるアタッシュケースだけでなく、ソードオフショットガン(元はイサカM37)が眠るガンケースや弾薬箱も積まれている。手持ちにするには怪しまれるリスクがある上、予備に買う服も入れられない。
「んじゃ、この辺でカローラを探しましょ。対馬、次の脇道へ入ってくれ」
「ハイハイ」
対馬は車を左車線へ移し、スピードを落とす。右隣りを青のプリウスが通り過ぎていった。
「せめてアクシオにしてよね。デカ尻のフィールダーはやめてよ」
望美はそう言うとスマホで、マイクロマシン除去機の電子説明書を開く。
三宅たち男部下三人は、準工業地域へ車探しに出かけた。望美はその間、路肩に停めた車内で対馬と待つ。望美は電子タバコを吹かしながら、片手でスマホを操っている。説明書を流し読みしていた。
「外すより取り付けるほうが難しいみたいね」
「えっ、なんです?」
一人周囲を警戒していた対馬が聞き返す。
「マシンを外すよりも、取り付けるほうが難しいって話。ホラこれ」
望美はそう言うなり、スマホ画面を対馬に見せる。
画面に映し出されているのは、マイクロマシンをターゲットの後頭部に取り付ける手順だ。システム利用者向けに作られた内容だが、パッと読んだだけでもリスクが伴うとわかる……。
マシンを外すときはバレてもそのまま逃げればいいが、取り付けるときはそうもいかない。そこそこ発展している世界(我々の世界ぐらい)なら、麻酔有りの外科手術で除去できる。取り付けた後で除去されてしまえば、非常時に交信システムとして使えない。そのため、少なくともターゲットにバレることなく、マシンを取り付けねばならないのだ。
「あー、これは大変ですね。無痛ではないでしょうから、夜眠ってるときでもわかっちゃう」
「それなのよね。だから取り付けは、メーカーに有料でしてもらったそう」
望美はそう言うと、スマホを手元へ戻す。
「……けど、また取り付けますよね? ワタシらがやらされるのでは?」
対馬は嫌な予感を覚えた。うんざりさが顔に表れている。
「いいや、それはないから安心してちょうだい。亜実が言うには、二度目の取り付けはメーカーが無料でやるってさ」
望美がそう言うと、対馬はほっとした。
「ああ良かった。けどまあ、メーカー側のミスだから無料は当然ですよね」
「じゃなきゃ、アタシもやってらんないわよ」
大きく紫煙を吐き出す望美。彼女が聞いた話は事実だ。
メーカー(始めに載せたソフトウェア会社)は当初、代替品の取り付け代行も有料という方針でいたらしい。ところが、有能な誰かがメーカーへ問い合わせた際にそれが露呈し、ユーザーの猛反発を招いた。その結果、方針は変わり、無料で再取り付けしますとなる。まあ、うっかり露呈させた担当者は左遷だろう……。
「おっと、あの車みたいですよ」
対馬がハンドルに置いた手を離し、片側一車線の前方を指差す。
暗い赤色のカローラアクシオが反対車線を走ってくる。運転手は鍋島で、助手席に座る三宅が右手で望美にサインを伝えてきた。自分たちはこのまま目的地へ向かうと。無関係を装うにはそのほうがいい。警官二人を殺したばかりの状況だし、監視カメラで目立つのは抑えるに越したことはない。
「変に目立つ色ね。アクシオなら白でもよかったのに」
普段から望美は文句を垂れやすい。その点は亜実も変わらないため、彼女二人は良い競争相手とも言える。
とはいえ、任務をこなしてくれるなら、彼女たちが燃費の悪いハイオクのガソリン車に乗ろうと、水素自動車や電気自動車に乗ろうと自由だ。……まあ個人的には、トヨタを選んでほしいところ。