「これ」 望美
望美たちもそれなりの訓練を受け、経験を積んできた身だ。あの日も途中までは計画通りに事を運び、結果的に任務を成し遂げた。
しかしながら、諸々のミスによる代償は、亜実たちよりも高くついた。望美の部下三宅が、オリジン監察課に逮捕された事は一部に過ぎない。亜実の部下安藤も三宅と同じ罪状で逮捕されたが、彼女の代償はそれでも低いだろう。
ともあれ、望美たちが重い代償を払う結果までを、順を追って語る。
望美が任務達成に選んだ方法は、事前申請無しで実行した場合、紳士淑女規定に違反する行動だ。規定の一つ「特別保護施設への侵入および攻撃は原則禁ずる」に反すれば、登場部エージェントの望美でも罰せられる。その規定に関する罰則は「6ヶ月以下の懲役刑」だ。例外扱いの申請が通ったおかげで、そこの点は罰せられずに済み、件の代償には含まれない。違反した規定は他だ。
規定への例外申請には「面倒臭い手続き過程」というストッパーの意味がある。それでも望美は、あの思い切った方法を選んだ次第だ。件の任務に関わらず、過激な行動を選びがちな彼女は、そういう手続きにもはや精通していた……。
申請過程を簡潔に述べると、「まず、当該世界の管理者から承認を得て、その管理者はオリジン文民部長から承認を得る。それから、文民部長はオリジン登場部の役職者から承認を得る」という三段階だ。紳士淑女規定は形骸化した決まり事でなく、オリジンの法律として機能している。罪状は異なるが、望美の部下三宅の逮捕がその証だ。
望美は適切なプロセスを踏むと同時に、申請承認を前提にした準備にかかっていた。準備や計画を練る事は規定違反じゃない。極端にいえば、実際の行動一秒前に承認されれば不問となる。つまり、もし三宅が当時のあの瞬間、例外申請と承認を済ませていれば、彼は逮捕されなかった次第。彼が違反した規定は『特定現地人致死罪』で、「故意過失問わず、成人による十二歳以下の人間の殺害は原則禁止とする」だ。罰則はオリジンとして比較的重く「一人につき一年以下の懲役刑」である。「うっかり誤爆で大勢死なせれば実質終身刑」と鑑みれば、重いとも軽いとも言えない刑罰だ。
無様な一回目の矢崎宅訪問により、オリジンはすでに多くのリソースを割いていた。現地警察にさらなる協力を頼む事にも限度がある。望美たちが任務初日に警官二人を排除している事情も絡む。圧力をかけるにしても、現地警察の怒りは限界に近かった。
つまり、現地情勢が危うくなっていたわけだ。小学生の矢崎が気づくほど現地警察の動向が怪しかった点だけじゃなく、賄賂や圧力に屈せず複合体オリジンへ背く者がいる。
オリジンの人間だって一部を除き、刺されたり撃たれたりすれば死ぬ普通の人間だ。亜実と望美は確かに強いが、アメコミのスーパーヒーロー級まではいかない。強酸性の血を流すわけでもない。
そんな現実でも望美自身が、緊迫する現地情勢について理解できたのはその時になってから。自分たちが管理者や協力者の手に負えないほど悪化した状況下にいるのだと……。そんな経緯により、任務達成直前に、蜂の巣をつついた大騒ぎと化したのである。その顛末の詳細は後々述べるとして、準備の話へ戻ろう。
望美たちは逃亡するだけの数日間を過ごしていたわけじゃない。まず、彼女の部下鍋島は情報収集に取り組んでいた。準備に必要な情報を望美へ送り、彼女ご希望の方法の実現に努めていた。望美は他のメンバー三人と備品の確保や段取りの調整にあたる。逃亡が優先されながらも大胆なもの。
情報収集役の鍋島は、都内某図書館の書庫で寝泊まりしていた。管理された空調により、数日間の寝袋生活はそこまで悪くなさそうだった。もちろん、彼があの当日まで寝泊まりできた理由は、オリジンの協力者のおかげだ。現地東京都庁にいる協力者が、図書館側へもっともらしい命令(極秘の文献調査とされた)を発していた。
「どうして国会図書館じゃなくウチなんだ?」
「おい、聞こえるとマズいって」
司書や警備員は、書庫に居座り寝泊まりする鍋島を見て見ぬフリをし、できるだけ話題に出さないよう気を配った。鍋島は望美のチームで一番賢いエージェントだが(望美よりも)、雰囲気は名門大学の学者には見えない。都庁の役人からのお達しが無ければ、開館時間中でも警備員にマークされただろう。
鍋島は任務のため、図書館内で情報収集にあたった。昨今の大学四年生よりも熱心に動いていた。新聞各紙や週刊誌をただ普通に読むのではなく、記事の裏を読まねばならない。その図書館はNGY1150にあるため(つまり帝国のまま)、一定の報道管制が敷かれている上、記事は検閲がなされている。実際、望美たちが初日に警官二人を排除した件も、当時はまだ公に報じられていなかった(警察のメンツをかけ、一応捜査中だった)。自分たちオリジン側が知っている情報と、現地マスコミが報じている情報を照合すれば、まるで「行間を読む」ようにいくらかの追加情報を得られる。「ああ、この辺りはあえて伏せたんだな」という調子で。
また彼は、図書館のネット環境を利用した。窓口でインターネット利用の手続きをしてからじゃない。オリジン製のVPN接続アプリを使い、自由自在にネットから情報を得たのだ。警察が現場に到着するまでの平均所要時間、地域の防犯情報、監視カメラの設置個所、抜き打ち検問の実施予定日、デジタル警察無線の複合パスなどなど。現地での数日間に集められた情報量としては、亜実たちのそれを上回る。徹底された情報収集には、望美が任務のために行ないたい方法が賑やかである事を意味した。彼女は鍋島へ、あの管理者や申請用紙に記入した以上の詳細を伝えている。それだけに鍋島は、万が一にも自分たちが現地警察か何かに捕まらないよう、入念に調べた次第だ。
熱心な情報収集により、オリジンの敵対勢力の動向もある程度掴めた。望美たちも既知の勢力で、以前からオリジンに反抗していた。現地警察よりかは充実した装備を持ち、オリジンや協力者からの圧力に屈しない者である。しかしながら、勇敢ではなく野蛮かつ粗野なヤツらだ。現地での公式名称は『武力憲兵隊』で、オリジンは「現地武装勢力」と公式に呼んでいる。「テロリスト」や「危険分子」と呼ぶ者もいるが、否定はしない。
現地武装勢力こと武力憲兵隊に変化があり、鍋島の注意をひいた。本来ヤツらの役割は植民地の治安維持だが、近年の都市型テロリズムに対応すべく、現地東京でも展開するとの事。指揮系統を整える会議に先立ち、一個大隊が試験的に配備される運びだ。武力憲兵隊からの現地政府への提案および承認は、不自然なほど迅速に行なわれており、鍋島が情報を得た時点で植民地の港から輸送艦がすでに出ていた……。管轄や権限が被る現地警察が表立って反発していない点もあり、現地のヤツらの間で取引があったのは確実だ。オリジンの内偵調査を待つまでもない。
武力憲兵隊は現地日本の準軍事組織で、「世間一般的にイメージされるテロリスト」とは異なる。頭にターバンを巻き、AK自動小銃を構えているわけじゃない。装甲車やヘリも保有し、兵士の武装はなかなか備わっている。大事な植民地をテロリストから守るための物。一方、当時の望美たちの武装はヤツらに劣る。ピストル以外にショットガンやリモート爆薬を持ちこんでいたが心許ない。さらに言えば、当時襲ってきた一行は防弾仕様のピックアップトラック(三菱のトライトン)に乗り、偵察ヘリを伴なっていた。
もしオリジンが異世界兵隊を待機させていなければ、望美たちは全滅していたかもだ。彼女たちおよび亜実たちの戦闘能力は、「現代日本警察の銃器対策部隊を撃退可能」の評定で、武力憲兵隊やSAT以上を相手するのは困難との事。
鍋島は情報をまとめると、毎晩望美へ送信する。前述した武力憲兵隊の動向も含まれていた。現地東京で武力憲兵隊が展開している事がしっかりと記載されている。
……しかし、受け取った望美はといえば、自分が練った方法に支障をきたすほどの脅威ではないと考えた。方法に修正を加えることなく、変装などの用意を優先させる。慢心した原因は残念ながら、積んできた経験によるもの。




