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「それ」 田島

 時は戻り、四月の末。「それ」の日本でも、ゴールデンウィークを迎えようとしていた。田島が住む東京都八王子市の転石苔町てんせきこけまちでも、人々の動きに変化が見られる。多くの人々が国内外へ旅行に出かけ、思い思いの時間を過ごせるだろう。

 明日から連休に入る田島は、小学校から帰宅するなり、最寄りのコンビニへ足を運んだ。残念ながら彼のGWは、母親がパートで不在の時間に限られる。私立中学受験に向け、小学六年生のGWは重要といえる。誰でも入れる公立中学校に不信感を抱く親は、我が子を目標校へ通わせるべく、まとまった連休すら犠牲にする。当然、本来は平日の五月一日と二日は、体調不良として休ませるのだ。

 セブンイレブン転石苔町店から出てきた田島は、デニム地のエコバック(小遣いを節約するため)に湖池屋のポテトチップスとペプシコーラを入れていた。母親が帰宅するまでの数時間が、彼の楽しみだ。GW初日から最終日まで塾の特訓スケジュールが詰まっている。しかも朝九時から夜六時まで……。

「さあ何と何を遊ぼうかな?」

任天堂スイッチを持っている田島は、ゲームの時間配分を練っていた。たった数時間の自由時間を少しでも有意義に過ごしたいのだ。母親は帰宅するなり、ゲーム機を没収するに違いない。まあ良い学校へ進ませるため、やむを得ない方法とは正直言える。

「まずスプラだろ。……けど、ついやり過ぎちゃうからなあ。マリオのほうをそろそろクリアしたいし、どうしよっかな」

独り言を呟きながら歩道を進み、赤信号で立ち止まる田島。午後一時過ぎの住宅街は静かだ。T字路の交差点には一台も停まっていない。けれど明日の早朝は多くの車が通るに違いない。大小のマンションが建ち並ぶ住宅街を脱し、行楽地や実家へ向かう車で。


「おい! なあお前!」

横から突然声をかけられ、田島は反射的に声のほうを向く。

「ああっ」

田島は間抜けな声を上げ、口を半開きに固まらせる。

 ……彼のすぐ横に矢崎が立っていた。矢崎はレジ袋を片手に、田島をジロジロと見ている。

「お前はさ、幽霊なのか? 俺の姿をした」

矢崎は恐れることなく、田島に言った。

「……えっと、違うと思うけど。ウン、絶対違う」

田島は足元を見下ろし、自分の足が地面に間違いなく着いている事を確かめた。次に矢崎の足元も確かめ、逆に彼が幽霊じゃない事実を認める。

「俺には弟が一人いるだけだし、お前は間違いなく矢崎家の人間ではないな。名前はなんだ?」

矢崎は田島にそう問いかけると、彼のほうへ向き直る。

「田島、田島健一だよ」

彼も相手側へ向き直った。

 しかし、お互いに警戒心は解いていない。自分によく似た存在が眼前に存在しているのだから当然だ。

「俺は矢崎賢一という名だ。……『けん』は賢いという漢字だが、お前もそうなのか?」

「ウウン、ボクの『けん』は健康のほうだよ」

姓や漢字の違いはありながらも、田島は矢崎が自分と偶然よく似た他人とは思えなかった。その点は矢崎も同じだった。

「ふーん、この辺りに住んでるのか?」

矢崎は田島に尋ねた。交差点の信号は赤から青に変わっていたが、二人ともこのまま渡る気はなかった。

「ココ転石苔町の三丁目だけど……」

田島は恐る恐る言った。マンション名まで言う勇気が湧かなかった。この少年が何者か知らない段階のため、彼が用心するのは自然だ。

「はあ? 俺も三丁目だぞ? 三丁目の三十四番地なんだが」

「わっ、そうなんだ。けどボクは二十一番地だから少し離れてるね。……ちなみに何ていうマンション?」

田島は自分から先に聞くことにした。その辺りに住む同級生の家へ何度か行った事があった。

「いや、マンションじゃない。古いけど、まあまあの一戸建てだよ」

矢崎の自宅は築五十年越えの日本家屋であった。それに対し田島の自宅は、築二十年の分譲マンション(東京都内とはいえ3LDKときた)だ。

「……へえ、お金持ちなんだね。けどあの辺は全部団地じゃなかった?」

田島は半信半疑でいた。件の同級生もそのUR団地住まいで、そこで一戸建てを見た覚えはなかった。

「いやいや、小さなマンションならいくつかあるけど、ほとんど一戸建てだぞ? お前、どこか別の場所と勘違いしてないか?」

矢崎は頭を捻りながら、田島の顔をじっと見る。

 そりゃそうだ。住む世界が本当に違うのだから。

「してないしてない。……えっと、小学校は転石苔だよね?」

田島はそう言うと、右手の人差し指を八王子市立転石苔小学校の方角へ向けた。

「ああそうだ。転石苔小学校に決まってるだろ。……身長は俺と変わらないが、お前は五年生だろ?」

矢崎は田島を正直見下していた。いくら自分と似た姿とはいえ、田島が弱々しく思えたのだ。

「ウウン、六年生だけど。六年二組だよ」

「は、はあ? お前も六年? 俺は四組だけど、二組に俺とよく似た奴がいるなんて話は聞いたことないぞ」

「……何言ってるの? 六年は三組までしかないじゃん」

田島は矢崎を、疑い半分恐怖半分で見る。

「変なことを言う奴だな。服装も変に強く海外気取りだし」

矢崎は田島を胡散臭く感じ始めた。幽霊じゃなかったら一体何者だと考え、未来から子孫か何かかと思った。あいにく、その答えも誤っている。

 田島の服装はアメカジ一色だった。いい歳した大人男性が着ると痛々しくなるファッションだ。我々の世界でいうと、アメリカンイーグル(日本から撤退したが、なかなか良かった)やGAP(コスパ面からオススメしない)で買えるような代物だ。

 矢崎は半笑いを浮かべながら、矢崎の春物パーカーの左肩を右手でポンと叩こうとした。

 ……しかし、彼の右手は肩に触れなかった。ただ手が宙を切っただけ。田島の左肩内部へスッと入り、脇下から下ろした手が出てくる。

「うへぇ!」

さすがの矢崎も、この現象には間抜けな声を上げざるを得なかった。

「あれ? 今触れなかった?」

田島はその事実を知るな否や、自分自身は知らぬ間に死んだのだと考えてしまい、顔を青ざめさせた。

「やはりお前、幽霊じゃないか!」

矢崎はそう呻くと、一歩だけ後ろへ下がる。

「ゆ、幽霊じゃない! 死んで、まだ死んでなんかいるもんか!」

田島は恐怖で体を震わせながら、今度は自分が矢崎の肩に触れようとする。

 ……けれど、田島の右手は宙を切るのみ。

「ホ、ホラ、君の体だって透き通ってるみたいだよ! 君こそ幽霊だ!」

「いや、それはお前が幽霊だからだろ!」

住宅街の真ん中で言い合う二人。

 すっかりお互いに、相手の存在を恐れている。半分同じ遺伝子を持ちながらも勘の鈍い二人だ。この調子では二人とも、中学受験に落ちるだろう。


 ちょうどその時、田島の背後を、手押し車を押す老婆が通り過ぎる。老婆はよほど耳が遠いらしく、田島が矢崎(老婆には見えてないが)と言い合うのを気にしていない。

「あっ、おばあさん! ボクの姿は見えてますよね! ちゃんと見えてるよね!」

田島は救いを求めるように、老婆に声をかける。

「はあ? 何だって?」

老婆は彼に向け顔をしかめた後、そのまま歩道(二度目の青信号)を渡っていく。回答は得られなかったが、彼の姿が見えたのは確かなので、田島はほっと胸をなでおろす。

「ホラ、あのお婆さんにはボクが見えてるじゃないか」

田島は矢崎にそう言ったが、彼は首をかしげるばかり。

「どこに老婆がいるんだ? 爺さんなら、こっちに来るのが見えるが」

矢崎がそう言い、田島の背後を指差すと、彼は振り返った。この際ババアでもジジイでもいい、自分の姿を見てもらえばいいんだからと。

 しかし、歩道にジジイの姿は見当たらない。平行世界だから、この程度の違いはいくらでも起きる。さすがにそろそろ、その事実に気づくはずだ。まあ気づいても気づかなくても正直どっちでもいい話だが、ここまでくるとじれったい。

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